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スメラミコトの意味を解明する

預言者イザヤおよび親族の一行は、同胞が渡来すべき島々を早急に特定し、その新天地においてできるだけ早い時期に都を造営し、神宝を守るという責務を担っていました。それ故イスラエルを脱出し、船で東方へと向かった一行には、イスラエル人の預言者や祭司、そして神殿に仕える役を担っていたレビ族だけでなく、王系一族の血統を継ぐ王子やその親族も含まれていました。ダビデ王朝を絶やさずに継承するということは、神からの教えであり、その王系の流れが途絶えないように新天地でも王権を樹立する必要があったのです。しかもエルサレム神殿から持ち出した神宝を守護するという使命上、安置するための聖なる場所を見出さなければなりませんでした。よって祈りの境地で東方を目指し、預言で語られた東の島々、そこに聳え立つ聖なる山を見出すまで、航海を続けたことでしょう。

その後、先行して船でアジア大陸の東側まで到達した部隊は、今日の台湾周辺から二手に分かれ、南西諸島を沖縄経由で黒潮の流れに乗りながら北上した主力部隊と、大陸沿岸を朝鮮半島経由で訪れた船舶部隊が存在したと考えられます。台湾の東側から北東方面に並ぶ南西諸島は、沖縄に渡る手前、行く手に浮かぶ島の姿がまったく見えなくなるため、よりリスクが高く感じられたはずです。しかし、潮の流れに乗ることができ、しかも北東方面、すなわち東に向かって進む海路でもあり、また、古来から伝承されてきた渡航情報を携えていた可能性もあることから、イザヤを中心とする先行部隊の指導者らは率先して、南西諸島経由で北上した可能性が高いと見られます。また、その南西諸島を経由する先行部隊とは別に、大陸の東側沿岸を朝鮮半島方面に北上し、そこから対馬、壱岐を経由して列島に渡来した船の部隊も存在しました。沿岸経由の船には、より安全な航路であることから、王族系の渡来者が乗船していたと考えられます。つまり、船で渡来してきた部隊は、南西諸島経由と、朝鮮半島経由の二手に分かれて、列島を訪れたのです。

また、大陸を徒歩で旅をした残りの大勢の民は、タガーマハランを経由し、そこから更に東方へと陸路を歩み続けました。しかしながら実際にアジア大陸を横断する旅の道のりは長く、年月をかけて東方へ移動していく過程において、イスラエルの民の中には徐々にアジア大陸の原住民と交わりながら遊牧騎馬民族と化していく者や、南方のインドや東南アジア方面にも向かった民もいたことでしょう。また、後のシルクロードとなる東方への陸路をひたすら東に向かい、今日の中国まで辿り着き、そこで同化する者や、更に東方へと旅を続け、中国の東北地方や朝鮮半島の北方において東夷として知られる者も大勢存在しました。そして最終的に、これらのイスラエル人の群れの中からも大陸の東沿岸まで辿り着き、そこから朝鮮半島などを経由して海を渡り、東の島々に渡来してきた民が大勢存在したのです。そして長い年月をかけて陸地を横断してきた大勢の民らは、約束の島々に先行して船で渡来した神々、すなわち、預言者、祭司、そして王族らと合流していくことになるのです。

初期の渡来者は聖職者、預言者やレビ人、そして国家の統治を委ねられた王系一族によって構成され、船で東の島々に到来し、神の命によって約束の島々を見出して、それを聖別するという任務を背負っていました。彼らこそ国家のリーダー的存在であり、国生みの物語の話には、神々として登場することとなったと考えられます。特に預言者らは天の神からの言葉を聞き、その預言を民衆に告げて執行する権限が授けられていた聖職者であったからこそ、正に神々と呼ばれるに相応しい存在でした。また、国家の統治者も日本ではごく自然に「神」と呼ばれることは、その後の歴史が証していることでもあります。よって、これら国家のリーダーが神々と記述されることについては何ら、不思議はありません。そしていつしか、イザヤに主導された船団によって、東の島々、日本列島が探し出されたのです。その島探しの歴史が、伊弉諾と伊弉冉による国生み神話の物語として、古事記や日本書紀には象徴的に描かれています。