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2022/07/25

神輿の起源と祇園祭の関係 海に結び付く神輿の真相と「ぎおん」の語源

海と船に関連する神輿の真相

祇園祭の発端となる祇園御霊会では、古くから祇園社の神輿渡御が祭の主役でした。その見どころは、中御座、東御座、西御座の三つ神輿が八坂神社にて同時に高く担ぎ上げられるという、豪快な「三社揃い踏み」です。この神輿渡御こそ、祇園祭の真骨頂と言えます。現在では山鉾巡行の注目度が高いことから、必ずと言って良いほど例年全国ネットのニュースでも紹介され、祇園祭の代名詞にもなっていますが、従来は神輿渡御がメインイベントだったのです。

<祇園祭 船鉾に施された波のデザイン
祇園祭 船鉾に施された波のデザイン
これら祇園祭にて担がれる神輿のルーツには、何かしら海との関わり合いが見え隠れしているようです。それは神輿や山車の彫刻、装飾などに、波や鳥のデザインが多数見かけられることからも推測できます。たとえば伊勢神宮では御神宝が御船代(みふなしろ)と呼ばれる船の形の容器に収容され、明治神宮の建物にも屋根の部分に波唐草という波の模様が描かれています。これらは神宝や皇族のルーツが海と関わっていることをほのめかしています。同様に波や鳥のデザインが多い祇園祭の神具から、祇園祭の神事や御祭神、神輿の起源までもが海に結び付いていることが想定されます。

剣山 山開き祭り
剣山 山開き祭り
また、祇園祭に限らず、多くの祭において担がれる神輿の上には、金色の鳥が置かれていることが少なくないことも注視する必要があります。例えば祇園祭の神輿渡御では、スサノオを祀る中御座神輿の屋根の上に、伝説の霊鳥なる大鳥として金色の鳳凰が翼をひろげた姿で置かれています。2本の木の棒によって担がれた煌びやかな聖なる神具の上に、金の鳥がその翼を広げている姿は独特な雰囲気を醸し出しています。実は、この金の鳥に酷似するデザインを有する神具が世界に存在します。それがイスラエルの「契約の箱」です。

八坂神社 神輿
八坂神社 神輿

聖櫃とも呼ばれるイスラエルの「契約の箱」の上には、羽を広げて箱を覆う2羽のケルビムと呼ばれる金の鳥が置かれていました。神輿の上に置かれた鳳凰は、まさにその鳥の姿に酷似しているだけでなく、神輿全体のデザインが2本の棒によって担がれる「契約の箱」とほぼ、同一の形です。また、鳳凰なる金の鳥のくちばしが、小枝を咥えている神輿も全国に散見されます。それは洪水がおきた後、ノアが箱舟にとどまっていた時、箱舟から放たれた鳥がオリーブの葉を咥えて舞い戻ってきたことから、水が引いて地面が乾いたことを知るという旧約聖書のストーリーに準じてデザインされているとも考えられます。

日本の神輿と「契約の箱」には類似点が多いことから、もしかするとこのイスラエルの「契約の箱」が、神輿の原型になったのかもしれません。それは古代、西アジアを出発してアジア大陸の南岸を船で東方に向かった民が、海を渡り、イスラエルの神宝なる「契約の箱」を携えて日本まで渡来したことを意味しているのではないでしょうか。それが神輿の祭へと発展し、日本の宗教文化を象徴する一大イベントになり、祇園祭りにも大きな影響を与えることになります。祇園祭の背景にも、「人と海との和」が息づいていたのです。

神輿水中渡御の起源は「契約の箱」?

日本の祭を象徴するのが神輿の神事です。全国各地で執り行われる祭の中には、神輿を担ぎながら、そのまま海に入る神輿水中渡御の祭もあり、神輿の担い手が海に浸かりながら海中を練り歩きます。なぜ、大切な神具を象徴する神輿を海の中に浸すのでしょうか。一見、無謀に見える神輿渡御の有様ですが、そのような海中で行われる神事が伝統ある祭のピークとなり、長年にわたり神輿水中渡御が各地で執り行われてきたのは、神輿の移動ルーツに海の存在が関わっていたからと推測されます。

もし、古代イスラエルからの渡来者が、「契約の箱」を携えて船で海を渡り、日本列島に到達したとするならば、下船する際に「契約の箱」を担いで行く必要がありました。船を着岸させる港がなかった古代では、船から降ろされた「契約の箱」は海に浸かり、海中から担がれて上陸することになったはずです。その際、「契約の箱」は神の命により、箱の下に付けられている4つの輪に2本の木の棒を通して移動することが決められていました。よって「契約の箱」は一旦担がれてから海中に浸り、陸まで運ばれてきたと想定されます。

その不思議な光景は、人々の目を釘付けにしたに違いありません。その「契約の箱」を担ぐ姿が、いつしか神輿の祭りにとって代わり、神を祀る際の中心的な行事として全国的に普及したのでしょう。その衝撃的なイベントを代々にわたり伝え、祝うために、時には海中でも神輿を担いでお祭りをするようになったと考えれば、宗教行事の発端と歴史の流れが見えてきます。

前述したとおり、神輿のデザインは「契約の箱」に酷似しているだけでなく、担がれた箱の上に金の鳥、鳳凰が置かれていることも同じです。それは、イスラエル国家が崩壊の危機に面していた際、「契約の箱」が密かに国外に持ち出され、船に載せられて海を渡り、日本の島々に持ち運ばれた可能性があることを意味します。そして日本に持ち運ばれたイスラエルの神宝、「契約の箱」が船から降ろされ、海中から上がり、列島に上陸したシーンが、海中神輿とも言われる神輿水中渡御のルーツとなり、祭人が海中で歓声をあげながら神輿を担ぐ祭事が発展したと推測されます。

神輿水中渡御の祭の光景は、あながち意味のない祭の創作ではないようです。祇園祭の背景には、船によって新天地なる日本へと向かった船団の存在があり、そこには大切な神宝、「契約の箱」があったからこそ、それが海中で神輿を担ぐという、神輿水中渡御の儀式へと繋がったのでしょう。

中島尚彦

中島 尚彦

南カリフォルニア大学、ペンシルベニア大学ウォートン校、フラー神学大学院卒。音楽系ネット通販会社サウンドハウスの創業者。古代史と日本古来の歌、日ユ同祖論の研究に取り組むとともに、全国の霊峰を登山し、古代遺跡や磐座の調査に本腰を入れている。

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