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2021/10/13

閖上(ゆりあげ)大漁祝唄の囃子詞 新天地への思いが込められた掛け声の数々

閖上(ゆりあげ)大漁祝唄の掛け声

函館の出船音頭と同様に、宮城県にも大漁を念願して祝う唄が複数存在します。これら祝唄の中には「エンヤー」という囃子詞が頻繁に用いられています。日本語では意味が通じないこの囃子詞ではあっても、ヘブライ語で読むと「神の泉」「私の神」の意味に理解できます。果たして、この囃子詞は外来語だったのでしょうか。もしそうだとするならば、大漁祝唄の中で唄われる「エンヤー」以外の囃子詞も、ヘブライ語で理解することができるかもしれません。

宮城県仙台より南へ10km程離れた所にある名取市を発端として広まった閖上(ゆりあげ)大漁祝唄では、唄の初めから「チョイチョイ」、「アリャエー」、「エノソーリャ」、そして「エンヤサー」と、リズミカルな囃子詞が次々と飛び出してきます。大漁を祝い、人々の食卓を潤すことに感謝を捧げるのが大漁祝唄の主旨であることから、遠い昔から多くの人々は声をあげて、これらの囃子詞を唄ってきたのです。それ故、大漁祝唄の囃子詞が無意味に叫ばれてきたとは考えられません。これらの囃子詞には、何かしら大事な意味が込められていたに違いないのです。

閖上大漁祝唄で使われている掛け声は、日本語で読むと意味が不明であり、解釈のしようがありませんが、「エンヤー」と同様にヘブライ語を用いると、言葉の意味が見えてきます。

「チョイチョイ」の意味は「進め!」

ヘブライ語には、「歩む」、「前に進む」を意味するצועד(tsoed、チョェ) という言葉があります。「チョェ」の発音は、「チョイ」とほぼ同等です。その「チョェ」を繰り返して「チョェチョエ」と発音すると、「チョイチョイ」に聞こえます。すると、「チョイチョイ」という囃子詞が実は、「歩め、歩め」、すなわち、「前進せよ!」という意味の言葉であった可能性が浮かび上がってきます。

しかしながら船乗りは海を船で行き来することから、「歩め!」という掛け声が使われるとは思えません。よって「チョイチョイ」とは、ひたすら前に向かって進むことを意とした囃子ことばであったと推測できます。海を航海しながら大漁を祈念して、前進するための掛け声が、「チョイチョイ」だったと考えられます。

「アリャエー」はヘブライ語で理解できるか?

閖上大漁祝唄で唄われる「アリャエー」という囃子詞も、ヘブライ語で理解できます。「アリャエー」に類似した発音をもつヘブライ語にעלייה(‘aliyah、アリヤ) という言葉があります。その意味は、元来「登る」「上がる」「進む」でしたが、いつしか「イスラエルに移住する」という主旨でも使われるようになりました。すなわち、「神が約束された地に進む」、という意味に用いられることもあったのです。

その「アリヤ」の語尾に「神」のאל(el、エル) を加えると、「アリヤエー」となります。この言葉は「神と歩む」、「神と登る」と理解することができます。すると、「チョイ、アリャエー」とは「進め、神と共に登れ!」、「進め、約束の地に向けて歩め!」という意味に解釈できるのです。

もし、「アリヤ」という言葉に「約束の地に移住する」という主旨が含まれているとするならば、その「約束の地」とは中近東のイスラエルではなく、「東の海の島々」、日本であったと考えられます。国を失った神の選民であるイスラエルの民が、神の言葉に従って新天地を捜し求めて東方へと旅を続け、アジア大陸を渡り、海を超えて探しあてた約束の地が日本の島々だったとするならば、「チョイ、アリャエー」の意味が蘇ってくるようです。それは、長い航海の旅路において、「進め!」「約束の地へと上りつめよう!」という、強い祈りの思いを込めて唄い続けた言葉だったのではないでしょうか。

「エノソーリャ」の意味は「私達は唄う!」

「エノソーリャ」という囃子詞も、もしかするとヘブライ語がその語源となっている可能性があります。ヘブライ語で「私達」は、אנו(anu、アヌ、アノ) です。その後に続く「ソーリャ」という言葉は、ヘブライ語で「闘う」「取り組む」を意味するשרה(sarah、サラ) が語源になっている可能性があります。この「サラ」という言葉は「ソレソレ」という囃子詞の語源になったとも言われ、時には「唄う」という意味でも用いられることがあります。

これら2つの言葉を合わせると「アノサーラ」となり、それが多少訛って「エノソーラ」「エノソーリャ」に変化したと推測されます。「エノソーリャ」という言葉には、ヘブライ語で「私達は唄う!」という意味が込められていたのです。

「エンヤサー」をヘブライ語で読む

「エンヤサー」という囃子詞は、「エンヤ」と「サー」という2つのヘブライ語に分けて、理解することができます。まず、「エンヤ」は「私と神」を意味するאני יה(aniyah、アニヤ) がルート語と考えられ、「アニヤ」が多少訛って「エンヤ」になったと考えられます。その言葉の語尾に、「行け!」「前進せよ」を意味するסע(sa、サ) を加えると「エンヤサ」になります。すなわち、「エンヤサ」とは、「神と私は行く!」、「神と共に前に進む!」を意味する言葉だったと推測できるのです。

閖上大漁祝唄は新天地へ向かう掛け声?

閖上で唄われる数々の囃子詞には、一つの共通点があります。囃子詞の多くには、何かに向かって進む、行く、行け!という掛け声のようなイメージが、ヘブライ語で込められていたのです。もしかすると、大漁祝唄で唄われる囃子詞のルーツには、新天地に向かって海を渡るイスラエルの民が、神に祈りつつ思いを込めて唄った詞であったのかもしれません。神と共に、荒波を乗り越えて進み続ける大勢の人々の思いが、大漁祝唄の囃子詞に込められているように思えてなりません。

古代、イザヤに与えられた預言により、「東の海の島々」に新天地があることを信じた民は、「約束の地に向かって前進せよ!」、「ひたすら進め!」、「神と共に行く!」、そして「私達は唄う!」と、掛け声をかけながら、海を航海し続けたのではないでしょうか。そして辿り着いた日本とは、水産資源に大変恵まれた島々でした。そこは正に、ヘブライ語で「神の泉」を意味する「エンヤー」、すなわち約束の地と呼ばれるにふさわしい新天地だったのです。

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中島尚彦

中島 尚彦

南カリフォルニア大学、ペンシルベニア大学ウォートン校、フラー神学大学院卒。音楽系ネット通販会社サウンドハウスの創業者。古代史と日本古来の歌、日ユ同祖論の研究に取り組むとともに、全国の霊峰を登山し、古代遺跡や磐座の調査に本腰を入れている。

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