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イザナギ神話に潜むイスラエルの影 ! !

古事記

紀元前8世紀、国家の崩壊に直面した北イスラエル王国では、無数の民が祖国を脱出することとなりました。当時、北イスラエル王国はアッシリア帝国の侵攻により存続の危機に瀕し、前722年、サマリアが陥落しました。大勢の迷える北イスラエルの民に対して救いのメッセージを投げかけたのが、預言者イザヤです。王を始めとする多くの民から厚い信望を受けていたイザヤは、南ユダ王国に拠点を置きながらも、北イスラエル王国を含む南北双方の民に対して神の言葉を取り次ぎ、国家を救う為に尽力しました。しかしながら、北イスラエル王国の民は、神から語られ続けた警告のメッセージに従うことなく悪の道を歩み続け、その結果、イザヤからは国家の滅亡について立て続けに預言が発せられることになったのです。また、南ユダ王国の存続も危ういものとなり、南北イスラエル王国の滅亡はもはや時間の問題でした。

国家が崩壊するという一大事の時、神を熱心に信じる一部の民はイザヤの警告を真摯に受け止めたことでしょう。そしてイザヤから発信される神からのメッセージに耳を傾け、そこで語られた救いに至る道を探し求めたのです。そのメッセージの中に秘められていた新天地の場所こそ、旧約聖書のイザヤ書に書き綴られている「日の出」方角に浮かぶ東の「海の島々」であり、その島々に聳え立つ「聖なる山」です。

預言者イザヤの一行に導かれた民の中には王族、及びイザヤの親族、その他、祭司など、多くの要人が含まれていたことでしょう。そして先行して旅立つ民の群れは船で東方へと向かい、その他、無数の民は後を追うように、アジア大陸の横断を徒歩で決行したと考えられます。もしこの想定が史実に沿っているとするならば、イザヤが日本の神話に登場する伊弉諾尊の実物像である可能性が浮上します。後述するとおり、聖書の歴代誌に記載されている内容やイスラエルの年代から察することのできるイザヤの国外脱出のタイミングは、その後の日本列島における歴史の展開と見事にマッチングするのです。

日本書紀や古事記に書かれている神話とは、7世紀の宮廷知識人が単に複数の物語を神話化して織り込みながら編纂した作品ではなく、実際に起きた史実を事細かく記録し、それらのデータを収集して編纂した結果、記紀としてまとめあげられたものとは考えられないでしょうか。記紀には多くの実存する地名や名称が含まれていますが、それらに伴い、多くの神々の名前や人名が登場するということは、これらの名前が単なる創作とは考えにくいのです。むしろ全て実在した人物を象徴的に証しているからこそ、記紀には大変細かな記述が系統だって綴られているという見方もできるのです。それ故、イザヤが伊弉諾尊として書き記されているという想定も論外ではなく、むしろイスラエル史に照らし合わせて検証することにより、現実味を帯びてくるのです。

実際、預言者イザヤの存在と日本の古代史を、切り離して考えることはできないようです。日本書紀には初代神武天皇が大和を平定した際、八咫烏(ヤタガラス)がエシキとオトシキの元に遣わされ「天神の子、汝を召す、イザワ、イザワ」と鳴いたと書いてあります。大言海によるとイザワは「イザヤと同じ」とあり、八咫烏が「イザヤ」と鳴くこと自体、少なくとも神武天皇とイザヤの間には何らかの関係があったと考えられます。果たして、その「イザヤ」とは、イスラエルの預言者を指していたのでしょうか。日本の皇祖である天照大神を祭る伊勢神宮の奥宮である「伊雑(いざわ)」の宮」ではイスラエルのシンボル、ダビデの星である六亡星が正式な紋となっています。更に伊勢神宮の参道沿いに設置されている石灯篭には、そのダビデの星と、皇室の紋である菊の紋が一緒に彫られています。これらから、「神の救い」を意味する「イザヤ」が「伊雑」の語源であり、そこにはイスラエルルーツが秘められていると察することができます。つまり、八咫烏が鳴いた言葉の中には、正に神の救いを預言者イザヤが叫び求めているような響きが込められていたのです。日本建国の神である天照大神を祭る伊勢神宮のシンボルとして、イスラエルの紋が古代より採用され、その奥宮が「イザワの宮」と呼ばれ、八咫烏もその名前を叫んでいたことは、「イザヤ」が古代日本史の立役者であったことの裏付けと言えます。

そこで古事記や日本書紀に登場し、イザヤと頭2文字を共有するイザナギ・イザナミの語源に注目してみました。この2つの名前については、「伎」を男の義、「美」を女の義と解釈して「誘い君」と「誘い姫」の意味とする説や、「イザ」をタガログ語等で第1を意味するISAと考えた上で、ナキとナミを南方諸島にルーツのあるラキ(男、夫)、ラミ(女、妻)として理解するという説があります。また、イザを単なる地名として古語のアキ、アミに結び付け「イサ国の男神、女神」と考える説など、解釈は様々ですが、どれも説得力に欠けています。

伊弉諾尊の「イザナギ」という名前の意味は、実はヘブライ語の「イザヤ」に由来していたと考えられるのです。預言者の名前である「イザヤ」はヘブライ語で「神の救い」を意味し、頭文字2つの「イザ」は「救い」を意味します。また、王子、統治者のことをヘブライ語ではnagid、ナギッド(nagid、ナギッド)と呼び、実際の発音は語尾が脱落する為、「ナギッ」となります。例えば旧約聖書のダニエル書9章25節では、油注がれた、選ばれた王子のことをメシアッ・ナギ(メシアッ・ナギッ)と呼び、この言葉は救世主を意味する言葉でもあります。そして「イザ」の語尾に王子、君主を意味する「ナギッ」を付け加えると実際の発音は「イザャナギッ」となり、「神の救いの君主」「イザヤ王子」の意味となります。

その「イザャナギッ」と極めて類似した発音を持つ「イザナギ」の正体こそ、預言者イザヤと考えられるのです。天の神からの命に従って海を渡り、実際に日本列島まで到来した使者であり、イスラエル国家の預言者として偉大な働きを成し遂げた人物であったからこそ、イザヤは島々を生んだ神として、史書においては神格化して記載されたと考えられるのです。「イザヤ王子」、「統治者イザヤ」という意味であるヘブライ語の「イザヤ・ナギッ」という言葉は、宗教的リーダーであり、尚且つ国家のリーダー的存在であった預言者イザヤを指すことに何ら問題ありません。またヘブライ語にはナギッドと同義語のナミ、ナミと発音される言葉もあり、「イザナミ」もイザナギと同様に、「イザ」という言葉の語尾に合わさり、「救いの統治者」を意味する「イザナミ」の語源となったのではないでしょうか。それが、イザナギの妻にあたる「イザナミ」の呼び名になった由縁と思われます。

古事記には伊弉諾尊と伊弉冉尊、2尊が高天原より天下り、日本の島々を生み出した話、すなわち日本列島を見出した経緯が書かれています。これは正にイスラエルを脱出してアジア大陸を横断してきたイザヤとその一行が、祭司やレビ族と共に海を渡り、日本へと東漸した後、神から約束された島々を見出して行く有様を描いているようです。そして黒潮の流れに乗って琉球から淡路島まで到達し、その後、多くの島々を船で渡り巡りながら、「国土をよく整えて作り固めていく」という過程が、神話化したものと考えられます。こうして記紀には、新天地を求めたイスラエルの民が故郷の西アジアの地を離れて東の島々に天下り、大和の国を建国するに至るまでの様々な出来事が記録され、それらの記述が編纂されていく上で、神話化されるようになったのでしょう。