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国の天然記念物となる剣山周辺のミヤマクマザサ
徳島山岳地帯は、その頂上周辺や尾根伝いがミヤマクマザサで覆われている箇所が多いことで知られています。ミヤマクマザサは山岳地帯の中でも標高1600m以上の場所に群生し、山々を彩っています。本来、冷涼で多湿な気候に適応し、亜高山帯には分布しないはずのミヤマクマザサですが、積雪の多くない亜高山帯にある剣山周辺の山々に見られるのです。また、ミヤマクマザサは山岳地帯の急斜面ではなく、なだらかな斜面や平坦な場所を覆っていることでも知られています。そのササ原は三嶺(みうね)や天狗塚だけなく、剣山に結び付く尾根伝いや、周辺の山々にまで広がっています。
ミヤマクマザサが群生する徳島山岳地帯の山々は剣山を中心に、東西は28km、南北は12kmほどの範囲に集中しています。山々の頂上周辺や尾根伝いをミヤマクマザサが覆い、所々、土壌の堆積が浅い岩石が露出している場所まで占めているのです。ミヤマクマザサを中心に一部コメツツジも団塊状に育つ広大なササ原の草原は、全国でも類がありません。ミヤマクマザサの群生は徳島山岳地帯のシンボルと言えます。
国の天然記念物に指定されたミヤマクマザサの群落
徳島の山々を衛星写真で見ると、特に剣山頂上周辺の生態系が大きく変貌していることがよくわかります。本来、樹木が覆い茂っているはずが、剣山を中心とする山岳地帯だけは、山頂周辺に樹木が見当たらない高山がいくつもあります。中でも三嶺(みうね)の西方にある天狗塚の山頂から稜線に群生するササ原の規模は壮大です。傾斜がなだらかで広大なエリアを、ミヤマクマザサが覆い尽くしているのです。
この特異な様相は、「三嶺・天狗塚のミヤマクマザサ及びコメツツジ群落」として、1994年、国の天然記念物に指定されました。今日でも三嶺から天狗塚へと続くササ原の大草原は、徳島山岳地帯の象徴とも言える美しい光景を醸し出しています。
山頂がササ原に覆われた山々の共通点
徳島山岳地帯において、標高1600m以上の山頂周辺や尾根伝いがミヤマクマザサで覆われている場所には、少なくとも3つの共通点があります。その内容を吟味することにより、ミヤマクマザサが群生した背景が見えてきます。
1.剣山から近い位置にある
まず、ササ原が群生する山々は、剣山地の山脈の中か、剣山から近い場所にあることに注目です。剣山地の中で剣山より最も遠い位置にある山が、最西端の土佐矢筈山・小檜祖山です。そこまでの距離はおよそ21kmです。北西方向にある祖谷・奥祖谷山地の寒峰や鳥帽子山までは約18km、矢筈山までは14kmです。東方の天神丸に至っては剣山から7kmと近く、南方の石立山までの距離も8kmほどです。ササ原に覆われた山々は、そのほとんどが剣山から20km圏内にあります。四国をはじめ、日本国内には標高1600mを超える山々は数多くありますが、剣山周辺の山々だけがミヤマクマザサで覆われ、かつ、尾根伝いに繋がっているのです。
2.頂上からの見晴らしが良い
徳島山岳地帯の山々は、いずれもその頂上からの見晴らしが素晴らしく、剣山を望めることが次の共通点です。剣山は地域の最高峰であり、当然ながらその頂上からは周辺の山々を見渡すことができます。山岳地帯周辺の山々からは逆に、地域最高峰の剣山や三嶺だけでなく、他の山々も望むことができます。古代、山頂から互いの存在を双方から目線で確認し、狼煙などを活用して連絡を取り合うことは極めて重要でした。その見晴らしを可能にしたのが山頂周辺の樹木の伐採であり、その跡地にミヤマクマザサが群生したと推測されるのです。ミヤマクマザサのササ原に覆われた山頂や尾根伝いは、山々の濃い緑色とは一線を画した薄い緑色に見えるため、遠くから眺めても一目で違いがわかります。つまり遠くの山々からも一目瞭然で山頂の位置を確認できることが重要視されたと考えられます。
3.平坦なエリアと水源が頂上近くに存在する
徳島山岳地帯の山々は標高の高い山々でありながら、その山頂近くには平坦で広い場所が随所に存在することも共通の特徴です。剣山や三嶺、天狗塚をはじめ、丸石、塔丸、丸笹山、赤帽子山など、剣山地に並ぶ山々の多くは、頂上周辺のなだらかな斜面がササ原で覆われています。また、北西方向の祖谷・奥祖谷に繋がる寒峰や鳥帽子山の山麓のように、頂上近くに平坦な土地が広がっているエリアも散見されます。それら平坦な土地の周辺には高山でありながら、豊かな水源が存在する事例も少なくありません。このような場所に古代では高地性集落が存在していた可能性が見えてきます。
山頂のササ原が目印として活用される事例
ミヤマクマザサが徳島山岳地帯に群生しているのは、何らかの環境の変化に依存しているからに違いありません。果たしてミヤマクマザサに覆われるササ原とは、自然環境の中で山頂周辺の樹木が失われた結果なのでしょうか。それとも人為的な策が講じられ、人の手により樹木が伐採された後にササ原となったのでしょうか。後者の場合、遠くからも見える地域の目印や、方角を見極めるための指標として活用されただけでなく、場所によっては集落を造成するために樹木が伐採されたり山に火がいれられて整備された結果とも考えられます。
ミヤマクマザサの群生が人の手によるものと考えられる理由のひとつに、ササ原で覆われている山頂の方角と位置づけがあります。徳島山岳地帯の山頂に広がるミヤマクマザサのササ原は、樹木の濃い緑色とは異なり、ササ原の色は薄緑色で違いが目立つため、遠く離れた他の山からも一目で確認できます。徳島山岳地帯では、東西南北にある山の頂上がササ原になっている事例や、頂上から一直線上に並ぶ山頂がササ原になっている事例が散見されます。これらはササ原が人為的に作られ、指標として認識されていた可能性を示唆しています。
剣山の南西に隣接する次郎笈が良い例です。次郎笈の頂上からは、北東方向のある剣山に向かって「馬の背」と呼ばれる美しいササ原の稜線を眺めることができます。その頂上から東方を見渡すと近距離に槍戸山頂上のササ原を目にします。そして頂上のすぐ左側で真東に当たる地点の斜面が、不思議なことに削られているように見えるのです。そこにササ原が広がっています。つまり真東に当たる方角を示すために樹木を伐採し、そこにササ原が広がったと推測されます。
また、次郎笈の真南を見ると、小高い山の頂上がすぐ目につきます。名称もない小さな山ですが、頂上の樹木が伐採されたかのように禿山になっているのです。この事例では、明らかに人の手が入っているように見えます。つまるところ、真南の目印としてわかるように、山の頂上がきれいに整備されたと考えられます。
次郎笈の西方には、尾根伝いに遠くまで繋がっている美しい稜線が見えます。その先は遠くに三嶺や天狗塚、土佐矢筈山までも目にすることができます。注目は次郎笈の頂上から2kmほど西方にある丸石の先に見える高野瀬と呼ばれる尾根伝いの高地です。個別に名称が付くほどの特異な地勢ではないのに高野瀬と呼ばれるようになり、しかもその頂上にあたる場所をササ原が覆っているのです。そして注目は、次郎笈の頂上と高野瀬を結ぶ一直線上の先に土佐矢筈山が見えることです。次郎笈からササ原が覆う高野瀬の方角に目を向けるだけで、遠くに見える山々の中で、どこが土佐矢筈山の場所かを一目で特定できるのです。高野瀬が大事な目印になっていたと想定できます。徳島山岳地帯の山の頂上や尾根伝いにミヤマクマザサのササ原が人為的に作られた背景を、次郎笈から眺める山々は物語っています。
剣山の東方に広がるササ原
今一度、徳島山岳地帯に群生するミヤマクマザサのエリアを振り返りながら、その領域を特定してみます。すると思いのほか、東西南北の境界線が浮かび上がってくるようです。
剣山の東方を見ると、ミヤマクマザサのササ原は一の森(1880m)まで尾根伝いに広がりを見せています。杉造林が集中的に行われた木屋平を越える地域でもササ原は所々に群生し、天神丸(1631m)まで続きます。
また、剣山のすぐ北側で東西方向に続く山脈でも、ミヤマクマザサの群生が尾根伝いに広がっています。その中心に位置する丸笹山(1711m)頂上そばには貞光川の源流があり、地面からは大量の山水が湧き出ています。丸笹山の頂上はすっぽりとミヤマクマザサに覆われています。そこから東方に向かって赤帽子山(1611m)までササが群生しています。そして標高の低い中尾山(1330m)に至る途中でササ原は姿を消します。また、丸笹山から西方に進むと塔丸に至り、尾根に沿ってササ原が続きます。塔丸は徳島山岳地帯でも有数のパノラマビューを誇り、頂上一帯に広がるミヤマクマザサの光景は見事です。つまり塔丸から丸笹山、赤帽子山、そして中尾山までササ原は広がりを見せているのです。
剣山西方を尾根伝いに繋がるササ原
ミヤマクマザサのササ原は、剣山の頂上周辺から西方へは次郎笈(1930m)から平和丸、みやびの丘を越え、三嶺(1893m) 、天狗塚(1812m)、土佐矢筈山(1607m)まで、15kmにわたり尾根伝いに続きます。
三嶺の山頂一帯でも剣山と同様に、ミヤマクマザサの群落が広がりを見せています。山頂一帯は、なだらかな3つのピークを持つことから三嶺という名前になったとも言われています。三嶺の頂上近くには池があり、その西方にある天狗塚の頂上そばにも天狗池があります。剣山地の山々には豊富な水源があることが、古代から注目されていたことでしょう。
天狗塚の山頂からは牛の背と呼ばれる剣山のササ原を眺めることができます。そのなだらかな稜線から広がる周辺の祖谷山系や高知の山並みは絶景です。天狗塚の南には草原の山とも言われている綱附森 (1643m) が隣接し、ササ漕ぎを強いられるほどの広々としたササの草原が一帯を覆っています。さらに天狗塚の南西5km、奥祖谷の南側には徳島山岳地帯でも最大級のササ原を誇る山として名高い土佐矢筈山(1606m)があり、山頂周辺から眺める剣山の景色は見事です。
剣山北方の山々を覆うミヤマクマザサ
剣山と三嶺の北方にある矢筈山(1848m)と周辺の山々にもミヤマクマザサが群生しています。矢筈山では岩場周辺のササ原にコメツツジの群生が混ざり始めた所が頂上となります。そのササ原は矢筈山から東西に広がりを見せ、西方では落合峠を越えて、鳥帽子山から寒峰の頂上近くまで続きます。鳥帽子山の山麓には緩やかな傾斜を有する広大なエリアがあり、水源にも恵まれていることから、古代、集落が造成されていたと考えても不思議ではありません。そのエリアは鳥帽子山の山頂から続くミヤマクマザサの群生が途絶える地点にあたります。
矢筈山の東方も尾根伝いにミヤマクマザサは群生し、霊峰としても知られる黒笠山(1703m)の近くまで、所々にササ原が存在します。黒笠山の頂上そばには黒笠神社が建立され、剣山地の北方を結界するような役割を果たしていると考えられます。黒笠山は岩場の多い突出した頂上を有する名山であり、矢筈山から続くササ原は、その山麓にて終焉します。黒笠山は鳥帽子山とともに、徳島山岳地帯の北の端に位置します。
剣山の南方にも広がるササ原
剣山から南方へ8㎞ほど向かった徳島県と高知県の県境には石立山(1707m)が聳え立ちます。石立山の頂上にもミヤマクマザサが群生していますが、そのエリアは限定的です。剣山地を構成する土佐矢筈山、天狗塚から次郎笈、剣山に繋がる稜線よりも南下すると、ミヤマクマザサの群生が一気に減少するのがわかります。
石立山には東西に繋がる稜線がないだけでなく、その南方には東西に流れる物部川があるため、人々が行き来する尾根伝いがほとんどありません。また、石立山から剣山がある北方に向かう山道も存在しないほど、山岳地帯は崖に覆われ、傾斜が急なことで知られています。今日でも石立山から剣山の方面まで南北を行き来する道路さえ存在しません。つまり古代でも人が足を踏み入れることがないエリアだったのです。それ故、山焼きなど人の手は入らず、ミヤマクマザサのササ原が広がることもなかったと推測されます。
ミヤマクマザサが群生するエリア
徳島山岳地帯の山々に顕著にみられる国内でも類のない広大なササ原の存在は、遠い昔、樹木が切り倒され、山が焼かれた痕跡である可能性を示唆しています。特にミヤマクマザサの群生は地域の最高峰である剣山を中心に、周辺の山岳地帯に広がりを見せています。しかもササが生い茂る場所を検証すると、標高の高い山中であるにも関わらず、何故かしら起伏の緩やかな広大なエリアが山岳地帯の随所に存在し、その周辺には湧き水や池などの水源も目に入ります。ミヤマクマザサが群生するエリアを辿ることにより、古代、徳島の山岳地帯に人々が集落を造り、尾根伝いを行き来していた痕跡を見出せるかもしれません。
徳島の山岳地帯で標高1600m以上の山々をすべて登頂し、ミヤマクマザサの群生がどのように広がっているかを調査しました。そしてミヤマクマザサが群生している場所を地図上にプロットしてみました。すると、剣山の頂上を包み込むように、剣山と三嶺周辺の山々に、ササ原が生い茂るエリアが広がっているのがわかります。ミヤマクマザサが群生するエリアは徳島の最高峰である剣山と、その西方に並ぶ三嶺を結ぶ尾根伝いを中心に東西方向に28kmほど広がります。
ミヤマクマザサの群生が見られる東の端は、剣山のお膝元となる劔山本宮槇渕神社の北側にある赤帽子山の頂上周辺から天神丸までです。そして西方は三嶺、天狗塚を超えて土佐矢筈山のさらに西、小桧曽山まで至ります。北方は落合峠から鳥帽子山、矢筈山、石堂山、黒笠山を結ぶ山々がリミットとなります。また、南方は石立山が境界線となります。石立山の麓を流れる物部川沿いには古代から物部集落が存在しました。
果たして邪馬台国の時代、剣山周辺地域にある水源の豊富な平坦なエリアにおいて、高地性集落が造成されたのでしょうか。これらの徳島山岳地帯の中心となるササ原が群生するエリアに至るには、徳島を流れる吉野川から支流を上り、その後、陸地を1か月間、歩かなければ到達できない厳しい山道が待ち構えていたことだけは確かです。剣山周辺の山岳地帯は、その位置付けからしても史書の記述と一致するだけでなく、大規模な高地性集落が広範囲に存在した可能性を秘めています。邪馬台国が徳島の山岳地帯にあったという信憑性は高まります。

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次郎笈から真南には樹木が頂上に無い小山が見える
次郎笈から西方に高野瀬と土佐矢筈山を望む




