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『大魚祝唄』に秘められた新天地への想い

函館の出船音頭と同様に、宮城県にも大漁を念願して祝う大漁祝唄が複数存在します。これらの祝唄には「神の泉」を意味する「エンヤー」という囃子詞が頻繁に用いられていますが、中にはあまり聞き慣れない囃子詞を含む唄もあります。宮城県仙台より南へ10km程離れた所にある名取市を発端として広まった閖上(ゆりあげ)大漁祝唄では、唄の始めから「チョイチョイ」、「アリャエー」、「エノソーリャ」、そして「エンヤサー」と、リズミカルな囃子詞が次々と飛び出してきます。大漁を祝い、人々の食卓を潤すことに感謝を捧げるのが大漁祝唄の主旨ですから、これらの囃子詞にも意味が無いはずはありません。

「チョイ」チョイ、tsoed(tsoed)は既に解説したとおり、「前進せよ!」という意味のヘブライ語です。次に「アリャエー」ですが、これもヘブライ語で同じ発音を持つアリャエー、‘aliyah(‘aliyah)があり、元来「登る」という意味だったものが、いつしか「イスラエルに移住する」という趣旨で使われるようになりました。それ故「チョイ、アリャエー」は、「イスラエルに向かって、前進せよ!」という意味になるのです。ここで言うイスラエルは中近東のイスラエルではなく、新しい約束の地である東の海の島々であり、それが最終的に日本であったということは以前述べました。つまり国を失った神の選民が、新天地を捜し求めてアジア大陸を渡り、海を超えて探しあてた約束の地が日本だったのです。また「エノソーリャ」は「人類」を意味するヘブライ語のエノシュー「エノシュー」の語尾に神の「ヤ」が付加されて「人類の神」という意味を持つ言葉となり、「エノシューヤ」が訛って「エノソーリャ」と発音されるようになったと解釈できます。最後に「エンヤサー」ですが、これも「神の泉」の意である「エンヤー」に、「前進せよ」を意味する「サー」が後尾に追加されたものです。

このように、閖上大漁祝唄の囃子詞は、新天地を探し求めて海を渡るイスラエルの民が唄った祝唄ではないかと推測できます。イザヤの予言により、東の海の島々に新天地があることを信じた民は、「新しいイスラエルに向かって前進せよ!」「人類の神が共におられる!」「神の泉を目指せ!」と、掛け声をかけながら、約束の地を目指したのでしょう。そして辿り着いた日本は、水産資源に大変恵まれた島々であった為、正に「エンヤー」、すなわち「神の泉」の国と呼ばれるにふさわしい新天地だったのです。

大漁祝唄に類似した民謡は日本海側でも広まり、宴会での騒ぎ唄で知られる船方節にも興味深い囃子詞が含まれています。例えば酒田船方節の囃子詞は「ハァヤッショ、マカショ」ですが、「ハァヤッショ」はこれまで解説してきた「見よ」を意味する「ハァ」と「神の救い」を意味する「ヨイショ」という、2つの頻繁に使われる囃子詞の組み合わせで出来ています。「見よ、神の救いを」の意味を持つ「ハヨイショ」は、時間と共に「ハァヤッショ」に訛ったと考えられます。また「マカショ」はマカシ(マカシ)という「隠れ場」、「逃げ場」を意味する言葉が語源です。ヘブライ語で隠れ家は人の救いを意味します。それ故、語尾に神の「ヤ」を付加して「マカシャ」となり、これが訛って「マカショ」となったのでしょう。つまり「ハァヤッショ、マカショ」こそ日本を発見した時の喜びの声なのです。「見よ、神の救いを!神の隠れ家である新天地を」。