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日本の霊峰 羽黒山の登山記録

日本列島には多くの山々が聳え立ち、その新緑や紅葉の美しさは世界的にも有名です。四季の自然に恵まれた日本列島ならではの、季節の流れに応じた山々の衣替えは素晴らしく、南西諸島の屋久島から北海道の最高峰旭岳に至るまで、その色合いの変化は多くの人を魅了し続けてきました。学校教育の中でも山への遠足が含まれることが多く、小中学生の頃から山の自然を体験することが重要視されています。山はその色合いだけでなく、姿そのものもバラエティに富み、活火山として地上から水蒸気を噴き出している山や、頂上付近に大きな貯水池を抱えている山、巨石が随所に露出しているような山もあります。また、古代から信仰の対象として崇拝され、山岳信仰の象徴となる霊峰として知られている山も少なくありません。「うさぎおいしかの山・・・」と小さい頃から誰もが歌ってきたように、山はいつの日も、日本人にとって心のふるさとなのでしょう。

月山頂上 月山神社への参道
月山頂上 月山神社への参道
東北地方には青森県から栃木県まで続く、国内最長の奥羽山脈が存在します。しかしながら中部地方のように3,000m級の高山がなく、登山のメッカとなるような地域ではないことから、これまで蔵王など、地域の山や連峰名を用いたスキー場の名称を通して、山の存在が知られることもありました。東北地方はむしろ、十和田湖や猪苗代湖のような美しい湖が存在する地方として知られ、奥入瀬のように大自然の景観を極めた渓流も各地に存在します。また、天然温泉が山麓に湧き出でる温泉郷も多く、岩手県の花巻などは皇族の方々も頻繁に訪れるほどです。昨今では世界遺産に認定された平泉がツーリスト人気の的であり、浄土思想に基づき造営された庭園や見事な建築物を、美しい山々の姿を背景に楽しむことができます。

東北地方にも古代より崇敬されてきた霊峰が存在し、大勢の人々が参拝に訪れています。その山岳信仰の対象となっている霊峰が、山形県の出羽三山です。羽黒山、湯殿山、月山と呼ばれる3つの山からなる出羽三山は、それぞれが現在、月山
月山
未来、過去の象徴とも言われています。神社の参拝は古くから伊勢参りが有名ですが、その西方のお参りに対し、東の奥参りとして知られてきたほど、出羽三山の存在は古代より注目されてきました。そして出羽三山は、いつしか修験道の聖地としても知られるようになり、修験道を学ぶ山伏や行者にとって、修行の道に欠かせない霊場となったのです。こうして出羽三山には古くから、多くの山伏らが白衣をまとって集うようになり、自らが生まれ変わるための行を積んだのです。

羽黒山 斎館
羽黒山 斎館
出羽三山は山形市から日本海側に向けて連なる山々の中に存在します。山形市と言えば、東西を山々に囲まれた盆地に位置し、仙台市とほぼ同緯度、しかも50qほどしか離れていません。その山形市から見て、仙台市とは逆の北西方向に40qほど進むと月山と湯殿山があります。そこから更に17q北方へ向かうと、羽黒山があります。出羽三山と言われるだけあり、山々は互いに近い距離に存在します。ところが標高を見ると、とてつもない差があることがわかります。月山の標高は東北地方では8番目に高い標高1,984mを誇り、西日本最高峰の石鎚山よりも2m高いのです。ところが、羽黒山の標高はその約五分の一、414mしかなく、高山とは言えない小さな山だったのです。そして月山に連なる湯殿山の標高は1,500mです。

羽黒山 大鐘
羽黒山 大鐘
これだけの標高差がありながら、一貫して霊峰としての相互関係の重要性を世に知らしめてきた出羽三山だけに、それらが特別視された理由があるのではないでしょうか。さらに出羽三山のうち、標高が最も低く、何ら地勢上の目印もない羽黒山が修験道と山岳信仰の中心地となっていることからしても、山の標高とは全く関係のない視点から、出羽三山が山岳信仰の対象になったと考えられるのです。神秘的な存在感が溢れる出羽三山について、その歴史を振り返ってみました。

東北出羽三山の歴史

夜明けの出羽三山神社鳥居
夜明けの出羽三山神社鳥居
出羽三山は、出羽国と呼ばれた山形県に聳え立つ羽黒山、月山、湯殿山の総称です。羽黒山に建立された出羽神社では伊氏波神(いではのかみ)、稲倉魂命(うかのみたのみこと)の二神が、湯殿山神社では大山祇命(おおやまつみのみこと)、大国主命が(おおくにぬしのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)の三神が、そして月山神社では天照大神の弟である月読命(つきよみのみこと)が祀られています。出羽三山の山々は、それぞれが時空に結び付けられた聖地でもあり、羽黒山は現世でのご利益を、月山は死後の体験を、そして湯殿山は未来に向けての新しい命を得ることができる山として考えられています。こうして出羽三山はご利益が相互に絡み合う霊峰として、多くの人から崇拝されながら共に栄えてきたのです。

自然崇拝を大切にする出羽三山は、平安初期より仏教・道教・儒教をはじめ、密教や道教など神仏が習合する修験道の山としても認知されるようになります。修験道とは霊峰を修業の場とする山岳宗教です。大自然の中に身を置いて自然を崇拝し、厳しい修行を経て神霊が宿ると見做される自然界と一体となり、呪術や祈りの力を通して悟りを得ることを目指します。修験道とは密教的な世界観を極めていく日本古来の土着した宗教であり、東北地方では、出羽三山がその修行の地となったのです。

その修験道の原点となる山が羽黒山です。標高は低いながらも、古代より羽黒山は出羽三山修験道の中心的な聖地として知られてきました。その創始は今から1,400年前、第32代崇峻天皇(587〜92)の子である蜂子皇子に遡ります。当時、奈良を旅立たれた皇子は日本海沿岸へと旅し、そこから船に乗って海岸沿いを北上し、山形の羽黒山を見出したのです。その後、蜂子皇子はその小高い山に登頂し、そこで「イツハの里の神」とも呼ばれた伊氏波神(いではのかみ)を拝し、その山頂にて祠を作られ、出羽(いでは)神社の基となったと言われています。その後、蜂子皇子は月山、湯殿山にも登られ、合わせて三山が開かれました。これら三山が見出されるにあたり、蜂子皇子が歩まれた多大なる労苦を伴う修行の道は、いつしか「羽黒派古修験道」と呼ばれるようになり、羽黒山伏らが修練を積む古修験道の根本道場として、東北の地でも広められていくことになります。

羽黒山 芭蕉塚
羽黒山 芭蕉塚
出羽三山の名声は次第に全国に知れ渡るようになり、真言宗の開祖である空海や、天台宗の最澄も出羽三山を訪れ、修業を積んだと言い伝えられています。鎌倉時代においては、出羽三山は「八宗兼学の山」とも称され、全国各地から修行僧が集いました。中世では、三山の中心に位置する湯殿山が奥の院として認知される時代もありました。湯殿山の山麓からは天然の温泉水が涌き出で、今日まで出羽三山における大自然の力の象徴ともなっています。こうして出羽三山に登拝することは、いつしか東の奥参りとも称されるようになり、西の伊勢参りと相対して位置付けられたほど、人生において一度は経験したい大切な儀礼として考えられるようになったのです。

出羽三山を登る絶好のチャンス到来!

これまで日本列島の山々を登山する際、悪天候に見舞われ、濃霧に包まれて頂上からの景色を見ることもできず、登山が台無しになってしまうことも少なくありませんでした。仕事の合間を縫って登山をするため、休みは1日しかとれず、天候に応じて予定の変更や延長ができないのです。それ故、登山にあたっては、天気予報に特別の注意を払うようになりました。最近では天気図と睨めっこすることも多くなり、特に高気圧の中心が登山する地域や山上を通るピンスポットを狙うようにしています。すると雲ひとつない青空の下、山頂から遠く彼方まで景色を見渡せる可能性が見えてくるのです!

羽黒山 須賀瀧
羽黒山 須賀瀧
一度は訪れてみたいと思っていた東北生粋の霊峰、出羽三山を参拝する待望のチャンスが2017年の6月に訪れました。インターネットで閲覧できる天気図の詳細予報によると、6月6日の午前、高気圧の中心が出羽三山の一帯を通り過ぎることがわかりました。つまり、6日の朝は、美しく広がる青空を出羽三山の山頂から眺めることができると予想できたのです。また、天気予報によると午前中にしか絶景のチャンスは訪れず、午後には再び雲で覆われてしまう可能性が高いのです。よって、登山をしながら雄大な景色を満喫するには、早朝からリミットは昼過ぎまでです。早速6日の早朝、出羽三山を登山すべく、旅立ちを決意しました。自ら出羽三山の標高差を、身をもって体験し、その真実を受け止めることができるチャンスに心が弾みます。

あくまで東北への旅程も、仕事の合間に行くことから、1泊1日がルールです。登山する前日、仕事を終えてから夜、東京を出発し、翌日1日で出羽三山の登頂を完結し、当日中に東京まで戻ってこなければならないということです。登山の時間は日中ぎりぎりしかないため、スタートは日の出前、問答無用で早朝未明に決定です。ところが日の出時刻を調べてみると6月ということもあり、何と、朝の4時です。さすがに早い!だからこそ、出羽三山を1日で登頂し、その日のうちに飛行機で東京へ戻ってくるためには、3時45分の起床がマスト!と自分に言い聞かせたのです。そして前日の夜に東京を出発して出羽三山周辺に宿泊し、翌日1日がかりで出羽三山を参拝するという初体験にチャレンジすることにしました。

山形と言えば、無論、山形空港を考えます。よって当初、山形空港へ飛び、東側から月山、湯殿山、羽黒山の順番で登山することを考えました。しかしながら飛行機の便も少なく、時間が合わないため、前夜のプランがまとまらずに困っている時、ふと、飛行機の路線図を見ていると、山形県にある日本海側の空港が目に留まりました。庄内空港から羽黒山まではたった20q、近くには安価な宿泊施設も多く、1日4便あるANAのフライトの最終便が夜8時20分なのです!「これだ!」と思い、急きょ、登山の順番を逆にすることを決め、最初に羽黒山、続いて湯殿山、月山を登頂することにしました。

出羽三山案内図
出羽三山案内図

夜明けの羽黒山にチャレンジ!

羽黒山参詣道入り口の随神門
羽黒山参詣道入り口の随神門
出羽三山の玄関となる羽黒山への大鳥居を抜けて、羽黒山参詣道の入り口にある随神門(ずいしんもん)前の鳥居に車で到着したのは予定より20分遅れの早朝4時20分。既に周辺の山々からは夜明けの兆しを感じます。鳥居横の石碑には、「出羽三山神社」と記されており、羽黒山が山岳信仰の中心となっていることがわかります。随神門を通り抜け、参詣道に沿って歩いて行くと、大自然の至る所に重要な魂の修行所があることに気が付きます。

羽黒山 天拝石
羽黒山 天拝石
最初に目にするのが、修行者の行法を行った場所と考えられている天拝石です。その直後、13年という長い年月をかけて作られた全長およそ1.2qにも及ぶ2,446段の石段が始まります。その両脇には樹齢300年から500年にもなる美しい杉並木があり、羽黒山頂上に至る総計1.7qの参詣道には総計585本にもなります。これら見事な杉を眺めながら上り詰める石段は華麗であり、圧巻の思いに包まれます。その後、祓川に注ぐ小さな滝を見ながら神橋を渡ると、平将門が建立した東北最古の五重塔が見えてきます。現存の塔はおよそ600年前に再建されたもので、国宝に指定されています。

大自然と調和する美しい石段
大自然と調和する美しい石段

羽黒山 芭蕉の句碑
羽黒山 芭蕉の句碑
一の坂、二の坂を上り続け、二の坂茶屋を過ぎると、御本坊跡の標識が目に入ります。その先、右手500mほど行くと、著名な羽黒山南谷があります。人があまり訪れないせいか、途中雑草も多く、足元が悪い箇所がありますが、緑際立つ美しい光景に誰も安らぎを覚えることでしょう。ここで俳聖の松尾芭蕉は奥の細道を行脚する際、門人曾良と一緒に6日間、この南谷に泊まり、「ありがたや、雪をかほらす南谷」と、一句吟じました。

出羽三山歴史博物館
出羽三山歴史博物館
三の坂を通り過ぎると、左手に齋館への門扉を見ながら参詣道を上り続けると、羽黒山山頂に到達しました。時刻は5時40分。参詣道をおよそ1時間少々で移動してきたことになります。そこには三神合祭殿と呼ばれる三神を合祭した日本随一の大社殿が建立されています。正面には大きな鏡池があり、名前の由来は古代、銅鏡を池の中に奉納したことによると伝えられています。三神合祭殿の先には出羽三山歴史博物館があり、出羽三山について詳細を学ぶことができます。

青空が冴えわたる早朝の三神合祭殿
青空が冴えわたる早朝の三神合祭殿

写真を撮りながら頂上周辺を散策すること、およそ30分。ふと気がつくと時計の針は6時15分を指していました。「まだ、湯殿山と月山が残っている!」と参詣道を小走りに駆け下り、途中、芭蕉の句碑が建立されている南谷に寄り、その後、再び出羽三山神社の鳥居まで戻ってきました。時に7時15分。時間は刻々と過ぎていきます。

羽黒山 周辺MAP
羽黒山 周辺MAP
(提供 羽黒町観光協会)

天然温泉が湧き出でる湯殿山

湯殿山神社本宮鳥居
湯殿山神社本宮鳥居

羽黒山から湯殿山までは、直線距離では14q弱です。しかし山々に囲まれていることもあり、県道を使って迂回を余儀なくさせられることから、実際の走行距離は30qを超えるため、思いの他、移動時間を要することが分かりました。また、国道112号から湯殿山へ続く県道へ抜ける場所がナビを見てもわかりづらく、途中道に迷ったこともあり、湯殿山に到着したのは、10時ちょうどでした。

そこには観光地に来たのかと錯覚するような大きな駐車場と売店はありますが、朝10時でも人影はまばらです。そして駐車場の先には大きな鳥居があるものの、参道や本殿は目につかないことから、湯殿山そのものが御神体であることがわかりました。鳥居を通って舗装された道を歩いていくと、その道路沿いには三山地蔵尊や、湯殿山の山姥(やまんば)が祀られています。そしてしばらく歩き続けると、石段が目に入り、その入口には「出羽三山奥宮湯殿山神社本宮参道入口」と記載されていました。そこからが正式な参道の始まりだったのです。参道の石段を上るとすぐに、「湯殿山信仰碑」と彫られている石碑が目に入ります。その後にも石碑は続きますが、どちらも作りや並べ方が少々雑であり、どうしたものかと思ってしまいました。そのすぐ後には湯殿山神社に隣接する御滝神社ご神体となる小さな滝があります。そこを通り過ぎると、湯殿山神社の御本宮御神湯に到達します。

御神湯の由来書には、湯殿山のご信仰は「生まれ変わりの時」であり、過去、現在、未来を経る三関三度の教えに繋がっていることが明記されています。実際の御神体なる巨石は撮影不可ということで掲げることができませんが、大きさは直径10mほどの丸い巨石であり、随所から温泉が湧き出でていることから、その水酸化鉄を多く含む鉱泉の効果により、岩は赤茶けた色に変化しています。参拝者はその御神体の周囲を裸足で歩き回ることができ、自然の湯の力、しいては湯殿山の神威に触れることができるのです。帰り際には、その源泉を貯めた足湯が容易されており、そこでじっくりと足を温め、ひと時を過ごすことができます。

さて、時計を見ると11時です。まだ、月山の登頂が残っていることから考えているゆとりもありません。颯爽と湯殿山神社を後にして、出羽三山最高峰、月山へと出発しました。(つづく)