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旧約聖書が証する阿刀氏の出自

この阿刀氏と神宝を取り扱う祭司の働きとの繋がりについては、旧約聖書の記述からも見出すことができます。その背景にあるイスラエル12部族の歴史、特にレビ族とイスラエルの神宝との関わりと、ユダ族の役割に注目してみました。イスラエルという名前は、建国の父であるヤコブの別名であり、ヤコブには12人の子供がいました。一時の奴隷時代を経てエジプトを脱出し約束の地カナンに向かう途中、イスラエルの子供たちは神の命によって氏族ごとに戸籍登録が行われ、そこからイスラエル12部族が始まります。その後、約束の地において国家を樹立しますが、後日、統一イスラエル王国は分裂し、北王国イスラエルの10部族と南王国のユダ族とベニヤミン族の2部族に分かれてしまいます。また、ヨセフの代わりに彼の子供であるエフライムとマナセがヤコブの養子として北イスラエル10部族の内の2部族となりました。そのため、当初12人の中に含まれていたレビ族が除外されてしまったのです。何故でしょうか。

答えは聖書の「民数記」に明記されています。レビ族には、神から「幕屋とすべての祭具の運搬と管理をさせる」という特殊な任務が与えられたため、戸籍登録の対象外となり、イスラエルの部族として土地を所有することが許されなかったのです。ここで語られている幕屋とは、イスラエルの民が神の住まわれる聖なる場所として崇めた移動式テント型の神殿のことです。そしてレビ族は神殿の周囲に居住しながら、ひたすら神に仕える祭司となりました。それゆえ、エルサレムにイスラエル神殿が建築された後も、レビ族は神殿の周囲に居住し、ほかの部族のように土地を割り当てられることはなく、家畜の放牧地のみが与えられました。つまりレビ族は神に仕えた優秀な民でありながら、神宝を取り扱う聖職という立場に置かれたため資産を持てなかったのです。ここに阿刀氏の家系との共通点があるように思えてなりません。

さて、そのレビ族の家長であるレビには、ゲルション、ケハト、メラリの3人の子供がおり、それぞれに幕屋の勤めが告げられました(民数記3章)。中でもケハト氏の役目は「聖所を警護」し、「契約の箱、供え物の机、燭台、祭壇、それらに用いられる聖なる祭具、幕、およびそれらにかかわる仕事」に専念するという重要なものでした。その上、ケハト氏以外は、決してこれらの神宝に触ることができないという掟が定められ、神は「ケハトの諸氏族をレビ人の中から断やしてはならない」と告げました。よって、イスラエルの民の中で唯一、神宝を取り扱うことが許されているレビ族、中でもケハト氏は、イスラエルの国家に不可欠な存在となったのです。そのケハト氏の出自がモーセとアロンであり、レビから26代目のヨザダク(紀元前586年ごろ)までその家系が明確に聖書に記されています。

ところが、神殿と神宝の管理を任されたはずのレビ族のほとんどが歴史から姿を消してしまったのです。統一イスラエル国家が分裂した後、紀元前721年には北王国イスラエルが、そして紀元前586年には南王国ユダも滅亡しました。国家の崩壊後、北王国の10部族は離散して行方がわからなくなり、南王国のユダは、捕囚の民としてバビロンに連れていかれ、それからおよそ50年後の紀元前538年、ペルシャ王の命令によりユダの捕囚の民は祖国の地に帰還することになります。ところがエズラ書2章40節によると、帰還した南王国ユダの民の数は部族、氏ごとに数百人から数千人の規模であったのに対し、レビ族は74人、詠唱者は128人、そして門衛は139人しかいなかったのです。歴代誌上9章によると、詠唱者と門衛もレビ族であり、特に門衛は「神殿の祭司室と、宝物庫の責任」という重責を背負わされたため、神殿が建設された際には4,000人が任命されたとあります。

ところが捕囚後に帰還したレビ人の数は139人と思いのほか少なく、レビ族全体でも341人しかいませんでした。その理由について、一般的には祖国におけるレビ族の社会的待遇が良くなかったからと言われていますが、本当の理由は違います。言うまでもなく、レビ族の大半は国家が崩壊した際、契約の箱とともに、新天地を求めアジア大陸を横断する一行と東の島々を目指し旅に出たのです。神聖な祭具に触れることが許されたのはレビ族だけであったため、預言者イザヤの言葉を信じ大陸を横断した大勢の民と共に、契約の箱や神聖な祭具を運搬する役目を果たすために、多くのレビ族が同行したのです。

このレビ族の中に、ヘブライ語でAter(アタ、Ater)と書くアテル氏がいました(エズラ2章42節)。アテル氏はバビロン捕囚後に祖国へ帰還する際、ネヘミヤらとともに主の契約に調印した神のかしらの1人ですが(ネヘ10:17)、実際に祖国の地に帰還したアテル氏は数十人にも満たなかったようです。つまり、それ以前に既に大陸を東へと旅立った人々の中に大勢のアテル氏が含まれていたと考えられます。ヘブライ語でアテル(アテル)の発音は、日本語の「アト」とも聞こえるため、阿刀氏のルーツがここに秘められている可能性があります。

これらの背景からしても、阿刀氏からは宗教学者が多く輩出され、博学であったにも関わらず、経済的にはさほど恵まれることがなかった理由が見えてきます。レビ族の出自であり、ケハト氏の裔である阿刀氏の祖先は、元来、土地や財産を所有することが許されておらず、神殿の近くに住まい、神殿と神宝を管理する役目を授かっていたのでしょう。そのため阿刀氏の先祖である饒速日命は、「先代旧事本紀」に記載されているとおり、アマテラスより10種の神宝、「瑞宝十種(みずのたからとくさ)」を授かり、神に仕えることを職務としてまっとうしたと考えられます。つまり饒速日命は、イスラエルのレビ族の出として、神殿の宝物庫を管理する責任を担い、その責務はイスラエルから遠く離れた日本の地においても阿刀氏に継承され、そして平安初期においては空海へと引き継がれていったと考えられます。そしていつしか空海の心の奥には、イスラエルの歴史に内在する神宝への強い崇敬の想いと憧れが沸き上がってきたのでしょう。平安京を救い、桓武天皇を助けるため、そして神からの祝福をすべての民が得ることができるように、阿刀氏である母親を持つ空海は、祭司の任務を与えられたレビ人の血統をくむ神の民、イスラエルの末裔として、大祭司の働きを成し遂げていくことになります。