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  3. 剣山への空海の想い

剣山を囲む四国八十八ヶ所の意味

四国を一周しながら空海が自らの足で歩き周り、訪ねた道のりをたどりながら88か所の寺院を回る1200qにも達する遍路は、「四国八十八ヶ所」と呼ばれ、あまりに有名です。その遍路の中心に聳え立つのが剣山ですが、遍路からはその頂上を見ることがほとんどできません。第一番の札所である霊山寺は四国の北東に位置する鳴門の近郊にあります。そこからおよそ平坦な道を第十番の切幡寺まで歩き続け、その高台にある奥の院まで階段を登りつめて、その高台からは遠く南方向に、剣山の頂上が山々のかなたにほんのわずか、突き出して見えるだけです。そして次の第十一番藤井寺から剣山の方角にある第十二番札所の焼山寺への山道は大変険しく、健脚をもっても丸1日かけてやっとたどり着けるかというほど、途中には急斜面が続きます。冬場なら一旦道に迷えば凍死も覚悟しなければならない険しい道だけに、遍路を歩く人が、いつ死んでもよいという心構えの表れとして白い衣を着るようになったその理由も、わかるような気がします。

ところがせっかく剣山の方向に長時間かけて遍路を歩んできても、いつしか険しい峡谷の壁に立ちふさがれて南下できなくなり、すぐそばにあるはずの剣山を見ることさえできなくなるのです。大自然の壁に阻まれ、人間の力では神の聖地にはたどり着くことはできないものか、と剣山への道を断念するところに佇むのが第十二番の焼山寺です。そしてこのお寺を最後に遍路の旅路は剣山を背にして東方向へと向かい、第十三番札所以降から四国の海岸線まで到達し、そこから島の周辺を一周して、最終的に88ヵ所の神社を回るのです。ここに空海の「神隠し」の想い、すなわち八十八という「八」が重なる数字が意味する「八重」、ヘブライ語では「ヤーウェーの神」にちなんだ言葉に、「隠す」を意味する「さくら」をまみえて「八重桜」という言葉を創作した想いを感じないではいられません。神が見えてくるようで見えず、たやすく歩み寄ることもできず、聖地とは人が近寄り難い不思議な場所であるがゆえ、遍路とはそれを象徴するかのごとく、聖地の周りをとことん歩き周り続けてもなかなか到達できないように仕組まれていたのではないでしょうか。そしてその聖地こそ、空海が愛してやまなかった剣山だったのです。