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祇園祭りはイスラエル謝恩祭か!

夏祭りと言えば、多くの方が全国各地で7月に開催される祇園祭を思い起こすのではないでしょうか?千葉県成田山新勝寺においても毎年7月になると祇園祭が催され、大勢の参拝客を集めています。祭のハイライトといえば「山車(ダシ)」が上げられます。町ごとにプライドをもって手がけられた「山車」を町内の仲間と一緒に綱をとりながら、大声をあげて引き回すだけでなく、成田山の境内においては「山車」の競い合いが行われます。これを見ずして成田の祇園祭を語れません。そして「山車」を引っ張る際に、メガホンを持ったリーダーが大声で「オイサ」、「エィサ」、「イッサ」と叫び、それに連れて周囲の仲間が同じ言葉を連呼する姿は、先祖代々より伝承されてきた不思議な力なくしては、できないことでしょう。この「エィサ」という掛け声の意味は、外来語として解釈することができます。「エィサ」は、ヘブライ語で「救い主」を意味する「イサ」とほぼ同じ発音です。非日常的な祭りのエクスタシーの中で、救いの神「イサ」の名を歓喜に包まれながら力を込めて連呼しているうちに、少しずつ訛って「エィサ」、「イッサ」となったと思われます。「エィサ」の掛け声を、ヘブライ語の「救い主」、「イサ」と理解することにより、先祖代々より守られている祇園祭や多くの祭りにおいて、神が知らぬ間に讃えられてきたことがわかります。

次に祇園祭が開催される月日に注目してみましょう。全国各地で行われる夏祭りの中でも、日本三大祭の一つに挙げられる京都の祇園祭は天王祭とも呼ばれ、この祭りの総本山である京都八坂神社をはじめとする多くの神社では、例年7月17日に山車が街中にて引き回し、祭は最高潮に達します。では何故、全国各地で7月17日という日に祇園祭の山車が引き回され、民衆が熱狂につつまれてお祭りをするようになったのでしょうか?その答えはどうも聖書に書かれているノアの洪水の話に秘められているようです。旧約聖書の創世記には大昔、人類は洪水によって滅亡の危機を迎えたことがあり、神の哀れみによってノアとその親族だけが箱舟に乗って難を免れたことが書かれています。そしてこの洪水が起こった後にノアを乗せた箱舟が陸地にたどり着いた日が、何と7月17日だったのです。聖書の創世記、8章3-4節にはこう書かれています。

それで水はしだいに地の上から引いて、150日の後には水が減り、箱舟は7月17日にアララテの山にとどまった。

すなわち7月17日とは、人類の救いの日であり、山の頂上から始まる新しい歴史の最初の日だったのです。またノアはそこで祭壇を築き、動物を生贄として捧げ、神を祭ったことが書かれています(創世記8章20節)。そこでノアの子孫であるユダヤ人は毎年7月17日、先祖の救いを記念して謝恩祭を開き、皆で祝うようになりました。よって、そのお祝いすべき日に、日本でも祭りが開催されるようになったと考えられるのです。

さらに注目すべきは、ノアの箱舟がランディングしたと言われるアララテ山です。人類の歴史が再度始まったランドマークとも言えるアララテ山は、現在のアルメニヤ近郊にあるタガーマ州のハランにあります。その地名からして、周辺の地域は「タガーマハラン」と呼ぶことができることから、古事記や日本書紀に記載されている高天原との関連性が浮かびあがってきます。タガーマハランはイスラエルの東方にあり、しかもハランはイスラエルの祖先、アブラハムの故郷の地でもあることから、イスラエルの民が東に向かって大陸を横断する際には、まず、親族の多いハランの地を目指し、そこに短期間滞在したと考えるのが自然でしょう。すなわち、前7〜8世紀、イスラエルの国家が崩壊した直後に国家を脱出した民は、まずイスラエルの東方にある「タガーマハラン」、高天原に結集したのではないでしょうか。そして、その故郷の地から東の島々に向けて、大勢の民は大陸を横断しはじめたのです。高天原こそ、神の民であるイスラエル民族が、東の島々に向けて天下りはじめる原点となる麗しき高原であり、王族や預言者を含む多くの神に仕える民がイスラエルから集まった一大拠点だったのです。7月17日はノアの箱船がタガーマハラに到達し、人類が救済された極めて重要な祝いの日です。それ故、高天原を故郷とする民は、日本に到来した後も、その日を祝い続けてきたのではないでしょうか。