囃子詞の成り立ち
民謡の作詞・作曲には、歌い手が声高らかに喜び唄う囃子詞の活用が不可欠です。これらの囃子詞はどのように伝承されてきたのでしょうか。一般的には、囃子詞を伝える役目を担った語り部のような人々が存在したと考えられています。その一例として山形県民謡の「最上川舟唄」を取り上げてみましょう。どのように囃子詞が歌詞の一部として受け入れられ、この民謡が完成していったのか、その成り立ちを振り返ってみます。
山形県民謡「最上川舟唄」の歴史
山形県の中心を流れる最上川は日本三大急流のひとつです。船乗りにとって、この流れの激しい川を安全に下るには、漕ぎ手と舵取りとの緊密な連携が常に求められてきたのです。そのため、互いに掛け声を掛け合うことが不可欠でした。やがて、これらの掛け声は舟唄の囃子となり、民謡の中にも囃子詞として取り入れられるようになりました。そして、力強い抑揚にのせて唄う囃子詞は人々の心を捉え、各地へと広まりながら伝承されていきました。そのようなルーツをもつ囃子詞は、「最上川舟唄」においても重要な役割を果たしているのです。
1932年頃、NHKが「東北民謡の旅」を出版するにあたり、最上川周辺で古くから唄われてきた民謡が紹介されることになりました。そこでNHKから依頼を受けた歴史家の渡辺国俊氏は、当時酒田市で船頭をしていた老婆から「酒田追分」を教わり、その唄に最上川周辺で耳にした掛け声を巧みに組み合わせて、「最上川舟唄」の原型を書き上げました。
ところが、この自信作と思われた民謡に対し、当時東北民謡の権威とも言われた後藤桃水先生から、「最上川の情緒を唄うにしては心遣いに欠けている」との指摘があり、作曲を見直すことになったのです。そこで今度は、民謡家の後藤岩太郎氏の協力を得て最上川周辺を再度探索し、舟唄の掛け声を熟知する船頭の後藤作太郎氏と出会うことができました。その結果、歴史家、民謡家、そして船頭3者の協力によって、既存の掛け声を巧みに取りまとめるだけでなく、そこに「ボルガの舟唄」というロシア民謡の音楽的要素も取り入れながら、今日知られる「最上川舟唄」が完成したのです。
「最上川舟唄」の囃子詞とは
「最上川舟唄」では「ヨーイサノ」、「マガーショー」、「エンヤーコラ」、「マーガセー」という4つのフレーズからなる囃子詞が繰り返されます。これらは、東北地方の最上川界隈では古くから掛け声として用いられてきましした。こうした掛け声が囃子詞として導入された訳ですが、その意味については、明確に理解されないまま選定されたと推測されます。これらの囃子詞は、他の地方で唄われている多くの囃子詞と同様に、ヘブライ語で理解することが可能です。
まず「ヨーイサノ」の「ヨー」は、ヘブライ語で神を意味する יה (yah,ヤ)を指していると考えられます。「ヨ」と「ヤ」はほぼ同様の発音であり、囃子詞においても互換性があります。「イサ」は、救い主キリストを意味する言葉です。古くから現代に至るまで、イエスキリストは世界各地でキリスト教圏に限らず特にイスラム圏においても「イサ」と呼ばれています。ヘブライ語ではישו(yeshu、イェシュ) と書きますが、その子音の2文字、「y」と「s」をとって「イサ」とも読まれるようになったのです。続く「ノ」は、熱い願いや祈りの気持ちを言い表すנה(na、ナ) と想定されます。すると「ヨーイサノ」は、「神キリストよ!」という祝福を祈り求める詞になっていたことがわかります。
次の「マガーショー」は、「大切なもの」、「幸運」、「素晴らしいこと」を意味するמגד(meged、メゲッ) が語源になっていると考えられます。その語尾に「平和に」、「安堵する」を意味するשאן(shan、シャアン) を合わせると「メゲッシャア」となり、それが多少訛って「マガーショ」となったのではないでしょうか。その意味は「素晴らしい平安」です。
「エンヤーコラ」は、「エンヤ」と「コラ」に分けて解釈します。「エンヤ」は「私」を意味するאני(ani、アニ)と「神」のיה(yah、ヤ) が合わさって「アニヤ」となり、それが多少訛って「エンヤ」になったと推測されます。一方「コラ」は、声を意味するקול(kol、コル、コー) で、「アニヤ」の語尾に加えると「アニヤコー」となり、発音は「エンヤコラ」に似ています。その言葉の意味は「私と神の声」です。また、「コラ」をヘブライ語で「すべて」を意味するכל(kol、コル)と想定することにより、「エンヤーコラ」を「私と神のすべて」と解釈することができます。神の声、神のすべて、いずれにしても、神中心のメッセージが語られていたようです。
そして「マーガセー」は、「マガーショー」と同様に、「栄光」の意味を持つ「メゲッ」מגד (meged、メゲッ) に、ヘブライ語で「喜ぶ」ことを意味するשש (sas、サッ) שוש(sus、スッス) を組み合わせた「メゲッサ」となります。それが多少訛り、「マガッセ」「マーガセー」になったと想定されます。その意味は「栄光を喜べ!」であり、前後の囃子詞の趣旨と見事に繋がります。
「ヤーエー・エード」の意味を解説
さらに「最上川舟唄」では「エーエンヤーエー、ヤーエー、エーエンヤーエー、 エード」と、イスラエルの神聖なる神の名前、「ヤーエー」が繰り返し連呼されます。その意味は「私と神、我が神、永久の神」です。
冒頭の「エー」はエンヤーを強調するために繰り返されていると考えられます。その後に、「神よ」、「神よ」と「ヤ―エー」が続きます。そして締めくくりの「エード」עד(ed、エード) は「永遠」、または「証人」を意味します。すると「ヤ―エーエード」の意味は、「永久の神」または「神の証」と理解することができます。これほどまでに神聖なる「神」の名を繰り返し唄う民謡は、世界でも例がないのではないでしょうか。
囃子詞に込められた祈りの思い
「最上川舟唄」の囃子詞には、人と神の関係を大切にする祈りの思いが込められているようです。4つのフレーズからなる囃子詞は続けて読むと、「神、キリストよ、素晴らしい平安、私の神の声、栄光を喜べ!」と、理解することができます。そして「ヤ―エーエード」と続けて唄うことにより、人々は知らず知らずのうちに、「神よ、永久の神よ」と呼びかけていたのです。
「最上川舟唄」は舟唄でありながら、その囃子詞には、平安と喜び溢れる信仰の思いが込められていたのです。そして「私と神」との親密な関係や「永久の神」という概念が「我が神の証」として誰もが何ら違和感なく楽しく、そして力強く唄えるように工夫されていたのです。こうして、ヘブライ語に由来する囃子詞は、人々の知らないうちに長い年月を経て受け継がれ、人々の心の中に生き続けてきたのです。
最上川舟唄
ヨーイサノマガショ エンヤコラマカセ(マガセ)
エーエンヤーエーエエンヤーエーエエ
エーエエンヤーエード
ヨーイサノマガショ エンヤコラマカセ酒田さ行ぐさげ 達者(まめ)でろちゃ
ヨイトコラサノセー
流行風邪(はやりかぜ)など ひかねよに股(まっかん)大根(だいご)の塩汁煮(しょっしるに)
塩(しんよ)しょっぱくて 喰らわんねっちゃ碁点(ごでん) 隼(はやぶさ)ヤレ
三ケの瀬(みがのせ)も ヨイトコラサノセー
達者(まめ)で下ったと 頼むぞえあの女(へな)が居ねげりゃ
小鵜飼乗り(こうがいぬり)も すねがったちゃ山背風(やませかぜ)だよ 諦めしゃんせ
ヨイトコラサノセー
俺を恨むな 風恨めあの女(へな)ためだ
なんぼとっても 足(た)らんこたんだ

私は、日本民謡とイアリアオペラを勉強している、72歳の男性です。「最上川舟歌」が好きで、歌詞に歌われている内容は、具体的に何を指しているのだろうと、ネット検索していたところ、中島先生のこの記事に出会いました。非常に驚き、興奮しています。他のどんな日本民謡の歌詞に、ヘブライ語が読み取れるかを教えて頂ければ幸甚です。◇また、最近、当方区大学名誉教授の田名英道先生が、千葉に多く出土する埴輪の中に、ユダヤ人と容器に他埴輪が主度している点を指摘していますが、中島先生は、所謂「日猶同祖論」の立場と同じでしょうか。以上につきコメントを頂ければ有難いです。
先生のお考えを表した書籍、論文等あればお教えください。◇東北大学、名誉教授の田中英道先生が、千葉県に多く出土する埴輪には、ユダヤ人の顔形とよく似たもの(ミズラなど)が出土していると説いていますが、田中先生と同じお考えでしょうか。
日本民謡で歌われる囃子ことばの多くは、ヘブライ語で意味を解明できることから、このサイトにおいて、順番に解説しています。目次は以下のリンクです。http://www.historyjp.com/article/category/l8/
「日猶同祖論」といっても、さまざまな考え方があるようです。大事なことは、言語や文献の内容から察することのできる類似点、宗教文化や遺跡から確認できる多くの共通点などから、古代、イスラエルの民が日本列島を訪れた可能性は極めて高い、と推測することではないでしょうか。
なお、千葉県にある多くの古墳は藤原家の流れを汲むものと考えられています。このサイトでも解説しているように、藤原不比等の不比等という名前はヘブライ語で逆読みすると「あなたは神」という意味になることから、藤原一族がイスラエルの出自であることがわかります。よって、藤原家が関わった多くの古墳、そしてそこに埋められた埴輪などの遺物の中には、ユダヤ系と思われるものがあっても不思議ではありません。