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暦の類似点から祇園祭のルーツに迫る !

シオン祭を初めとするさまざまなイスラエルの宗教文化に、はたして祇園祭のルーツがあるのでしょうか。まず、暦の類似点に注目してみました。祇園祭は例年7月に開催されますが、ほかの祭りとは異なり、開催される期間が1ヶ月と大変長く、山鉾巡行がピークを迎える7月17日が祭りのハイライトとなります。イスラエルでは、この日がノアの箱舟が山の頂上に漂流し神の救いを確認した祝日となっており、その前後に合計で3週間という期間をかけて新年祭という宗教行事が毎年執り行われていました。この新年祭の原点にある「シオン祭」は、神の天地創造を祝福すると同時に、ノアの箱舟による神の救いや、イスラエルの王の即位、そしてエルサレムに契約の箱が運ばれたことを記念する、国家をあげての大きな祭りなのです。シオンとはイスラエルの首都、エルサレムの近隣に位置した山で、預言書によればメシアが再臨する際に降り立つ場所と考えられた聖地でした。それ故、壮大な祭りを催すには最もふさわしい場所であったといえます。しかし前6−8世紀、イスラエルが南北の国家を失った際、シオン祭は首都エルサレムの崩壊と時を同じくして消滅し、その後、収穫祭や仮庵祭など、旧約聖書に記載されている各種祭りにその名残を残すに留まりました。しかし、もし同時期にイスラエルから脱出し、東の島々に向かった民がいたとするならば、シオン祭の遠い延長線に東の島々が存在し、そこで祇園祭がはじまったと考えられないでしょうか。

イスラエルの新年祭と祇園祭の暦には多くの類似点があります。イスラエルでは7月1日よりロシュ・ハシャナと呼ばれる新年礼拝がありますが、同じ日に祇園祭は吉符入と呼ばれる祈願式から始まります。イスラエルではそれから7月10日のヨム・キプールと呼ばれる贖罪日まで断食を行いながら神の御前で悔い改めをする神聖な日となりますが、祇園祭では同じ時期に清祓いとばれる祈願式をもって、山鉾ごとのお祓いと清めが行われます。

また中旬の15日から7日間、イスラエルでは旧約聖書のネヘミア書に基づいてテントで寝泊りをし、エジプトにおける奴隷からの脱出を祝福する仮庵祭が催され、仮庵祭の終盤では会堂の祭壇に水を注ぐ清めの儀式と、律法の集会であるホザナ・ラバと呼ばれる祝福の儀式が行われます。この儀式では、神の救いに預かったことを祝して祈りつつ、草木を振りかざしながら祭壇の周りを7回巡り歩き、神に感謝を捧げます。同様に祇園祭では山鉾を造り、7月17日より始まる神幸祭では、神輿が八坂神社から巡行して四条御旅所にて7日間留まります。また御輿を神事用水で清める「御輿洗」と呼ばれる儀式が執り行われ、神主が祈りを捧げた後、祭壇に玉串を捧げ、周囲の人々がお神輿の周りを3回巡り歩き、山鉾に草木が添えられるのです。

牛頭天王と蘇民将来の説話に基づく祇園信仰がイスラエルの過越の祭と類似していることは前述したとおりです。さらに祇園祭の山鉾とその装飾方法がイスラエルの仮庵に酷似していること、またどちらも収穫物を神に捧げることから、祇園祭には仮庵祭と収穫祭としての側面もあるようです。イスラエルのシオン祭は元来複数の祭りを集合した総合祭として催されていました。だからこそ、シオン祭が日本の地において継承され土着化する過程において、これら複数のイスラエルの祭りの要素が吸収されていきながら、今日の祇園祭に至ったのではないでしょうか。つまり、祇園祭は今でこそ日本の文化として根付いていますが、イスラエルの宗教文化が息づく民族祭なのです。