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マチュピチュとクスコへの冒険旅行
第5話 憧れのマチュピチュは真夏の快晴なり!

2日間にわたり、体力の限界を尽くしてインカ遺跡を巡り回った結果、顔はやけどしたようにぼろぼろになり、体全体は極度の疲労から、ちょっとした休みが必要でした。そんな時、オリャンタイタンボからマチュピチュへ向かう汽車の旅は、まさに安堵のひと時を与えてくれました。Inca Rail社のExecutive Trainは午後4時36分にオリャンタイタンボを出発です。時刻表どおりに運行すれば、マチュピチュには6時9分に到着し、夕暮れまでに何とか間に合います。暗くなる前にマチュピチュのホテルにチェックインできればと願っていました。

真横に流れる川は汽車と同じ方向に下っていた
真横に流れる川は汽車と同じ方向に下っていた
マチュピチュへの観光客でほぼ満席となった汽車は、オリャンタイタンボ駅から川沿いを走り続けました。そこでふと、目を疑う光景に遭遇しました。クスコからオリャンタイタンボを経由して、マチュピチュの山に向かって汽車で緩い坂を登っていくと勝手に想像していたのですが、まったく逆の光景に出くわしたのです。真横に流れている川は結構な急流であり、しかも汽車が行く方向に向かって流れていたのです。つまり、汽車は山を下り続けていたのです。その時初めて、マチュピチュがクスコやオリャンタイタンボよりも、ずっと標高が低いのに気が付きました。勉強不足でした!

クスコの標高はおよそ3400m。オリャンタイタンボの標高はおよそ2800m。マチュピチュ村はおよそ2000m、何とクスコからは1.4q、オリャンタイタンボから見ても、800mも低い標高にマチュピチュ村は位置していたのです。そしてマチュピチュ遺跡には、村からバスを使って山を400m近くのぼり、およそ標高2400mの地点に到達すると、そこに入り口があるのです。つまりインカ帝国の首都があったクスコの町よりも、ずっと低い位置にマチュピチュの山が存在するのです。この標高差のマジックには度肝を抜かれました。

観光客で賑わうマチュピチュ村の夜

駅の広場の売店沿いに人が溢れる
駅の広場の売店沿いに人が溢れる
汽車が終点のマチュピチュに到着した時、周辺は既に薄暗くなり始めていました。駅のホームや広場には売店沿いに人が溢れ、村全体は思ったより近代化されています。ペルーのマチュピチュに向けて日本を出発する3週間前からマチュピチュに宿泊するCasa del Solホテルのコンシェルジュと幾度となくメールでやり取りをした結果、オリャンタイタンボ駅から汽車でマチュピチュに到着したら、すぐにホテルにチェックインして、ツアーガイドのALBERTO(アルベルト氏)と会合することを決めていました。幸いにもホテルは駅から歩いて5分ほどの通り沿いにあり、すぐにチェックインすることができました。

マチュピチュ遺跡を初めて訪れる際は、ツアーガイドがいないと遺跡の道順さえも理解しづらく、絶対に必要という強い勧めがあり、問答無用にて英語のツアーガイドをお願いすることにしていました。ガイド料は半日で70ドル、それに加えて遺跡の入場料が60ドル、そしてマチュピチュ村から遺跡のゲートまでのバス代が別途26ドルかかります。また、遺跡のツアーは早朝から昼過ぎまで、しめて6時間程かかるだけでなく、見学時間には制限があるとのこと。その時間内で最大限のツアーをしようとするならば、まず2時間ほどかけてマチュピチュ砦をツアーガイドと一緒に見学し、残りの時間でインカ橋とサンゲートまで一人で見学する、というのがホテルからの提案でした。そして旅行日程の制限もあることから、半日のマチュピチュツアーが終わった午後にはクスコに戻り、翌日にはペルーを出国するという強行プランが計画されました。

マチュピチュ駅のホームから通りまで下りて、すぐそばにあるCasa de Solホテルにチェックインし、少しだけでもくつろごうと思ったのも束の間、翌日のマチュピチュツアーをガイドしてくださるアルベルト氏との会合の時間になりました。思いのほか、はきはきしたわかりやすい英語でツアーの詳細を説明してくださり、マチュピチュ村の夜
マチュピチュ村の夜
これなら明日は安心と思い、和やかな雰囲気の中、終始リラックスして話を聞くことができました。そして翌朝、ホテルから一緒に出発するというプランを確認して会合は終了です。その後、ホテルで軽く食事をし、せっかくなので、マチュピチュ村に散歩に行きました。そこは村というより、どちらかというと日本にある温泉街のようなツーリスト向けの小さいアーケード的な商店街でした。いたるところに観光客がたむろしており、特に欧米諸国からのツーリストが多かったように思えます。楽しく食べて、飲んで、ショッピングして、遊べる、ちょっとしたリゾート感覚の風変りな町が、マチュピチュ村だったのです。

マチュピチュ遺跡にいざ出発

大勢の観光客で賑わうバス乗り場
大勢の観光客で賑わうバス乗り場
朝6時10分、約束の時間にアルベルト氏とホテルのロビーで合流した後、6時30分始発のバスに乗るために、すぐそばのバス乗り場まで歩いていきました。10分ほど歩いて橋を渡ると、そこにはすでに何台ものバスが並んでおり、早朝だというのに大勢の観光客で賑わっています。バスに乗り込むと同時に、6時35分には出発し、山道に向かって移動を開始しました。途中の道路は舗装されてはおらず、多少のでこぼこ道を、バスがぐんぐんと進んでいきます。そしてかれこれ30分ほど乗っていると、マチュピチュ遺跡のゲートが見えてきました。午前7時、ゲート周辺は、ちょっとした遊園地の入り口のような雰囲気でした。

早朝7時5分、マチュピチュツアーの始まりです。マチュピチュのチケットにも種類がありますが、最初で最後のツアーになると思っていたことから、サンゲートとインカ橋はもちろん、何としてもマチュピチュ砦の背後に聳え立つワイナピチュという山にも登ってみたく思っていました。よってアルベルト氏と相談しながら、11時が最終の入場となるワイナピチュのチケットも、その場で購入することにしました。ゲート周辺から見る限り、マチュピチュの向こうに見えるワイナピチュはそんなに高い山とも考えられず、健脚を有する自分ならば絶対に大丈夫とふんで、チケットの購入に至ったわけです。チャレンジの始まりです。

マチュピチュ遺跡のゲート
マチュピチュ遺跡のゲート
事前の情報からはマチュピチュの時間制限について、あまりよく理解できませんでした。当日、現場のゲートを通り抜け、大勢の観光客を目の当たりにし、ツアーガイドの説明を改めて聞きながらやっとわかってきたのです。つまるところ、ワイナピチュを登頂するには4時間以内にマチュピチュ遺跡を見なければならないということです。マチュピチュへの1日の入場は2500人までに制限されています。また、見学時間も限られ、マチュピチュ砦への入場チケットは有効時間が4時間となっています。よって7時からスタートするならば11時で見学は終了しなければなりません。しかもそこからワイナピチュへと向かうならば、その入り口ゲートも11時で閉められることから、それまでにゲートを通り抜けなければなりません。マチュピチュのツアーは時間との勝負、ということを理解する必要がありそうです。

ゲート付近からワイナピチュを眺める
ゲート付近からワイナピチュを眺める
通常の砦ツアーには2時間前後かかることから、ツアーガイドのアルベルト氏も、「ワイナピチュに行くならば、インカ橋だけみて、そこからゲートに向かうといいよ。」とアドバイスを頂きました。つまり4時間という枠の中でマチュピチュ砦とインカ橋を見学した後、ワイナピチュに登ることを薦めてくれたのです。しかしながら一生に一度の旅であり、何としてでも主要な遺跡全部を見るためにマチュピチュまで来たのですから、インカ橋とサンゲート、両方を見学するだけでなく、ワイナピチュにも必ず登る!と心に誓いました。

天気は快晴、気温も高く、高地で酸素も薄い状態です。しかも2日間のインカ遺跡の旅の疲れがどっと溜まっていることもあり、体調もすぐれません。それでも最初で最後のチャンスだけに、前向きに進むしかありません。大チャレンジが待ち受けていました。

驚異的なマチュピチュ砦の実態

これがマチュピチュ砦の全容だ!
これがマチュピチュ砦の全容だ!

アルベルト氏と一緒にゲートを通り抜け、マチュピチュ遺跡の中に入ると、すぐに細かい説明が始まりました。まずは道順からです。およその感覚としては、左手の奥の方に続く山道の先にはインカ橋があり、左側手前にUターンして山を登るとサンゲートに到達できるとのことです。そして右手にはワイナピチュがマチュピチュ砦の背後に聳え立っていました。インカ橋やサンゲートへの山道がどのくらい長いか想像もつきませんでしたが、サンゲートまでは往復2時間、インカ橋は1.5時間とも聞いていたことから、かなりの距離は覚悟しなければならなそうです。

益田の岩舟に似た巨石のモニュメント
益田の岩舟に似た巨石のモニュメント
遺跡のゲート周辺からのビューは素晴らしく、マチュピチュ砦全体を見渡すことができます。そして通路の上に広がる広場を見渡すと、巨石のモニュメントが目に入ってきました。どこかで見たような。。。「あ、そうだ、奈良にある益田岩舟にそっくりな岩!」、ということに気が付きました。岩場の周辺はインカ遺跡に見られる段々畑の広場が続き、とても美しい光景でした。直後、マチュピチュ砦の方へと向かい、遺跡の詳細についての説明を聞き続けながら、アルベルト氏と歩いて回りました。

無数の石が積まれた急斜面上の壁
無数の石が積まれた急斜面上の壁
段々畑をはじめとし、山の急斜面を開拓して造成されたマチュピチュ遺跡を目の当たりにすると、見ているだけでもうっとりとしてきます。これだけ多くの石を切り崩して積んでいきながら砦を造ったわけですから、相当な労力を要したに違いありません。おそらくワイナピチュの山が、その原石の大半を占めていたのではないでしょうか。今日、目にすることのできるワイナピチュの山の形状を見ていると、まさに人の手が入り、山が切り崩された結果の姿であることを感じないではいられません。

曲線の石組が美しい太陽の神殿」
曲線の石組が美しい「太陽の神殿」
マチュピチュの散策を続けながら、アルベルト氏から聞いた話の中でも特に興味深かったのは、遺跡と太陽との関係、そこに作られた太陽の神殿、そして石を削って構築された建造物の精度です。マチュピチュ砦を歩き回ると、太陽の神殿に近くなればなるほど石積みの精度があがり、より細かい箇所まできちんと石が積み上げaられていることがわかります。特に神殿回りでは意図的に軽いカーブをつけて石が切られている場所があり、その少しの隙間をもって、地震の揺れを吸収できるような耐震構造になっているとのことでした。それらの石は大きく、切るだけでも大変なのに、その巨石を移動しながら積み上げていく技術と、設計精度の素晴らしさに驚いてしまいました。とにかく写真をとりまくり、記念に保管しておくことに努めました。

コンドルの神殿と呼ばれる聖なる岩場
コンドルの神殿と呼ばれる聖なる岩場
太陽の神殿は高さがおよそ5m、円形に組まれた石の壁に囲まれており、夏至の日には南の窓から朝日が差し込むように設計されています。太陽信仰の象徴となる太陽の神殿において太陽の子孫とされる王系一族は神を崇めたのでしょう。その上の方にある3つの神殿の窓も、夏至の日の出方向を示しています。同様に、インティワタナの石柱は、東西南北を正確に示しており、日時計の役割を果たしていたと考えられています。また、コンドルの神殿と呼ばれる聖なる岩場では、コンドルの翼が広がったような様相の石段があります。その地面に見られる三角形の石は、与那国の海底遺跡にある三角形のコンドルの頭のようであり、何かしら関連性があるように思えてしかたありませんでした。

アルベルト氏の巧みなリードに従って、くまなく砦を歩き回りながら説明に耳を傾けていると、あっという間に2時間が過ぎ去っていました。時計を見ると、もう9時5分です!ワイナピチュのゲートが閉まる11時まで、2時間を切っていたのです。ということは、サンゲートとインカ橋を見学するには、合わせて2時間もなくなっていたのです。サンゲートの構造物跡
サンゲートの構造物跡
決断の時がきました。もはや諦めて、サンゲートかインカ橋、どちらか一つだけを見て、ワイナピチュに向かうか、それともワイナピチュに間に合わない、というリスクを覚悟でサンゲートとインカ橋、両方を見に行くか。ここまできて議論の余地はありませんでした。結論はただ一つ。何が何でもサンゲートとインカ橋、両方を見学して、しかもワイナピチュに登頂するために、11時までにゲートを通る!そのためには走るしかないのです。

サンゲートとインカ橋までひたすら走る!

山道をひたすら登ってサンゲートに向かう
山道をひたすら登ってサンゲートに向かう
まさかマチュピチュに旅してまで、酸素の薄い高山を走ることになろうとは、考えもしませんでした。旅に想定外のアクシデントはつきものですが、地球の裏側まで来たのですから、行かないわけにはいきません。既に9時10分、あと2時間もないという切羽詰まった状況下、サンゲートとインカ橋をまず、見学することにしました。もはや待ったなし。まず、サンゲートに向けて、山道を走り抜けることにしました。

インカ橋への山道途中にあるゲート
インカ橋への山道途中にあるゲート
遠い昔からサンゲートとは、麓にある村から山を越えてマチュピチュへ行く途中に通る、関所や狼煙台のような場所でした。よって、サンゲートからの景色は格別です。山道は急斜面ではないものの、高地のせいか空気も薄く感じられ、気温はどんどんと上昇していることもあり、小走りしても息苦しくなります。しかもペットボトル1本しか持参してこなかったため、汗をかき始めて水を飲み始めると、いつ空になってしまうか、少し心配になってきました。ところどころ石が詰められている山道を、ひたすらサンゲートを目指しながら小走りに20分ほど進むと、背後の遠くには、マチュピチュを見下ろす景色が広がっていました。なかなかの絶景です。そして疲れを我慢して走り続けていると、遂に9時40分、サンゲートに到達することができました!

サンゲートからマチュピチュとワイナピチュを眺める
サンゲートからマチュピチュとワイナピチュを眺める
さすがにサンゲートからの眺めは素晴らしく、また、頂上周辺の遺跡も見ごたえ十分です。一息つきながら景色の素晴らしさに浸っていると、時間がどんどん過ぎ去り、いつの間にか10時です。このサンゲート頂上から山を下り、今度はインカ橋まで行って、そこからワイナピチュのゲートまで何としても、11時まで辿り着かなければなりません。慌ててサンゲートを出発し、下り坂道はさらにスピードを上げて走りながら、インカ橋へと向かいました。

急いだかいもあり、何と10分少々でインカ橋へ向かう途中にあるゲートに着きました。そこからまだ、どのくらいの距離が残っているか知る由もないため、ひたすら走り続けることにしました。途中、崖っぷちの石垣付き山道を通り抜けると、その断崖絶壁沿いに作られた細い山道が見えてきました。インカ橋直前の山道は崖側に何ら柵がないため、落ちたら即死しそうな絶壁です。恐る恐る歩きながら、やっとの思いで10時23分、遂にインカ橋に辿り着きました。あまりに危険なため、今日ではインカ橋は通行止めになっており、誰も通ることができません。でも、昔の人々はこの難関を日ごろ行き来していたのかと思うと、ただ、驚くばかりです。

今日通りゃんせの「インカ橋」
今日通りゃんせの「インカ橋」

山道の途中、警察官が警備をしています
山道の途中、警察官が警備をしています
ワイナピチュの門限まで、まだ30分以上もあるということで、インカ橋でちょっと一息つくことができました。それにしてもすごい場所です。真上を見渡すと、青空とともに圧巻の断崖絶壁が目に入ります。時間も押し迫っていたことから、すぐに引き返し、来た山道を戻り始めると、その途中、2人の女子警察官と遭遇し写真を撮らせていただきました。山道途中の景色は素晴らしく、特にマチュピチュの全容も背後のワイナピチュとブレンドすると見事であり、これまでの疲れを吹っ飛ばしてくれます。10時40分にはインカ橋のゲートまで戻ることができ、ワイナピチュのゲートまで、あともう一息です。

インカ橋側からの見事なマチュピチュのビュー
インカ橋側からの見事なマチュピチュのビュー

究極の試練となる炎天下のワイナピチュ

10時50分にはワイナピチュのゲート手前、300mほどの所まで来ることができました。もう大丈夫です。サンゲートとインカ橋を2時間弱で見学し終わり、ワイナピチュの開門時間にも間に合いました。

最初の坂道は簡単に見えたのだが。。。
最初の坂道は簡単に見えたのだが。。。
ワイナピチュは若い峰と意味の言葉であり、マチュピチュ砦の背後に聳え立つ標高2720mの山です。急斜面の登山コースであり、山道も狭いだけでなく、体力を大変消耗することから1日あたりの入場制限が設けられており、事前にチケットを購入した人のみが入場することができます。既に11時のチケットは取得していたことから、颯爽とゲートを通り抜け、マチュピチュツアーの最後を飾るワイナピチュにチャレンジです。

だんだんと急な斜面に様変わり
だんだんと急な斜面に様変わり
ワイナピチュのゲートを制限時間ぎりぎりの時刻に通った直後、突如、アクシデントに見舞われます。早朝7時からマチュピチュのツアーをスタートし、すでに4時間、どんどんと気温が25度まで上昇する最中、直射日光にあたりながらマチュピチュを走ったり、早歩きして汗だくになってきたのです。そして持参した1本のペットボトル水も底をつき、突如として脱水症状に襲われてしまったのです。以前、初マラソンの大会に参加した際に脱水を経験したことがあり、まさにその二の舞でした。かといってすでにゲートは通り抜けてしまい、11時を過ぎてしまったためにゲートは閉まっています。そこを出てしまうことは、ワイナピチュを諦めることを意味することから、どうにもできないのです。

どこまで続くのか!急斜面の階段。。
どこまで続くのか!急斜面の階段。。
このままでは山登りは愚か、途中で倒れてしまうことは目に見えています。仕方なく、ペルーのマチュピチュにて、遂に物乞いをすることにしました!ワイナピチュの山から下りてくる観光で訪れた登山客に対し、すれ違う度に水を分けていただけないかと聞くことにしたのです。人生、40年ぶりの経験です。ところが真夏日の炎天下ということもあり、だれしも下山してきた時には、水がほぼ、空になっていたようです。アジア系の夫婦ならば必ず持っている、と声をかけても断られる始末です。危機一髪、もうだめか、と諦めかけていたちょうどその時、東ヨーロッパ系の男性が一人で山から降りてきたので声をかけると、何と1Lの大型ボトルに水が半分以上残っているとのこと。倒れそうになっている自分を見て憐れに思われたのでしょうか、お礼の金銭も受け取ることなく、「あげるよ!」と言って去っていきました。「ありがとう!」この1本の水のおかげで命拾いしました。

目の前に見えてくるワイナピチュの頂上
目の前に見えてくるワイナピチュの頂上
山登りには慣れている筆者ですが、ワイナピチュの急斜面は想定外でした。既に4時間を超えて走ったり、歩いたりのノンストップです。しかも炎天下、気温はさらに上昇中。その状態で急斜面がどこまで続くのかもわからず、覚悟を決めて、歩き続けなければなりません。最初見えてきた坂道は石段状になっていて、横にロープも張ってあることから、容易く歩いて登れるように見えました。世界遺産なので誰でも楽に登れるように配慮してくれている!と意気込んだのも束の間、暫く歩いていると、段々と山道が急になってきました。そして徐々に力が衰えていくのを感じました。どこまでも階段が続き、どんどんと斜面が急になってくるのです。

最期の難関となる急斜面の階段
最期の難関となる急斜面の階段
山道の所々からは、ワイナピチュの頂上が見えてきました。でも、頂上はまだまだ先です。頑張らなければと足を進めるのですが、だんだんと雲行きが怪しくなってきます。これまで登ってきた山道を振り向くと、かなりの急斜面であることがわかります。場所によっては傾斜が45度を超えているに違いなく、それがワイナピチュの登山であり、きつい理由です。そしてついに頂上が見えてくるも、その手前に最後の難関が潜んでいました。そこには崖っぷちの急斜面に沿った石垣の階段が重くのしかかっていたのです。その石垣の階段は長く、あまりに急なことから、途中で欧米人の方がギブアップして横たわっていました。それほどまでに、特に炎天下では過酷なチャレンジとなる最後の関門だったのです。あそこで水をもらってなければ、確実に脱水症状で自分も倒れていたことでしょう。

ワイナピチュの頂上は豪快な岩場
ワイナピチュの頂上は豪快な岩場
栄光のワイナピチュ、その頂上制覇は簡単ではありません。苦しい思いを我慢した人のみが受けることのできる特権です。だからこそ、我慢してひたすら足を動かし続け、目の前に頂上の建造物が見えて来た時、最後の元気を振り絞って登りきったのです。11時50分、遂にワイナピチュの頂上に到達し、マチュピチュの全容を見下ろすことができました。頂上制覇、おめでとう!ここまで苦しい戦いになるとは思ってもおらず、水分を補給できたことが勝因の秘訣だったと思っています。

ワイナピチュ頂上からのマチュピチュの景色
ワイナピチュ頂上からのマチュピチュの景色

日本の霊峰にみられるような岩間の山道
日本の霊峰にみられるような岩間の山道
ワイナピチュの頂上に辿り着いて初めて分かったことは、頂上周辺が豪快な岩場となっているということです。日本の霊峰に多く見られるように、ピーク周辺には頂上石のような巨石が多くみられ、それらの合間に人が通り抜けできる山道が作られ、古来の人々は山を行き来していたのです。その山道の中には、岩間の間を通り抜ける通路や、トンネルのように岩がかぶさったものもあり、まさに日本人にとっては親しみやすい霊峰の様相を呈しています。

1時直前の下山ルートは登山客で渋滞!
1時直前の下山ルートは登山客で渋滞!
既に時刻は12時をまわり始めていました。ワイナピチュの閉門にも時間制限があり、1時にはゲートが閉まってしまうことから、再度、時間に追われながら下山を開始しました。山を下っていくと、マチュピチュ山の麓から砦へと向かって登るジグザグの山道が見えてきます。実に美しい光景であり、これを見るだけでも、苦しんで登山したかいがあったと思いました。山道を下る途中、狭く、急な箇所がいくつもあり、下山する登山客が列をなして山道が渋滞する場面がありました。ここはひたすらゆっくりと周囲と歩調を合わせながら下山を続け、12時56分、ワイナピチュのゲートに戻ることができました。無事、時間内にゲートから脱出成功!

マチュピチュ砦とサンゲート、インカ橋だけでなく、ワイナピチュの頂上まで、それら全部を半日で探索できたという達成感は格別です。しかしながらそんな優越感も束の間、疲労困憊と節々の痛みに襲われ、脱水症状も否めず、気持ちは一刻も早くもホテルに戻って身支度をし、汽車にのってクスコに戻ることに心変わりしていました。一生に一度限りのマチュピチュの旅。しかしながら自己の人生においても例のない、充実感あふれる驚異的な半日の旅となりました。太陽に焼き付けられたマチュピチュの思い出は、いつまでも心の中に残り続けることでしょう。

マチュピチュ冒険旅行 ギャラリー