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2026/01/04

ササ原が証する古代集落の痕跡

天然記念物に指定されたミヤマクマザサの群落

徳島県が誇る名山、三嶺(みうね)から西方の天狗塚に向けて、山頂から尾根伝いにミヤマクマザサが群生しています。特に傾斜がなだらかな天狗塚の山頂から稜線を覆うササ原の規模は壮大です。国内でも他に事例のない広大なミヤマクマザサのササ原は、天狗塚に近づくにつれて、所々コメツツジも生い茂っています。この特異な様相は、「三嶺・天狗塚のミヤマクマザサ及びコメツツジ群落」として、1994年、国の天然記念物に指定されました。三嶺から天狗塚へと続くササ原の大草原は、徳島山岳地帯の象徴とも言える美しい光景を醸し出しています。

ミヤマクマザサは標高1600m以上の高山に群生し、徳島山岳地帯を彩っています。そのササ原は三嶺や天狗塚だけなく、剣山に結び付く尾根伝いや、周辺の山々にまで広がっているのです。それらのササ原はなぜか山岳地帯の急斜面ではなく、なだらかな斜面を覆っています。生態系の研究では、徳島の山岳地帯にミヤマクマザサが群生した背景には遠い昔、これらの山々に手が入れられ、山焼きなどにより土壌の状態が変化したのが原因と言われています。つまり古代、徳島の山岳地帯を人々が出入りしていただけでなく、そこに集落を造っていた可能性も見えてくるのです。山焼きをするからには、集落を造成するなどの目的が考えられるからです。その真相は定かではありませんが、ミヤマクマザサが群生している山々の状況は、何かしら人為的な伐採が行われた痕跡のように見受けられます。

ササ原に囲まれた徳島山岳地帯の山々

徳島山岳地帯は地域最高峰の剣山を中心として、およそひと塊のエリアに山々が連なっています。一般的には剣山に繋がる東西の山々を剣山地と呼び、その周辺一帯の山々を徳島山岳地帯と言い表しています。また、小高い山も含め、徳島県内すべての山々を徳島山岳地帯とする考え方もあります。本稿では、徳島県内の標高1600mを超える高山で、剣山地や祖谷・奥祖谷に繋がる連峰を指します。剣山地の山々は、一ノ森、剣山、次郎笈、三嶺、天狗塚などの名峰に加え、その北側には赤帽子山丸笹山塔丸が東西に平行して並びます。そこに東祖谷・奥祖谷の連峰となる矢筈山鳥帽子山寒峰などの山々を合わせて、徳島山岳地帯を構成しています。

これら徳島山岳地帯の高山は、その頂上周辺がミヤマクマザサで覆われているのが特徴であり、山々のシンボルともなっています。ミヤマクマザサの群生に注視して地域一帯の山々を見渡すことにより、徳島山岳地帯の境界線が見えてきます。徳島山岳地帯の東端は、剣山地の最東端にあたる天神丸となり、その頂上からは剣山を望めます。北の端は祖谷・奥祖谷に繋がる矢筈山や鳥帽子山が並ぶラインが考えられます。これらの山々からも、遠くに剣山を望むことができます。

また、山岳地帯の西の端は剣山地の最西端にあたる天狗塚からさらに先の土佐矢筈山小桧曾山が境界になります。小桧曽山の周辺一帯は高知県との県境にも当たります。そして徳島山岳地帯の南側においては、唯一高い標高を誇る石立山(1708m)が南方の境界線となります。これら東西南北の境界線を囲む徳島山岳地帯の高山の頂上周辺には、ミヤマクマザサが群生しています。

ミヤマクマザサが群生する山々の共通点

徳島の山岳地帯で標高1600m以上を有数する山々をすべて登頂し、ミヤマクマザサの群生がどのように広がっているかを調査しました。その結果を地図上に緑色で記しています。

四国山岳地帯のミヤマクマザサを参考に推測した邪馬台国のエリア
四国山岳地帯のミヤマクマザサを参考に推測した邪馬台国のエリア

山頂を覆うミヤマクマザサの不思議

徳島山岳地帯の高山頂上に広がるミヤマクマザサの群生は、自然にできたものではないと言われてきました。標高1600mを超える山頂近くのなだらかな斜面に、数百年、数千年とササ原を維持することは、自然現象では考えられないからです。山頂一帯のきれいなササ原は、時空を超えて維持され続け、それはあたかも自然の遷移が止められているようにも見受けられます。また、ササ原が山頂から稜線に沿ってのみ群生しているのも不思議です。自然の要因で発生したならば、ササ原は谷側にも群生し、山上にも森林が広がるはずです。何故、稜線と頂上だけにササが群生するのでしょうか。

山頂周辺から尾根伝いには、広範囲におよそ平坦なエリアが存在し、ミヤマクマザサの群生が均一して広がっていることにも注視する必要があります。ササ原が一帯を覆っているエリアの周辺では、岩場さえほとんど目にすることはありません。しかも倒木の様相もなく、過去に森林が存在した痕跡がまったく見当たらないのです。これは森林が意図的に排除された結果にも見えます。自然の風化作用だけで山岳地帯の頂上周辺が平坦になるとは考えづらく、山への火入れなど、人為的に山々の整地や維持が長年にわたり行われていたと推測されます。つまり剣山や天狗塚、三嶺の頂上などに広がる徳島山岳地帯のササ原は、山々が人為的に裸地化された結果と考えられるのです。

その背景には古代、剣山が山岳信仰の中心地となっていたことが絡んでいるようです。剣山は元伊勢御巡幸の時代より、神宝に絡む祭祀の場として、神領とみなされていました。剣山が重要視されていたことは、元伊勢御巡幸に結び付く御巡幸地のすべてが、一直線上に剣山とレイラインで結び付いていることからもわかります。それ故、山岳信仰の中心となった剣山は、その山頂周辺が祭祀場となっていたはずです。そして、剣山から波及して地域一帯の山々の頂上も整備され、山岳地帯の随所に集落ができたと推測されます。その説を後押しするのが、徳島山岳地帯の山々の山頂を覆うミヤマクマザサです。

ササ原に覆われた山々の共通点

徳島山岳地帯において、ミヤマクマザサが山頂に群生する標高1600m以上の高山には、いくつもの共通点があります。その実態と背景を探ることにより、これらの山々において古代、人の手によって山頂の木が伐採され、時には山に火がいれられて整備された可能性が見えてきます。

まず、剣山地の山脈にあるか、剣山から近い場所にあることが重要な共通点となります。剣山地の中で、剣山より最も遠い位置にあるのが最西端の小檜祖山です。そこまでの距離は21km少々です。北西方向にある祖谷・奥祖谷山地の寒峰や鳥帽子山まではおよそ18km、矢筈山までは14kmです。東方の天神丸に至っては剣山から7kmと近く、南方の石立山までの距離も8kmほどです。ササ原に覆われた山岳地帯の山々は、そのほとんどが剣山から20km圏内にあります。四国をはじめ、日本国内には標高1600mを超える山々は数多くありますが、剣山に近い徳島山岳の山々にだけ、何故か山頂がミヤマクマザサで覆われているのです。

次に、徳島山岳地帯の山々は、その頂上からの見晴らしが素晴らしいのが共通点です。剣山は地域の最高峰であり、当然ながらその頂上からは山々を見渡すことができます。また、山岳地帯周辺の標高が1600mを超える山々からは反対に、剣山や三嶺だけでなく、山岳地帯の山々の多くを望むことができます。古代、山頂から双方が互いにその存在を目線で確認しあえる視認性は極めて重要だったはずです。その見晴らしを可能にしたのが山頂周辺の伐採です。しかもその後にはミヤマクマザサが群生し、遠くから眺めると樹木に包まれた山々の濃い緑色とは一線を画した薄い緑色に見えます。つまり、頂上をササ原が覆うことにより、一目瞭然で山頂の位置を遠くから確認できるようになったのです。

また、徳島山岳地帯の山々は標高が1600mを超える高山でありながら、山頂から尾根伝いにかけ、およそ平坦な場所が随所に存在することも共通の特徴です。剣山や三嶺、天狗塚をはじめ、丸石、塔丸、丸笹山、赤帽子山など剣山地に並ぶ山々の多くは、頂上がなだらかなササ原で覆われています。また、北西方向の祖谷・奥祖谷に繋がる寒峰や鳥帽子山の山麓のように、頂上近くに平坦な土地が広がっているエリアも散見されます。これら徳島山岳地帯の山頂近くにある平坦な地には、古代、集落が存在した可能性があります。集落を造成するために樹木が伐採されたと想定すると、後世にてその跡地にミヤマクマザサの群生が広がった理由が見えてきます。それ故、徳島山岳地帯のササ原は、邪馬台国の時代、剣山に結び付く古代集落が存在したことを後世に証しているように思えます。

山頂のササ原が有効活用される事例

徳島山岳地帯の山頂に広がるミヤマクマザサのササ原の存在は、遠く離れた他の山からも確認できます。樹木の濃い緑色とは異なり、ササ原の色は薄緑色で目立つため、遠くから見ても一目でわかるのです。よって、山頂の場所をすぐに特定するのに役立ちます。それが功を奏したのでしょうか、徳島山岳地帯では東西南北の方向にある山の頂上がササ原になっている事例や、頂上からさらに先の一直線上に大切な山地が並んでいる事例が散見されます。つまるところ、ササ原の存在が、方角を確認することに用いられている可能性があるのです。果たして徳島山岳地帯のミヤマクマザサの群生とは、自然環境の中で山頂周辺の樹木が失われた結果でしょうか。それとも山の頂上や尾根伝いに人為的な策が講じられ、樹木が伐採された後に、ササ原となったのでしょうか。

剣山の南西に隣接する次郎笈が良い例です。次郎笈の頂上からは、北東方向のある剣山に向かって「馬の背」と呼ばれる美しいササ原の稜線を眺めることができます。東方を見渡すと近距離に槍戸山の頂上が目に入り、ミヤマクマザサのササ原が見えます。そのすぐ左側が真東に当たり、斜面が削られているように見えるのです。真東に当たる部分だけ樹木がなく、そこにササ原が広がっているのを確認できます。

次郎笈の真南を見てみると、小高い山の頂上がすぐ目につきます。名称もない小さな山ですが、樹木が伐採されたように頂上だけが禿山になっているのです。この事例では、明らかに人の手が入っているように見えます。つまるところ、真南の目印としてわかるように、山の頂上がきれいに整備されたと考えられます。

また、次郎笈の西方には、尾根伝いに遠くまで繋がっている美しい稜線が見えます。その先は遠くに三嶺や天狗塚、土佐矢筈山までをも目にすることができ、その景色は圧巻です。注目は次郎笈の頂上から2kmほど西方にある丸石のさらに先に見える高野瀬と言う尾根伝いの小高い場所です。尾根伝いに多少、折れ曲がっている角にあたるだけで、個別に名称が付くほどの特異な地勢ではないのに、高野瀬と呼ばれるようになりました。しかもその頂上にあたる場所だけが、なぜか樹木がなくササ原が覆っているのです。そして次郎笈と高野瀬を結ぶ一直線上の遠い先に土佐矢筈山が見えるのです。それは正に、次郎笈の頂上からピンポイントで土佐矢筈山がどこにあるかを示す目印になっています。次郎笈からササ原が覆う高野瀬の方角に目を向けるだけで、土佐矢筈山の場所を特定できるのです。果たしてこれが偶然と言えるでしょうか。徳島山岳地帯の山の頂上や尾根伝いにミヤマクマザサのササ原が人為的に作られた背景の一例を、次郎笈は物語っているようです。

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