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「さんさ時雨」の歴史
東北地方において、太平洋側の宮城県を中心に古くから唄われてきた民謡が「さんさ時雨」です。長年にわたりさまざまな祝宴の場で、手拍子を打ちながら唄われ、民謡の中でも名曲として全国に知られるようになりました。「さんさ時雨」は、今日でも九州の黒田節に匹敵する格調の高い祝い唄として、多くの人に親しまれています。
その歌詞は、16世紀の戦国大名であり、東北の陸奥国と出羽国、旧仙台藩領に君臨した伊達正宗によって作詞されたという伝承があります。伊達政宗が磐梯山にて敵を打ち破ったことを記念した戦勝の唄という説が根拠とされていますが、その歌詞の内容は戦いと結び付いていません。また、「さんさ時雨」は会津地方においても民衆から愛され、唄われてきた民謡であることからしても、会津を打ち負かしたことを背景とする唄とは考えづらいでしょう。一方、江戸時代の吉原にて恋心を詠んだ情歌がルーツとも言われ、その流行唄が江戸土産として、東北地方にも伝播したという説もあります。
そしていつしか、祝儀唄として東北地方に広まった「さんさ時雨」は、会津地方では「目出度」、山形地方では「ショオガイナ」としても知られるようになりました。
「さんさ時雨」の歌詞と囃子ことば
「さんさ時雨」の囃子詞は、「ハァヤートヤート」と「ショーガイナ」です。また、唄の中には、「音もせで来てぬれかかる」という一見すると不可解な歌詞や、「鶴と亀とが舞いあそぶ」という鶴亀にかけた一句も登場します。
さんさ時雨は、以下の歌詞から始まります。
さんさ時雨か萱野の雨か
(ハァヤートヤート)
音もせで来て濡れかかる
(ショウガイナ)
その歌詞は、日本語なのか、何語なのかわからない、実に不思議な響きを持っています。ごく一般的には、歌詞に含まれる言葉の語感や意味から判断して戦勝記念の唄ではなく、むしろ男女の情愛を題材にした唄として理解されることが多いようです。それもまた、この民謡が流行した理由のひとつとなったのでしょう。
「さんさ」はヘブライ語で「喜べ!」
今一度、民謡の題名である「さんさ時雨」の意味を考えてみましょう。まず「さんさ」は、時雨の降る音を擬音化した言葉であるという説があります。その雨の音が「サンサヨー」という囃子言葉となり、それが「さんさ」に転じ、やがて慣用的な囃子詞として各地の民謡で用いられるようになったと考えられています。そのほかにも、鬼退治をする際に笹を持って踊ったことが「笹踊り」となり、それが「さんさ踊り」になったという説や、「サーサー」と声を掛けて皆を踊らせたことから「サーサー踊り」になったという説など、諸説があります。しかしながら、いずれも「さんさ」という言葉の意味をわかりやすく説明するには至っていません。
そこで「さんさ」の語源をヘブライ語と考えてみましょう。すると、「喜ぶ」「喜べ!」を意味するשש(sas、ササ) もしくはשוש(sus、スッス) が、そのルーツではないかと考えられるのです。「ササ」「サス」「スッス」という言葉には、「喜ぶ」、「幸せになる」、という意味が込められています。だからこそ、古くから人々が集まり、お祝いをする場においては、「ササ」「サッサ」という言葉が民謡の中で頻繁に用いられて唄われるようになったのでしょう。その一例として、「さんさ時雨」では、「ササ」が多少訛り「サンサ」となって今日まで唄い継がれていると考えられます。
「時雨」しぐれの意味は「舞い上がる」?
「さんさ」に「喜べ」という意味が含まれているとするならば、「時雨」とどのように結び付くのでしょうか。「時雨」とは、秋から冬にかけて、ぱっと降り出す小雨のことを指し、特に日本海側では、短時間にさっと降ったり止んだりする雨のことを指します。その「時雨」を「さんさ」に結び付けて「降り出す雨を喜べ」と解釈しても、意味が十分に通じるとは言えません。また、「さんさ時雨」は東北地方でも太平洋側を中心に広まった民謡であることからして、日本海側の気象現象が唄の題名になるとも考えられません。
「さんさ」の意味はヘブライ語で理解できるとするならば、「シグレ」も同様に外来語として考えることが可能です。ヘブライ語では「明らかにする」「表す」「発見する」もしくは「打ち上げる」を意味するשיגולה (shigula、シグラ)という言葉があり、実際の発音は「シグレ」と聞こえます。すると「サンサ」と「シグレ」をあわせた「サンサシグレ」という言葉が、ヘブライ語としてひとつの意味を成すことがわかります。その意味は、「喜びを表す!」「歓喜に舞い上がる!」となります。
すなわち「さんさ時雨」とは、人々が集い、共に喜び溢れて小躍りするという、まさに歓喜の祭りを背景としたものであり、人々の心の弾む思いが、一連のヘブライ語の中に巧みに織り込まれていたと考えられます。
神を讃える「ハァヤートヤート」
次に登場する囃子詞「ハァヤートヤート」の「ハァ」「ハー」は、ヘブライ語で「見よ!」を意味するהא (ha、ハ) と考えられます。この言葉は感嘆詞として、聖書の中でも頻繁に用いられています。
続く「ヤート」「ヤト」は、発音することが避けられる神聖な神の御名、יהוה(Yahweh、ヤーウェー) に代わる表現として神を意味する当て字のיאתוה(yatoh、ヤト) が用いられたと推測されます。「ヤト」の文字列には、「神」を表すיהוהの文字が含まれています。このように考えると、「ハァヤート」はヘブライ語で、「見よ、神を!」という意味に理解することができます。
また、ヘブライ語には「溢れる」「満ちている」を意味するיתר (yeter、ヤータ)という言葉があります。この言葉が囃子詞の語源となり、人々が「満ちている!」「溢れている!」と唄っていたとも考えられます。もし「さんさ時雨」は「歓喜に舞い上がる!」という意味を持つとすれば、その喜びが「満ち溢れている!」という表現として「ヤート」となり、言葉の流れがうまくつながります。
さらに「ハァヤート」は、「それは実現する!」「そうなる!」という意味のהיתה (hayatah、ハヤタ)が語源になっている可能性もあります。すると、皆で「さんさ時雨」を唄い、喜びに満たされて舞う際、「そうなる!」「そうだ!」という掛け声として「ハァヤート」が用いられたと解釈することもできるでしょう。
「音もせで来て濡れかかる」の謎を解明!
次に、解釈が難しい「オトモセデキテ」に注目してみました。この言葉は3つのヘブライ語、「オトモ」「セデ」「キテ」から構成されていると考えられます。
まず「オトモ」はヘブライ語のאטם(otom、オトム) がルーツで、「止める」「封じる」または「閉ざす」を意味します。次に「セデ」は戦場を意味するשדה(sedeh、セデ) であり、発音も近似しています。そして「キテ」は「清められた」を意味するחיטא(khite、キーテ) と考えられます。これらを踏まえると、「オトモ・セデ・キテ」は、ヘブライ語で「戦場は閉ざされ清められた!」という意味になります。
「ヌレカカル」も「オトモセデキテ」と同様にヘブライ語で解釈すると、「ヌ」「レカ」「カル」という3つのヘブライ語で構成されていることがわかります。まずנו(nu,ヌ) は「さあ!」「来て!」という意味を持つ言葉です。次に「レカ」はヘブライ語ではלך(lekh、レカ) と書き、「あなたに」のほか、動詞としては「行く」「進む」の意味で用いられることもあります。そして「カル」はおそらく「力」を意味するחיל(heil、カイル) という言葉でしょう。この言葉は古代、「砦」「お城」の意味で使われていました。
これまで不透明だった「ヌレカカル」の意味が、ヘブライ語によって浮かび上がってきました。「ヌレカカル」は「濡れかかる」という、情事を連想させる日本語のように聞こえても、実は民が神と共に喜びながら、神の命に従って地境を広げていく様子を表した戦勝記念の唄であったと考えられます。この言葉の意味は、「神の砦に向かって進もう!」と理解することができます。そして「オトモセデキテ」と合わせて「オトモセデキテ・ヌレカカル」と続けて読むと、確かに戦勝記念を思わせるような主旨の言葉がヘブライ語で綴られているように見えてきます。すなわち、戦いに勝利した今こそ、「戦場は封じられて清められた!神の城、砦に向かって進み続けよう!」という強い思いが、この囃子詞に込められていたと理解できます。
すると、伊達政宗の戦勝を記念して詠まれた句が編纂され、「さんさ時雨」になったという説も、あながち間違いではないかもしれません。「さんさ時雨」で唄われる「オトモセデキテヌレカカル」のヘブライ語訳は、伊達政宗が磐梯山の裾野にて会津の蘆名 (あしな) 氏に勝利したことを祝う言葉として、その意味が合致するのです。もしかすると伊達政宗自身も、「さんさ時雨」の歌詞と囃子詞の意味を、ヘブライ語として理解していたのかもしれません。
「ショーガイナー」の意味は
最後に、囃子詞としても名高い「ショーガイナー」「ショウガイナー」という囃子詞を検証してみます。日本語として捉えると、「しょうがないな」という言葉に酷似していることから、ふと、それが語源に思えてきます。しかしながら、祭りの場で唄う囃子詞としては内容が不釣り合いであり、人々が喜びながら唄う意味とはかけ離れているのです。ところが、この言葉もヘブライ語で解釈すると、思いもよらず、前節につながる新たなメッセージが浮かび上がってきます。
「ショウガイナ」には元来、当て字があり、「勝凱」と書かれていたのではないか、という説があります。「さんさ時雨」の背景には、戦勝記念として「メデタイ、メデタイ」と「凱旋」を祝う風習があり、「勝凱」という言葉が生まれ、そこから「ショーガイナー」という囃子詞が派生したと推測する訳です。問題は「さんさ時雨」の歌詞全体が、日本語では戦争に勝利するような意味合いには受け取れないのです。しかし「音もせで来て濡れかかる」という一節をヘブライ語で解釈すると、戦勝を記念する意味が読みとれることから、的を射ているかもしれません。
「ショウガイナー」の意味も、ヘブライ語で解釈することができます。まず「ショー」はヘブライ語でשור(sho、ショー)と書き、「壁」「城壁」を意味します。次に「ガイナー」は「園」または「葡萄畑」を意味するגינה (gina、ギナ)と推測されます。これらを組み合わせると、「ショウガイナー」とは「葡萄畑の壁」「園の城壁」という意味に捉えることができます。
「さんさ時雨」の唄の意味
一見すると、意味不可解な「さんさ時雨」の囃子詞は、日本語では恋唄のように聞こえますが、ヘブライ語では全く異なる意味が込められているように思われます。唄の題名「さんさ時雨」は、皆で喜び、舞い上がる様子を表しており、何かの出来事をきっかけとし、皆で共に祝うというのがこの唄の目的のようです。では、そのきっかけとは何でしょうか。それは、続く囃子詞の意味から探ることができます。
まず、囃子詞の「ハァヤートヤート」は、ヘブライ語で「見よ!神を」という信仰の思いを述べた言葉です。したがって、「さんさ時雨」の唄の主旨は、神の恵みに預かること、すなわち信仰を背景とした唄であったことがわかります。次に「音もせで来て濡れかかる」は、「戦場は封じられて清められた!神の城、砦に向かって進み続けよう!」という意味が、ヘブライ語で綴られていました。これは、神のご加護により戦いに勝利した後、城壁、砦に向かって雄々しく進んでいく人々の姿を表した強い信仰の思いが感じられる言葉です。その目的地の砦とは「ショウガイナー」と言われたように、城壁に囲まれた楽園、葡萄畑のような園だったのです。これら一連の囃子詞をヘブライ語で読み解くと、戦勝を記念する思いが込められていたことが見えてきます。
このような歓喜の思いが込められた歌詞だったからこそ、伊達政宗が戦勝を祈念して唄の編纂を命じ、「さんさ時雨」が完成したのかもしれません。そして会津の人々に対してあからさまに戦勝を誇示することを避けるため、折句のように二重の意味を持たせたとは考えられないでしょうか。すなわち表面上は恋唄のように聞こえながら、実はヘブライ語で詠むと戦勝の唄になるという二重構造で、敵地を攻略して進軍したことが祝されていたのかもしれません。これらはあくまで仮説の域を出るものではありませんが、新たな視点からの考察により、「さんさ時雨」に秘められた歴史の真相へと一歩近づくことができるように思われます。
このようなルーツを持つ「さんさ時雨」は、東北地方を中心として全国各地に広まり、時代の流れとともに囃子詞の意味が不透明になった後も多くの人々に愛され、後世へと伝承され続けてきたのです。
