囃子詞が多用される東北民謡「おばこ節」
日本民謡では、囃子詞が頻繁に用いられています。唄の合間に軽快なリズムとともに囃子詞が高らかに発せられ、多くの人々が喜びながら唄い踊るのが特徴です。とりわけ東北地方の民謡では囃子詞が多用され、大きな掛け声とも言えるさまざまな囃子詞が、唄とともに飛び交います。例えば山形県や秋田県を中心に広まった「おばこ節」のひとつとして名高い「庄内おばこ節」では、「コバエテ」という囃子詞が唄われています。
この囃子詞は日本語としては意味をなさないにも関わらず、古くから人々にメロディーとともに口ずさまれ、受け継がれてきました。不思議な響きを持つ囃子詞でありながら、地域文化に深く根付き、長年にわたり多くの人々に親しまれてきたことは、注目に値するだけでなく、日本文化の誇りとも言えるでしょう。
しかしながら、「庄内おばこ節」の囃子詞は本当に意味のない音の連呼に過ぎないのでしょうか。それとも古来、何かの意味が込められていたのでしょうか。この囃子詞の意味を考察する前に、まず「庄内おばこ節」の成り立ちを振り返ってみましょう。
「庄内おばこ節」が普及した背景
「秋田おばこ」「米沢おばこ」そして「庄内おばこ」に代表される「おばこ節」は、庄内地方で広まった農家の「縄ない唄」と呼ばれた民謡を元唄としています。なかでも「庄内おばこ節」は特に広く知られています。山形県飽海郡遊佐町の帝立寺の境内には、「庄内おばこ節 発祥の地」と刻まれた石碑が建てられています。また、同県の羽黒町にも「庄内おばこ」の石碑があります。このように地域に根付いてきた「庄内おばこ節」は、いかにして生まれたのでしょうか。
「庄内おばこ節」の中で唄われる囃子詞は、男女の恋愛感情を表したものと伝承されてきました。なぜなら、「おばこ節」の「おばこ」という言葉は、帝立寺の近くに住んでいた梢(こずえ)という娘と、旅の商人との恋の物語にルーツがあると考えられてきたからです。その娘は「おばこ」と呼ばれ、その恋愛をはやし立てた唄が「庄内おばこ節」と伝えられています。
その結果、いつしか稲の切り株で作った人形を「おばこ」と呼ぶようになり、思いを寄せる相手に贈るという風習も生まれました。こうして「おばこ」は次第に恋人の代名詞となり、愛する人への思いを唄う民謡として、東北地方を中心に広まっていくことになります。
「庄内おばこ節」 囃子詞の意味を解明!
「おばこ節」のルーツとされている「庄内おばこ節」では、「アコバエテ、コバエテ」という興味深い囃子詞が唄われています。接頭語の「ア」は単なる感嘆詞と考えられることから、後に続く「コバエテ」の意味を解読する必要があります。囃子詞の多くは日本語では意味を成さずとも、ヘブライ語で読むと明確な意味が浮かび上がってくることがあります。「庄内おばこ節」の中で繰り返し唄われる「コバエテ」という不可解な詞も例にもれず、ヘブライ語で読むことができます。
「コバエテ」は2つのヘブライ語から構成されています。まず、ヘブライ語で「コバ」は、義務や義理、責務のような強い意志を表すחובה(kohvah、コバ) と推測されます。続く「エテ」は、「彼女と共に」を意味するאיתה(itah、イタ) と考えられます。ヘブライ語の「イタ」という発音は、「エテ」と近い響きを持っています。この2つの言葉が合わさると「コバイタ」「コバエテ」となり、「彼女のそばにいたい」、「彼女と共に必ずいる!」といった情熱的な愛情や決意を表す言葉となります。まさに「コバエテ」とは、「おばこ節」の本領である恋愛感情を、率直にヘブライ語で綴っていたようです。
「おばこ」とはイエスキリスト?
ところで、肝心の唄のタイトルに登場する「おばこ」ですが、この言葉もヘブライ語で解明することができます。まず、「お」は栄光を意味するהוד(hod、ホッ) と理解することができ、その発音は「オ」に似ています。続く「ばこ」はおそらく、ヘブライ語のבכור(bekhor、ベコ) が原語であり、それが多少訛って「ばこ」になったと考えられます。この言葉は「長子」「最初に生まれた初子」を意味します。これら2つの言葉が繋がり「オベコ」「オバコ」になると、「栄光ある初子」「栄光の長子」という意味の言葉になります。
ヘブライ文化圏を含む西アジアにおいては、最初に生まれた子どもに与えられる長子の特権が重視されてきました。それゆえ、初子を神に捧げることや、大切な長子の特権をめぐる争いの物語などが聖書にも記載されています。こうした背景を踏まえると、神から特別な祝福を受けた究極の長子、神の一人子と言われるイエスキリストが想起されます。「おばこ」の「お」という頭の言葉が「栄光」を意味するのならば、「栄光の長子」とは、イエスキリストを暗示しているように思えてなりません。
「庄内おばこ節」の囃子詞
熱烈な恋愛感情を唄った「コバエテ」という囃子詞には、愛する「おばこ」と共にいたい、という強い思いが込められています。この「おばこ」という詞には、愛する「娘」だけに留まらず、「神の一人子キリスト」の意味も込められていたようです。その結果、「おばこ」を熱唱する民衆は、知らず知らずの内に、「おばこ、コバエテ」、すなわち「栄光の長子と共にいませり」と唄っていたことになります。
囃子詞の多くは、ヘブライ語でその意味を理解することができます。そして囃子詞の大半がヤーウェーの神や救い主を誉め讃えることに繋がっているのです。「庄内おばこ節」もその例にもれず、一見すると恋愛に通じる名称のように思える「おばこ」という唄のタイトルそのものにも、枕詞のように「娘」だけでなく、「神のひとり子、イエスキリスト」という意味も込められていたようです。そして二重の意味が込められた「おばこ」と、強い愛の思いを表現した「コバエテ」という囃子詞を一緒に唄うことにより、誰しも自然と神を誉め讃えることができるよう、巧みに構成された唄であったと考えられるのです。
庄内おばこ
おばこ来るかやと(アコリャコリャ)
田ん圃のはんずれまで出てみたば(アコバエテ コバエテ)
おばこ来もせで(アコリャコリャ)
用のないたんばこ売りなどふれて来る(アコバエテ コバエテ)
おばこ居たかやと 裏の小窓から覗いて見たば
おばこ居もせで 用のない姿さまなど糸車
酒田山王山で 海老コと鰍コと相撲とった
海老コなんしてマタ腰ァ曲がった
鰍コと相撲とって投げられて それで腰ァまがった
