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「山車」の起源はノアの箱舟か?!

祭りの季節になると、全国各地で大活躍するのが山車(だし)です。山車には草花や人形、動物などの装飾物が飾られており、その興味深いデザインには誰もが目を見張ります。例年7月に催される千葉県の成田山新勝寺における祇園祭においても、多くの山車が民衆の大きな掛け声とともにその雄姿を披露し、新勝寺の境内では活気に満ち溢れた山車同士の壮絶な演出を見物することができます。このような山車を使ったお祭り行事は、京都や成田の祇園祭だけでなく、全国各地で開催されています。これほどまで日本の土壌にしっかりと根付いた「山車」文化のルーツはどこにあるのでしょうか。

「山車」の起源は少なくとも平安時代までさかのぼると言われています。大陸の宗教文化が日本へ紹介され、多くの僧侶がその影響を強く受けはじめた平安時代の末期、比叡山の山法師が日吉(ヒエ)神社のご神体を神輿に収めてそれを担ぎ、朝廷を訪れています。このような史実から、平安時代では既に神輿の中に神を迎え入れて移動するという発想があったと考えられます。その後、中世にかけて宗教間の派閥争いが厳しくなる最中、どこにも負けない日本一の贅沢な祭りを行うことが派閥争いに勝利する道であるという町衆の思いが頂点に達し、それまで人の手で担がれていた神輿が、いつしか祇園祭においては大掛かりな「山車」に変貌を遂げたと言われています。

「ダシ」という言葉の語源は、「飾り物として出す」ことから「出し車」という言葉がつまってできたとか、屋台から装飾品の一部を垂らすように出してあったことに由来するという説などがあります。そこに「山車」という漢字を当てた理由としては、巨大な装飾品を備えた車が山のように見えるからというのがごく一般的な見解ですが、装飾品と山車との整合性を理解するには問題が残りそうです。また、神の降臨する依り代(よりしろ)とも呼ばれる祭礼の山が、神のご神体を移動する車に転じ、それが最終的に「山車」となったという学説などもあり、真偽のほどはさだかではありません。もし前述したとおり、祇園祭や神輿のルーツがイスラエルにあるとするならば、「山車」の語源も同様にイスラエルの文化を参考にして解明できるはずです。

前述したとおり、山車にも神輿と同様の草花、動物、人形などの装飾が使われ、ときには波さえ描かれることが多いのは、洪水神話との関連性を暗示するものです。注目すべきはノアの箱舟から放たれた鳩が、「オリーブの若葉」を咥えて帰ってきたことが聖書に記されていることです。これこそ人類の救いのサインであり、それが「山車」という言葉に結びついていたのです。この説を決定づけるのが「山車」という発音を持つヘブライ語です。

ダシ/若葉が芽生える(ダシ)は旧約聖書の創世記に実際使われている言葉であり、それは「若葉が地上に芽生える」という意味を持っているのです。そこに「山車」という漢字が当てられたのは、大洪水からの救いが山の上から始まったからにほかなりません。そこで若葉の芽生え(ダシ)を確認し、その箱舟から多くの私財が運び出され車に乗せられて地上の隅々まで運ばれたのでしょう。祇園祭で用いられる「山車」の根底にあるテーマは「神の救い」であり、水没した大地に再び芽生えた若葉(ダシ)こそ、まさに新しい時代の始まりの象徴だったのです。