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祇園祭りのルーツは大洪水にあり!?

祇園祭の背景には、旧約聖書に記載されている大洪水があると聞いても、誰もピンとこないことでしょう。確かに祇園祭の儀式や神輿、山車などに代表されるさまざまな祭典は、一見洪水のイメージとは何ら関係ないように思われます。しかし祇園祭に代表される全国の夏祭りと洪水の共通点は、祇園祭が開催される日と、箱舟が山の頂にランディングした日が同じ7月17日であるという暦の一致だけにとどまりません。

まず全国の祇園祭は、海にまつわる行事と絡んでいることが多いことに注目してみました。祇園祭の祭神は牛頭天王、素戔嗚尊(スサノオ)です。スサノオは海の統治を任された海神の祖であり、水を支配する八岐の大蛇を退治したことから水を司る神でもあります。それ故、各地の祇園祭では牛頭天王だけでなく、海上を漂いながら導く象徴として水神を祭っている所が多く、祇園祭の背景には人と海との和というテーマが秘められていることがわかります。また、神輿を川や海まで引き込む神輿水中渡御の祭りや、山車の代わりに船を出す御船祭も各地で行われており、これらは洪水から逃れたことを祝うだけに留まらず、後世において契約の箱が海を渡り、日本の島々に到来したことを記念した行事とも考えられます。

また神輿や山車の彫刻や飾りには波や鳥のデザインが多数見かけられますが、それはノアが箱舟から鳩を放った際、オリーブの若葉を咥えて舞い戻ってきたときに水が引いたことを知ったという旧約聖書の記述と関係しているようです。神輿の上に置かれた金色の鳥が、その翼を広げ、くちばしが小枝を咥えていることは、もはや偶然ではないでしょう。さらに伊勢神宮では御神宝が御船代(みふなしろ)と呼ばれる船の形の容器に収容され、明治神宮の建物にも屋根の部分に波唐草という波の模様が描かれています。これらは、どれも洪水にルーツがあることをほのめかしているのではないでしょうか。

ノアの箱舟とは、神の命令に従ったノアが箱舟を建造し、一族とともに大洪水を脱出して西アジアの山上にある高天原まで漂流し、そこから人類の新時代が幕開けするというものです。この物語の原点には神の命令に従い、舟による脱出を図ったノアの信仰心があります。このモチーフは、もしかして古代イスラエル国家が崩壊し、そこから脱出して東の島々にたどり着き、その新天地において新しい神の国を樹立するという流れに極めて類似しているのではないでしょうか。紀元前8世紀、北イスラエル国家が滅亡し、いずれ南ユダ王国も崩壊するであろうことが預言者イザヤによって語られたとき、その予言を信じた多くの信仰深い民は、イザヤの指導に従ってアジア大陸の先にある東の国の島々を捜し求めて国家を脱出したのです。そして船により、海岸沿いを東方に航海する先発隊と、アジア大陸の陸地を徒歩で横断する大勢の民とに分れ、ひたすら東方に向かって旅を続け、最終的に約束の島々である日本列島にたどり着き、そこに新しい国家を設立することになったのです。その際、イスラエル国家の多くの神宝も、契約の箱と呼ばれる聖櫃とともに祭司やレビ人らの一行によって海を渡り、日本列島まで到達したと考えられます。そして日本の島々に到達した後、聖櫃は2本の棒で担がれながら船から一旦浅瀬に降ろされ、そこから陸地へと向かったはずです。その不思議な光景は人々の目が釘付けにし、いつしか聖櫃を担ぐ姿が神輿の祭りにとって代わり、神を祀る際の中心的な行事として全国的に普及したと考えられるのです。

祇園祭のルーツに洪水が絡んでいることは、これらの事柄から明らかです。山に降り立った7月17日、ノアは山上にて神を礼拝したことから、イスラエルではその日にシオン祭を祝うようになりました。そして日を同じくして、日本では祇園祭りが広まったのです。ヘブライ語の「シオン」という言葉は「ズィオン」と発音されることから、それが日本語では祇園祭と呼ばれるようになったゆえんです。