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2024/07/18

祇園祭のゆかりと山鉾巡行 疫病対策の主役は祭神スサノオと、お稚児さん

疫病対策から始まる祇園祭

八坂神社 舞殿
八坂神社 舞殿
日本三大祭のひとつ、京都の夏の風物詩である祇園祭には、毎年大勢の観光客が訪れて賑わいをみせています。祇園祭は千年以上の歴史を誇る八坂神社の祭礼です。7月1日の「吉符入り」から始まる神事は1か月続き、7月31日の「疫神社夏越祓」が終わるまで、連日、さまざまな儀式や行事が行われます。中でも例年7月17日に行われる山鉾巡行や、直前の14日~16日に開催される前祭(さきまつり)と宵山は、世界的にも有名な宗教イベントとして知られています。

祇園大明神
祇園大明神
祇園祭のはじまりは、平安時代に開催された祇園御霊会(ごりょうえ)の神事にルーツがあります。疫病や怨霊に悩まされていた平安時代の869年、再び京に疫病が大流行し、祇園牛頭天王の祟りではないかという噂が瞬くまに世間に広まりました。古代から疫病の蔓延は大変恐れられ、その退散を願う疫病の厄払いは国家の急務でした。そこで朝廷に仕える宗教学者らは、怨霊を鎮めて国難を逃れるために、京の庭園に66本もの鉾を立てて、八坂神社から送りだされた神輿による神のご加護を待ち望んだのです。疫病の流行を機に、京の地にて神の力の象徴となる神輿が活躍する歴史が幕を開けることになります。

八坂神社の神輿は、大勢の担ぎ手たちによって町中を練り歩きながら運ばれました。そして疫病退散への願いを込めて、祇園精舎の守護神である牛頭天王を祀ることが望まれ、神々に祈りが捧げられる最中、牛頭天王は疫病を司る神として、京都の祇園社、後の八坂神社の地に祀られたのです。こうして牛頭天王を祭神とする篤い信仰と、神輿の働きに伴う疫病対策の祈りの輪が、祇園祭の原点となったのです。

祇園祭の祭神は牛頭天王、スサノオ

神輿渡御にてスサノオを祀る中御座の神輿
神輿渡御にてスサノオを祀る中御座の神輿
当初、祇園祭が始まった際の目的は、怨霊と疫病の退散でした。その戦いを導く神が、八坂神社において、牛頭天王として祀られている素戔嗚尊(すさのをのみこと)です。牛頭天王は、蘇民将来説話に疫神として登場する武塔天神としても知られています。そして説話の中では、武塔天神が自らをスサノオと称していることから、いつしか牛頭天王と武塔天神は同一視されるだけでなく、そこにスサノオも併せて崇められるようになったのです。それ故、八坂神社では主祭神である素戔嗚尊を牛頭天王として祀り、祇園信仰の基としています。

こうして祇園祭はスサノオなる牛頭天王を祀りながら発展し続け、神輿渡御、山鉾巡行や花笠、田楽などに代表される一連の儀式を執り行いながら、大勢の民衆が神々に祈りを捧げるために集うようになりました。そして例年7月には町をあげて、祇園祭を祝うようになったのです。

御輿の道を露払いする山鉾巡行

祇園祭 山鉾巡行
祇園祭 山鉾巡行
祇園祭における一連の行事の中で、疫病対策に通じる大事な儀式のひとつが山鉾巡行です。祇園祭のメインイベントとして知られている山鉾巡行ですが、本来の目的は山車のパフォーマンスではなく、疫病退散のための道を整え、祈願することが主旨でした。例えば、山鉾に搭乗するお稚児さんは神の使いとみなされ、町中をゆっくりと進みながら疫病退散のために祈願を続ける役割を担うことになりました。よって、巡行の儀式そのものが、疫病対策の象徴となるのです。

大胆なパフォーマンスを披露することで有名になった山鉾巡行ですが、あくまで本来の目的は疫病対策でした。よって、山鉾巡行の意義とは、具体的には神輿渡御に先立って神輿が進む道を「露払い」をすることに定められました。山鉾巡行には神幸祭に先立つ前祭と、還幸祭の後祭があり、いずれにおいても神輿に先行して、道を清める役割を担っています。疫病と怨霊の退散には余念のなかった平安時代だけに、ありとあらゆる行事をもって、対策が練られたのでした。

山鉾巡行の主役、お稚児(ちご)さん

祇園祭 長刀鉾
祇園祭 長刀鉾
山鉾巡行の行列は、長刀鉾が先頭となって進みます。その鉾には、お稚児さんと呼ばれる、実際の子どもが乗っていることに例年、注目が集まります。かつて船鉾以外は、すべての鉾に、お稚児さんが乗ることになっていました。しかしながら、それだけの数の子どもを集めることが難しくなり、昭和の時代からは全34基の山車のうち、先頭を行く長刀鉾一基のみに、お稚児さんが乗るようになりました。そして残りの鉾には、人の代わりに人形を飾ることになったのです。

お稚児さんは京都市内に在住する10歳前後の男子より選ばれることになっています。以前は長刀鉾町内からお稚児さんが選ばれましたが、少子化の影響もあり、京都の地元全体からお稚児さんの役を果たす子が求められるようになりました。そして、お稚児さんとして選ばれた子は、巡行の儀式を遂行するため形式的に長刀鉾町の養子となり、結納まで交わします。

この長刀鉾に乗るお稚児さんにより、神の領域に張られたしめ縄が切られる儀式が行われ、結界が解かれることになります。こうしてしめ縄を切った後、山鉾の群れは疫病退散を祈願しながら巡行を開始し、京の町へと繰り出されます。神の使いとして先頭に立つお稚児さんの存在は、祇園祭にとって極めて重要なことがわかります。

お稚児さんの訓練と「お千度の儀」

祇園祭 山鉾巡行
祇園祭 山鉾巡行
お稚児さんの実態をもう少し考察してみましょう。例年、祇園祭が始まる1か月前に、お稚児さんが誰になるかが正式に決まります。そして選ばれたお稚児さんは、7月1日、八坂神社で行われる長刀鉾町「お千度の儀」に参加するために準備を始めます。「お千度の儀」自体は、祭が無事に執り行われることを祈願する行事であり、当日、お稚児さんは化粧をして、大人たちと一緒に本殿を参拝します。そして本殿の周りを千度周る代わりに、大勢と一緒に3回周り、それをもって千度周ったことにするのです。

「お千度の儀」に参加するため、お稚児さんに選ばれた子とその家族は、1か月間、たゆまぬ努力をもって準備しなければなりません。お稚児さんが学ぶことは、伝統的な儀式に関わる踊りとマナーです。そのため、舞の稽古に集中しなければならず、乗馬の練習もします。そして儀式に参加するための予行演習を繰り返し行い、本番で不安にならないように訓練するのです。

また、1か月の訓練期間を終えて、7月1日に「お千度の儀」に参加した後、およそ2週間後の7月17日には山鉾巡行が本番を迎えます。よって、休んでいる暇はありません。お稚児さんのトレーニングは「お千度の儀」が終わった後もさらに続き、合わせて1か月半の長い期間に及びます。

「しめ縄切り」から始まる山鉾巡行

祇園祭 注連縄切り
祇園祭 注連縄切り
そして山鉾巡行の4日前、7月13日には、山鉾巡行の無事を祈る「社参の儀」が、八坂神社で行われ、お稚児さんがメインの舞台で活躍する場となります。まず、お稚児さんは金色の衣装を身にまとい、四条通りから馬に乗って、八坂神社に向かいます。そして神社の境内に着いてからは本殿に上がり、そこでお祓いを受けた後、神の使いとなるために、正五位の位を授かるのです。本殿を出る際、お稚児さんは既に神の使いになっていることから、地面に足をつけることができません。よってお稚児さんは大人に担がれて、その場を去ります。

それから山鉾巡行がスタートするまでの数日間は、食事制限が大事になります。身を清めるために、たとえ子どもであっても、口に入れて食するものは、すべて切り火で清められてなければいけないのです。その管理をする役目は、お稚児さんの父親がすることになっています。そして我慢を重ねながら4日間を過ごした後、山鉾巡行という晴れの舞台を迎えます。山鉾巡行の日にはお稚児さんが先頭に立ち、神事の締めくくりとなる「しめ縄切り」の儀式を率先して行います。そして長刀鉾に乗ったまま、四条通りに張られたしめ縄を刀で断ち切り、山鉾巡行がスタートするのです。

こうしてお稚児さんは山鉾巡行が行われている間、常に長刀鉾の先頭に立ち、巡行の先陣をきって進む役目を果たすのです。神幸祭の神輿行事に並び、山鉾巡行の存在が際立つ理由は、お稚児さんの活躍にあると言っても過言ではありません。祇園祭の背景を理解することにより、祭の観覧がますます楽しく、興味深いものになるでしょう。

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