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神武天皇の御名に込められたミカドへの想い

神武天皇は45歳のとき、天下統一を目指して日向国から船で瀬戸内海を東方に向かい、その後、大和を平定したと言われています。そしてイスラエル北王国が滅びてからおよそ60年後にあたる紀元前660年の旧正月、太陽暦では2月11日に初代天皇として即位しました。その年が皇紀元年となり、明治時代以降では2月11日が紀元節、すなわち今日の建国記念日として祝われることになりました。天皇は日本の君主として、それ以外にも多くの呼び名を持っています。その中には帝号、御名(ぎょめい)、追号などがあります。また、天皇には、人々が直接口にすることが避けられた天皇の実名である御名があり、それは「いみな」とも称されています。例えば神武天皇の御名は、神倭伊波礼比古命(カムヤマトイワレビコノミコト)ですが、この名前の意味は不可解なまま、今日まで至っています。実は、この御名に、天皇家のルーツに関するメッセージが含まれていたのです。

まず、代々の天皇は「スメラミコト」と呼ばれていることに再度、注目です。前述したとおり「スメラ」はヘブライ語で「置く」という意味の言葉で、その語尾に神を意味する「エル」を付けると「スメル」という発音になり、「神の臨在」、「神がおられる」という意味になります。また、migut(ミガット)はヘブライ語で「栄光」という意味ですから、「スメラミコト」とは、「栄光の神を奉る」、「栄光在主」の意味となります。よって、神武天皇の御名である神倭伊波礼比古命(カム・ヤマト・イワレ・ビコノ・ミコト)も、神から委ねられた権威を持つ栄光の王に纏わる意味を持つ名前であると推測できます。

次に、日本人なら誰でも馴染みの深い「ヤマト」という名称の部分ですが、大言海にも「此語源ハ古来種々ノ説アレド、スベテイカガナリ」と書かれているとおり、日本語ではほとんど意味を見出すことができません。またヤマトに対して「大和」、「日本」、「倭」など複数の漢字表記があること自体、ヤマトという発音を持つ言葉が先行して使われ、後日漢字が宛てられたと考えるのが妥当でしょう。

実はこの「ヤマト」も、ヘブライ語聖書の後半で使われているアラム語で解釈できます。「ヤーウェーの神」の頭文字である「ヤ」は神の称号として今日まで数千年に渡り世界各地で使われており、不思議なことに日本の民謡や囃子言葉にも「ヤ」という言葉が多用されています。また、語尾の「マト」、「ゥマット」をヘブライ語と同系のアラム語で検証すると、「umato」が「人民」の意味を持つ言葉が存在することがわかります。すると神の「ヤ」に民の「マト」を合わせて「ヤマト」となり、「神の民」を意味する言葉になります。

また、ヘブライ系ユダヤ人のことをヘブライ語ではイフディ、イワデ(yehudi、イフディ、イワデ)、ヘブライ語と同系のセム語派であるアラム語では(iwaraa、イワラ)と呼びます。このユダヤ民族を指す「イワラ」という言葉が「イワレ」の語源であると考えられます。ユダヤ民族とは、イスラエル南ユダ王国の2部族を象徴する言葉であり、イスラエル王系であるユダ族を中心とし、それにベニヤミン族が加わった部族の集まりです。その南ユダ王国の民を「イワレ」と呼んだのです。それ故、「ヤマト・イワレ」は2つの言葉を合わせて、「神の民であるユダヤ人」を意味すると考えられます。

次に、「クム」を理解するためには、へブライ語で「群れを大量に集める」という意味を持つ、カム(kum、カム)、という言葉が存在することに注目です。すると「カム・ヤマト・イワレ」は、「神の民、ユダヤ人を結集する」となります。つまり、神の選民であるイスラエル系南ユダ王国の民が大勢集まることを象徴する言葉であったと理解できます。それは、ユダヤ人によって立ち上げられた国家を意味し、その場所が日本であったということの証でもあります。またヘブライ語のbekhor、ビコ(bekhor、ビコ)という言葉には、bekhor、「最初に生まれた子供」、つまり初子という意味があります。よって、例えば「イワレ」に「ビコ」を組み合わせて「イワレビコ」とすれば、「ユダヤ人の初子」となります。すると、「カム・ヤマト・イワレ・ビコ」とは、「神の民によるユダヤ国家が生んだ初子」を意味することになります。そして「ミコト」は「栄光」を意味し、それは「栄光在主」を意味する「スメラミコト」の略称とも考えられ、神の栄光、王の栄光を意味するものです。

これらすべての文字を組み合わせると、神武天皇の御名の真相が見えてきます。「カムヤマトイワレビコノミコト」の意味は、聖書で用いられている古代西アジア言語のヘブライ語とアラム語で解釈することができたのです。それは「神の民であるユダヤ人が建国して生んだ最初の栄光ある主」という意味になります。言い方を換えれば、「神の選民によるユダヤ国家の栄誉ある初代国王」となります。「カムヤマトイワレビコノミコト」は、ユダ族が、新天地である日本においてもその王系を継承し、君臨することを宣言した大胆な御名であったのです。これこそ、国家を失ったイスラエルの民が、イザヤの預言に従って西アジアより日本の地に移住を開始し、最終的に神武天皇のリーダーシップをもって大和の地に結集し、日本の歴史の礎を築いた証ではないでしょうか。もはやイスラエルを無視して日本の古代史を考えることはできません。