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日本の霊峰 月山の登山記録

羽黒山の麓から遠くに月山を望む
羽黒山の麓から遠くに月山を望む
標高1984mを誇る月山は、羽黒山、湯殿山と共に出羽三山の霊峰として信仰を集め、修験道の聖地となっています。その頂上に建立された月山神社本宮では、夜と海、魂や死後の世界を司る月の神として知られる月読命が祀られています。そして平安時代から多くの修験者や参拝者が集うようになり、いつしか月山は、夜や死を象徴する山として崇拝されるようになりました。その結果、明治時代では東北唯一の官幣大社として、国より手厚くもてなされることになります。今日、山頂の月山神社本宮が開かれている期間は、7月1日の開山日から9月15日の閉山祭までと定められています。

松尾芭蕉の俳句が刻まれた石碑
松尾芭蕉の俳句が刻まれた石碑
その山頂からは庄内平野や最上地方はもちろん、南方には飯豊(いいで)山地、北方には鳥海山から先の青森県岩木山、八幡平までも望むことができます。そして山麓から涌き出でる水は名水百選としても知られています。かつて松尾芭蕉が「雲の峯いくつ崩れて月の山」という句を詠んだのも、月山に登った時のことでした。

月山には頂上に向けて主に8つの登山道があります。そして頂上からはおよそ3時間で湯殿山まで縦走することができ、その道中には行者ヶ原など、修行の場として知られる場所が複数存在します。月山の頂上まで最もアクセスが良いコースは、月山リフトと呼ばれるスキーリフトを使う「志津(リフト)口コース」です。標高1235mにある月山リフトの山麓駅までは車で行くことができ、志津口(リフト)コース標高差図
志津口(リフト)コース標高差図
そこから標高1505mのリフト上駅までスキーリフトに乗って移動します。リフトの終点からは、月山山頂までのおよそ3.7q、標高差479mを、2時間少々歩きながら登って行くことになります。その途中、「牛首」と呼ばれる峰を通り抜けます。月山全体は遠くから望むと牛が伏せているような形に見え、その場所がちょうど「牛の首」の辺りに当たることから、「牛首」という地名がついたといわれています。

雪により封鎖された6月の道路?

その月山の登頂にチャレンジする時が訪れました。1日掛かりで出羽三山を登るという計画の最終段に、月山が聳え立っていたのです。早朝4時半から羽黒山を登り、7時過ぎに下山した直後、すぐに湯殿山へ向かい、参拝を終えた時点では、既に時刻は11時を回っていました。そこから月山まで車で移動し、登山口から月山山頂まで登り、その日のうちに東京に戻るというのが元々の計画です。そのためには、山形庄内空港発の最終便に乗らなければならず、飛行機の出発する午後7時50分に間に合うよう、移動しなければなりません。すると遅くとも7時15分には空港に到着し、レンタカーを返却して7時半までにチェックインする必要があったのです。月山から庄内空港までは車でおよそ1時間。よって夕方6時までに下山を終えて、月山の麓から空港に向かう計画で臨みました。まだ7時間近くあるから大丈夫と思いきや、その安心感が瞬く間に崩れ去る事となったのです。

雪で通行止めになっている月山への道路
雪で通行止めになっている月山への道路
湯殿山を出発し、ナビを頼りに車を運転して月山へ向かう途中、びっくり仰天!何とナビに表記されている月山への道が、途中で雪のために閉鎖されているのです。6月初旬で雪道?ふと、不安が脳裏を横切ります。平日であったことから、すぐに山形県鶴岡市の役所に電話して月山への道のりを聞くも、なかなか答えをもらうことができずに、焦りがつのります。最終的に道路課の方と話をさせて頂き、とにかく月山スキー場への道へと迂回するのが一番確実であることを教えてもらいました。スキー上のリフトもまだ動いている、というのです。30分ほどの時間ロスはあったでしょうか、その後、月山のスキー場に到着した時、時計は既に12時半を回っていました。空港へ出発するカウントダウンまで、残り5時間少々です。

雪で塞がれた月山のスキー場に到達!
雪で塞がれた月山のスキー場に到達!
登山にはサプライズがつきものです。6月初旬の月山は、正にその象徴と言えるでしょう。想定外だったことに、まだ、月山はスキーシーズンの真っただ中でした。当日も多くのスキーヤーが平日だというのに、スノボやスキーをゲレンデにて楽しんでいたのです。思いもよらず、雪が積もっている月山の姿と多くのスキーヤーを目の当たりにし、準備不足の自分にあきれ返ってしまいました。自らの姿を振り返ると、短パンとシャツ1枚、ランニング用のベストという軽装です。しかも最悪なことに足首下までのトレッキングシューズしか履いておらず、小さいリュックにはウインドブレーカー1着しか入っていません。そんな夏山トレッキング姿の自分が、ひとり手ぶらで月山のスキー場に立っていたのです。

当日は眩しいほどの快晴。直射日光が白銀の世界を照らし、紫外線がとてもきつい状況であることは間違いありません。よって目の日焼けを防ぐために、スキーロッジの売店でサングラスを買おうとしたのですが、在庫がありません。果たしてサングラスもかけずに薄着の服装、トレッキングシューズのみでスキーリフトに乗り、カンカン照りの太陽の下、白銀の世界を月山頂上まで一人で歩いて行き、時間内に戻ってくることができるのでしょうか。

月山地図(全ルート)
月山地図(全ルート)

無謀な雪山登山を決断する!

もう2度と訪れることができないかもしれない月山。その山の雄姿を目の前にして、服装が夏物だとか、サングラスや手袋がないから、というような理由で、あっさりと登頂をあきらめられるものでしょうか。せっかくここまで来たのだから、とにかくリフトに乗り、終点付近の様子を自分の目で確かめてから決断しようと自分に言い聞かせ、片道のリフト券を買いました。月山のスキーリフトは上りのみの搭乗と決められており、下りは人が乗ることができないのです。「スキーを持ってない場合、歩いて雪山を下ることになりますよ。。。」と忠告を受けましたが、覚悟を決め、下山は最後まで歩くことにしました。

リフトに乗る人はみな、スキーかスノボを履いている中、自分一人だけが歩いてリフトに乗るというのは初めての体験です。そしていったんリフトに乗って白銀の世界の中に放り込まれ、リフトが山の尾根づたいを登り始めると、真っ白な雪山が反射する太陽光の紫外線はあまりに眩しく、目を害さないかと心配がつのります。無論、目は開けたままにはできないので、薄目で周囲を見る程度に目をつぶることに努めました。

スキーヤーと共に上ってきた月山リフト上駅
スキーヤーと共に上ってきた月山リフト上駅
やっとリフトの終点に到着するも、スキーなしでリフトから降り、雪の上を歩くことに不安を感じましたが、かろうじて小走りにスロープを歩いて下りることができました。そして周囲を見渡すと、青空の下、あたりは一面白銀の世界です。ところが月山の頂上らしき山の頂がどこにも見えないのです。そこで、リフトで働いているスタッフの方に声をかけ、「月山の頂上はどこですか?」と聞いてみると、彼はじーっ、と私の姿を見ながら、「その恰好で行くの?」「トレッキングポールは?」と首をかしげながら聞いてきました。もう後には引けないと思い、「慣れていますから大丈夫です。」と、とっさに答える自分がいました。しかしながら、頂上が見えない状況では、さすがにどちらに行ってよいかわかりません。するとスタッフの方が親切に、「頂上はあっちの峰を登り降りした裏側にあるよ」、と教えてくれたのです。そして釘をさすように、「下山は最後まで歩きですよ。。。大丈夫ですか?」と尋ねられました。ラスト便のカウントダウンまで後、5時間少々。時間は十分にあるはずなので、とにかくここまで来たからには挑戦するしかない、と決断する自分が白銀の世界にいました。無謀な雪山登山の幕開けであり、それが苦しい旅路になろうとは、考えも及びませんでした。

頂上目指して雪山をひたすら歩く

月山のリフト上駅に降り立ったのが、ちょうど午後1時。雪山をトレッキングシューズで登り始めました。スキー場の裏側斜面になるため人影もなく、一面は白銀の世界です。周辺の気温は18度程度と大変暖かく、雪がシャーベット状にざらざらしていることを、足を踏み出すたびに感じることができます。そして時折、雪の深みに足を取られて、斜面の雪が崩れてバランスを失い転んでしまうことがありました。結果、氷のような固い雪の中に素手を突っ込むことになり、これがまた、とても痛いのです。何とか転ばないように、足を強く踏みしめて歩くコツをすぐに習得するも、やはり時折、転んでしまいました。

自らの足跡だけが残る寂しい雪山
自らの足跡だけが残る寂しい雪山
しかしどこまで歩いても、なかなか月山山頂は見えてきません。そして振り返ると、自分が歩んできた足跡が、雪の中にずっと続いているのが遠くまで見えます。その向こうには素晴らし景色と青空が広がっているのですが、それを楽しむゆとりは、もはやありません。雪山の徒歩は思ったよりもペースが遅く、足の負担も大きく、だんだんと時間が気になってきました。その上、紫外線によって目が段々と痛くなってきました。無論、細目だけで見るようにして、目を大きく開けることはないのですが、それでも、眼球がやられてしまうのでしょう。目は痛い、手も氷に切られてひりひりするし、足にも疲労がたまってきます。これでは、まさに八甲田山の行進のようなものです。

1時間ほどノンストップで歩き続けたでしょうか。頂上に近づいてくると雪が溶けて草木だけの箇所が多くなり、そちらを歩いてみようとチャレンジするも、生い茂る草木の背丈が高く、それを掻き分けて歩くことはむしろもっと難しく感じられたことから、結局、雪の上を歩くことにしました。そして暫くすると、雪が溶けている箇所に石の階段が見えてきたのです。その階段を上っていくと、そこから更に長い石段が続き、その先にある頂上の神社が目に入りました。不思議と頂上周辺にはまったく雪は残っていません。そして月山神社までの最後の石段は、きれいに一直線に敷かれ、参道の様相を呈していたのです。

八紘一宇の石碑が建てられた月山神社奥宮
八紘一宇の石碑が建てられた月山神社奥宮

午後2時15分、「八紘一宇」の文字が大きく刻まれた石碑が建てられている月山神社本宮に辿り着きました。そこが、月山の山頂です。オフシーズンということで、人影もなく、自分一人が頂上に立ち、月山を独り占めしているという貴重な時間です。境内の中は小規模ですが、神を祀り、祈るために設けられた聖なる場として、重厚な雰囲気が漂います。そこで一人ながら感謝の祈りを神に捧げました。周辺の景色も素晴らしく、登頂の達成感を思う存分体験でき、まさに至福のひと時を過ごしました。ここまで頑張ってきたかいがあったと、ちょっとばかり自分が誇らしくも思えました。

月山山頂からの雄大な景色
月山山頂からの雄大な景色

しばらくすると、神社の本殿、裏側の方から霧が掛かってくるのが見えました。天気予報では、日中は晴れということでしたが、既に2時半近くでもあり、山の天候は変わりやすいものです。単独の登山でもあり、もし、霧に包まれて方向を見失ってしまえば遭難することも考えられるため、携帯電話のコンパスを見て、リフトとスキーロッジがある方角を確認し、万が一のために備えました。そして慌てて、下山を開始することにしたのです。案の定、雪山の下山は上りよりも転びやすく、気を付けて足を踏み出しても、雪が崩れて足を踏み外しがちになります。何度転んだことか。それでも我慢しながら、霧にまかれないように急いで雪山を歩き続け、急斜面では横に滑りながら下りていきました。

遂に戻ってきた月山リフト上駅
遂に戻ってきた月山リフト上駅
1時間ほど歩いたでしょうか、やっとリフト上駅に戻ってくることができました。リフト小屋には、上ってきた際にアドバイスをくれたスタッフがまだ仕事をしていたので、彼に手を振って無事、頂上から戻ってきたことを知らせました。時刻は3時20分、多少、時間のゆとりができて安心することができました。そしてこのリフト上駅から、スキーやスノボで滑っている人たちに抜かれながらも、ひたすら雪山を歩いて下りていくことになります。目と手は痛く、顔も日焼けでひりひりと痛み、足の膝もかなり疲労がたまっている中、ひたすら歩き、時には尻もちをつき、転びながらも頑張って月山スキーリフトの山麓駅めざして足を進めました。そして午後4時、無事、スタート地点に戻ってくることができたのです。

頑張った!お疲れさんでした!!
頑張った!お疲れさんでした!!
庄内空港へ向かう車の中で、安堵感を味わいながらも、ふと、1日を振り返ってみました。月山の登山はつらくて、痛くて、大変な雪山の強行軍でしたが、ちょっとだけ見方を変えれば、素晴らしい思い出とも言えそうです。あの美しい月山の景色に囲まれ、山頂の月山神社本宮の神聖な雰囲気に包まれた空間の中に、自分が一人だけ存在したという、その一瞬、一時は、かけがえのない大切な時間だったのです。天空に一番近い所で、大自然の中に自分の存在を感じながら、全開の解放感を体験できたことの素晴らしさは、言葉では言い尽くせません。苦労して出羽三山を1日で登りきったかいがありました!雪山の月山を登頂した思い出は、いつまでも心の片隅に刻まれていることでしょう。