伊弉諾尊が手にした十握剣
日本書紀によれば、十握剣と呼ばれる剣を最初に手にしたのは伊弉諾尊です。そして身に帯びた剣をもった伊弉諾尊は、自らの子である火の神、軻遇突智(カグツチ)を3つに斬り、そこからさらに神々が生まれたのです。その後、伊弉諾尊の十握剣がどうなったかは定かではありません。当初、スサノオが手にしていた十握剣は、父、伊弉諾尊から譲り受けた剣である可能性はありますが、その剣は天照大神により3つに打ち折られ、噛み砕かれて無くなったことから、スサノオが八岐大蛇を斬った際に用いた「蛇の麁正」とは別物です。
「十握剣」の言葉の意味は、束(ツカ)が長さの単位であり、中国では元来、握り拳の人差し指と小指の幅、もしくは一握りの幅で束の寸法が定められ、おそらく8cmから10cm程度であることから、「トツカ」は1m弱の長さと考えられます。日本書紀には十握剣だけでなく、九握剣、八握剣という名称も使われていることから、「ツカ」という言葉が長さの単位として用いられていたことがわかります。
「トツカ」はヘブライ語?
一般的には剣の長さを測る言葉として知られる十握剣ですが、「トツカ」と発音されるこの言葉の語源はヘブライ語であり、元来は別の意味を持つ言葉であったと考えられます。ヘブライ語にはתותחן(totkhan、トトゥカン)という言葉があり、TOTUKAという発音に聞こえます。砲手、射撃手、砲兵を意味するこの言葉は、戦場で敵に向かって打撃を与える役目を担う勇士を指します。「トツカ剣」とは単に当て字から解することのできる剣の長さだけでなく、敵を斬る戦士の意味を持つ言葉だったのです。
史書の随所で十握剣が用いられる場面では、必然的に戦いや斬殺のシーンが多く含まれています。それゆえ、伊弉諾尊が軻遇突智を斬る時や、スサノオが八岐大蛇を斬殺する際にも十握剣が用いられ、神武天皇の東征においては、建御雷神に由来する十握剣は敵対する土着の神々を一掃するほどの霊力を誇ったのです。
十握剣はヘブライ語で「戦士の剣」、「武士の剣」と解することができますが、その意味は歴史の中で見失われ、これまで十握剣以外のさまざまな名称でも呼ばれてきました。十握剣は古事記では「十拳剣」、日本書紀では「蛇の麁正」「韓鋤の剣」「天蠅斫」と記載され、「布都御魂」とも呼ばれています。また、古語拾遺には「天の羽羽斬」とも記載されています。ところが、これらの名前の意味はわかりづらい説明が多いようです。例えば「蛇の麁正」(おろちのあらまさ)の「麁正」は、「あら」が荒く、「まさ」は「まさかり」であり、それゆえ、大蛇を斬った「荒々しい剣」の意になるという説や、「麁正」の語源を、その読み方に類似点が見られる「韓鋤(からさひ)の剣」とし、朝鮮半島からもたらされた剣とする説もあります。いずれにしても、「韓」という漢字が含まれていることは、十握剣が韓に由来する刀である可能性が高いことを示唆しています。
布都御魂の神剣が「フツ」呼ばれた理由
布都御魂は物を切断する「フツ」という音が語源であるという見解もありますが、これも根拠に乏しいものです。刀に関連する「フツ」という名称は、漢字では経津、布都と書きますが、その語源はヘブライ語で説明することができます。「フツ」と発音する言葉はヘブライ語でהוצר(hootsar、フツァ)と書きます。その意味は、「宝物」です。銅や鉄を鋳て、金物で叩きながら、真っすぐに研がれた剣だからこそ、剣はヘブライ語で尊い宝を意味する「フツ」と呼ばれたのです。こうして古代の神剣は、経津、布都という名称で呼ばれるようになり、また、実際に剣が使われて人や獣が斬られるという力を象徴する場面に関わる際には、「フツ」が戦士の意味を持つ「十握」という名称にとって変えられ、「十握剣」の言葉が用いられたと考えられます。
古語拾遺に記載されている「天の羽羽斬」という名称も注目です。古事記では、「天之尾羽張」、「伊都之尾羽張」とも記載され、大蛇を天の恐ろしい神、天蠅として、その蛇を斫る剣の意味と解することができる「天蠅斫」と、その読みは同じです。どちらも「あまのははぎり」と読むことから、2つの名称は同じ語源を持つ可能性があります。古語では大蛇を羽羽(はは)と呼びます。よって「天の羽羽斬」とは、大蛇を斬る刀と解釈することができます。また、蠅も「はは」と読み、蠅の字は蛇の原型であり、中国語の発音も蛇と一緒であることから、「天蠅斫」の意味は「天の羽羽斬」と同じく、大蛇を斬る刀となります。
時と状況に応じて異なる名称が用いられたスサノオの十握剣でありますが、多様の霊力に満ちた宝の剣であったと考えられるだけに、多くの名称で親しまれていたとしても決して不思議ではありません。スサノオとスサノオの剣には、それだけの魅力が秘められていたと言えるでしょう。



