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2021/05/11

元貴乃花親方が語る相撲ユダヤ説の真相! 相撲の語源は果たしてヘブライ語に由来?

スッキリのTV番組で爆弾発言!

2018年11月27日に放映された日本テレビの情報番組「スッキリ」に元貴乃花親方の花田光司氏 (46) が生出演して、唐突に「相撲って日本語じゃない。ヘブライ語なんです」、「相撲は当て字で、日本語じゃないんですね。もともとシュモーというヘブライ語なんですね」と語ったことが物議を醸し、多くの波紋を呼んでいます。元親方は、相撲道そのものが西アジアに由来する格闘技であることから、日本古来のスポーツや武道としてのみ捉えるのではなく、むしろ世界に開かれた格闘技として位置づけることも大事であることが言いたかったと考えられます。だからこそ、「これからの世界の思想に役立てばいい」と語ったのではないでしょうか。

元大横綱が突然、ヘブライ語の話をし始め、相撲のルーツは実は日本ではないような話をする訳ですから、世間が混乱してしまうのも無理はありません。そもそもヘブライ語とは何でしょうか。ヘブライ語はイスラエルの言語として、古代よりユダヤ人によって使われてきました。相撲という言葉がもしヘブライ語であるとするならば、日本の先祖がイスラエルの民族、すなわちユダヤ人とつながっていたことを示唆することになり、日ユ同祖論に準じた主張になります。日ユ同祖論とは、古代、日本人の先祖はイスラエルから渡来し、日本文化のルーツの源をつくりあげ、同じ祖先を持つという前提から、古代史を再考する説です。その説に基づいて、誰もが日本語と思っていた相撲という言葉が、実は外来語であったと元大横綱が主張するわけですから、内心、穏やかではありません。

多くのメディアは、この親方の発言をとりあげ、オカルト化を懸念しています。果たして、元貴乃花親方はオカルトに洗脳されてしまったのでしょうか。それとも、相撲がヘブライ語である、という主張には確かな根拠があるのでしょうか。相撲という言葉、そして、相撲で使われる「はっけよいのこった」というかけ声のルーツを調べていくと、意外な結論にたどりつきます。

「相撲」の歴史を調べると。。

相撲という国技が一般的なスポーツと違う点は、相撲が単なる力士同士の組合いよる戦いではなく、その背景には日本固有の宗教文化に結び付く神道の神事や祭りが存在するということです。それゆえ、他のスポーツには例を見ない宗教的儀式が至るところに絡み、武道、武芸という側面をも持つ神事の色が濃いスポーツです。全国各地の神社で執り行われるお祭りの中には、奉納相撲と呼ばれる神事も少なくありません。よって、相撲という言葉の語源をたどるには、神道がその背景に潜んでいることを忘れてはならないのです。

古事記や日本書紀には相撲の起源と考えられる記述がいくつか見られます。葦原中国平定の際には、武甕槌神 (たけみかづち) と建御名方神 (たけみなかた) が取っ組み合いをして、後者が武甕槌神の腕を掴んで投げようとした伝説が記されています。これが最も古い相撲の取り組みという説があります。その後、垂仁天皇の時代では、ある日、天皇ご自身が武勇者の対決を見ることを欲し、野見宿禰 (のみすくね) と当麻蹶速 (たいまのけはや) が天覧相撲に取り組んだことが日本書紀に記されています。これが最古の相撲と一般的には考えられています。弥生時代では相撲の取り組みは農耕儀礼としても取り入れられ、農作物の収穫を占う祭りとして、いつしか天皇家の年中行事余興として用いられるようになったと考えられています。そして平安時代では宮中行事のひとつとして、節会相撲 (せちゑすまひ) が固有の格闘技として発達し、3世紀あまり続きました。

その後も相撲は武芸として独自の発展を遂げ、江戸時代では職業的要素を含む勧進相撲としても成り立つようになり、大相撲へと発展し、今日まで至っています。相撲は力比べの競技であることから、その表記としては力くらべの意味を持つ「角力」という漢字が使われるようにもなり、19世紀から20世紀初頭まで「すもう」の文字は、「角力」と表記されることもありました。

相撲の語源はヘブライ語か?

ではなぜ、1対1の取り組みを相撲 (すもう) と呼ぶようになったのでしょうか。相撲という呼び方の由来は定かではありません。相撲の競技は、2人の力士が1対1で組み合い、土俵の外に出すか、相手を倒すかにより勝敗が決まることから、一説によると、力や技を争うことを意味する「すまふ (争う) 」という言葉、もしくはその連用形である「すまひ」が変化して「すもう」になったようです。平安時代では、すでに知名抄の中に「相撲須末比」と記述され、古代では「すまひ」に近い発音で呼ばれていたと考えられていたことからしても、信ぴょう性は高まります。

その一般的な考え方に反して、相撲という言葉はヘブライ語であると元貴乃花親方が公言されたからには、きっとそれなりの根拠があるはずです。早速検証してみましょう。親方は相撲という言葉は、「もともとシュモーというヘブライ語」であると断言しました。「シュモー」はヘブライ語でשמו(Shumo、シュモー) と書きます。שמ(shem、シェム) は名前を意味し、語尾にוを付けると「彼の名前」という言葉になります。なぜ、「彼の名前」が相撲に関連する言葉として用いられているのでしょうか。その答えは旧約聖書から見出すことができます。

ヤコブと天の御使いとの格闘

旧約聖書の創世記第32章には、イスラエル民族三大父祖のひとりであるヤコブが、天の御使いと夜明けまで、暗闇の中で取っ組み合いの格闘をしたことが書かれています。夜、川沿いに一人残されたヤコブは、突如として暗闇に現れた神の使いと組打ちをし、夜明けまで格闘したのです。そして神の使いはヤコブを打ち負かすことができず、力を争って勝利したヤコブに対し、「イスラエル」という新しい名前を与えたのです。その際、ヤコブは「わたしは顔と顔をあわせて神を見たが、なお生きている」と驚嘆し、感謝を捧げました。この格闘の結末こそ、イスラエルが神の選民となったことの証であり、それはイスラエル国家のはじまりをも意味していました。

この一連のストーリーの中で注目すべき点は、格闘する2人の会話です。2人は互いに、「あなたの名は?」と、まず名前を聞き合ったのです。まさにそれは、武士が相手に対して、「名をなのれ!」と叫ぶ姿と一緒のように思えます。そして「あなたの名前は」と問われたヤコブが自分の名前を語り告げると、ヤコブの新しい名前、イスラエルが告げられました。ところがヤコブが御使いの名前を聞いても相手は答えてくれず、逆に「なぜ私の名前を聞くのですか」と言われてしまったのです。おそらく彼の名は神に直結するものであり、神聖な名前であったことでしょう。

ヤコブは決して「彼の名」を知ることがありませんでした。それでも結果として、その御使いと格闘して勝ったことからヤコブは祝福を受けた、というのが話の流れです。結局、その「彼の名」を、ヤコブは知ることができませんでした。それでも天の御使いとの格闘に勝ったことはヤコブの一生の思い出となりました。ヤコブにとって「彼の名」、すなわち「シュモー」こそ、まさに神の使いとの徹夜の取っ組み合いの象徴であり、一生忘れられない出来事として、いつまでも覚えられたことでしょう。

その「シュモー」という言葉はいつしか日本語では「スモー」と発音されるようになりました。イスラエル12部族の中でもエフライム族は、一説によると大陸より日本に渡来した主力の部族であったと言われています。そのエフライム族の言語の特徴は、「シュ」という言葉の発音がよくできず、「シュ」は「ス」と発音されていたことで知られています。もしかすると、エフライム族が多く渡来した日本では、その影響もあり、「シュモー」が「スモー」と発音されるようになったと推定されます。相撲がヘブライ語であるという説は、あながち、間違いではないようです。

「はっけよい」の意味は「やっつけるよ!」

相撲という言葉のルーツがヘブライ語であることを確信するには、「彼の名」が「シュモー」であるという説明だけでは、おそらく不十分でしょう。では、行事が大声で叫ぶ「はっけよいのこった」という言葉もヘブライ語で理解することができるでしょうか?日本語では意味が不可解なこの言葉が、もし、ヘブライ語で意味をなすとするならば、相撲競技のルーツにイスラエルの歴史が絡んでいるという説に関する信ぴょう性が増してきます。

これまで「はっけよいのこった」がヘブライ語であると主張してきた方々の多くは、「日本の中のユダヤ」を執筆された川守田英二氏の説を引用しています。川守田氏によると、「はっけー」 (HKH NKH) は、「汝撃つべし」、「よい」 (IHI IHI) は「やっつけろ」、そして「のこった」 (NKIT) は「汝撃ち破りぬ、相手を」を意味するとのことです。そして「のこった」と「はっけー」は同じ語根の「のけ」 (NKA NKH) からでている、としています。これらのコメントを参考にしながら、果たしてヘブライ語で意味を理解することができるのでしょうか。

「はっけよいのこった」がヘブライ語であると想定した場合、その発音どおり、「はっけ」「よい」「のこった」、という3つの言葉から形成されていることがわかります。まず「はっけ」は、ヘブライ語で「打つ」「やっつける」を意味するהכה(hikah、ヒカー) の進行形、הכאה(hakaah、ハカー) が語源です。そして進行形が用いられていることから、「打ち続ける」「やっつけている」、という意味になります。この点において、川守田氏が選択されたヘブライ語の子音文字、“HKH” (hikah、ヒカーの子音) 、の解釈は正しかったことになります。

次に「よい」の意味をヘブライ語でみると、川守田氏はヘブライ語の子音文字を“IHI”と記しましたが、それには2つの読み方があることに気が付きます。ヘブライ語の“H”には2種類の文字があるからです。まず、“H”をה(ヘー) と考えると、יהי(yohi、ヨヒ) になり、「そうなる」「そうする」「行われる」を意味します。すると、「やっつけている」を意味する「ハカー」と合わせて「ハカーヨヒ」となり、「やっつけるよ!」「打つよ!」という主旨の言葉になります。

2つ目の考え方は、“H”をח(ヘート) と想定し、יחי(yokhi、ヨヒ) と読むことです。この言葉は、「万歳!」「長生き」を意味します。すると「ハカーヨヒ」は、「やっつける!万歳!」「打つ!生きる!」となります。

相撲という格闘技の性質から考えると、行司が2人の力士を制して戦わせるにふさわしい言葉としては、「相手をやっつけて生きる!」「万歳!」という願いの思いも込められているような後者に分があるようにみえます。しかしながら、この後に続く「のこった」の一言には激しい意味が込められていたのです。よって、戦いの前に行司が叫ぶとするならば、「やっつけるよ!」「打つよ!」のように戦いが始まることを告知するシンプルな意味に捉えた方が、言葉のつながりがよりスムースになると考えられます。

「のこった」とは相手を「打ち倒す」こと!

続く「のこった」という言葉は、ヘブライ語で「打ち倒す」、「強打する」を意味するנכה(nakah、ナカ) がルート語の言葉と考えられます。その語尾に、二人称で男性の「あなた」「お前」を意味するאתה(atah、アター) を付けると、נכהאתה(nakahatah、ナカッター) となり、「お前を打ち倒す!」「お前を叩きのめす!」という、激しい戦いの言葉となるのです。

「はっけよい・のこった」もヘブライ語

「はっけよいのこった」の謎が、ヘブライ語で読むことにより解けてきたようです。「はっけよい」とは、相手を「やっつけるよ!」、という戦いの前に行司が語る激励の言葉だったのです。ヘブライ語でנכהאתה הכאה יהי(ハカーヨヒ・ナカッター) と書くこの言葉には、「やっつけるぞ!お前を打ち倒す!」という意味が込められていました。

よって、立ち合いの前に行司はまず、「 (相手を) やっつけるぞ!」「打ち負かすぞ!」と宣言します。直後、格闘が始まると、2人の力士に対して、「ナカッター」「ノコッター」と行司は叫び続けます。この言葉は、「お前を打ち倒す!」「お前を叩きのめす!」という戦闘の言葉であることから、行司はひたすら「相手を打ち倒せ!」と叫んでいたのです。

まとめ

これら一連の解釈で用いられているヘブライ語の意味は、辞書でも確認することができます。今日のデジタル時代においては、音声を伴う辞書機能を活用し、聞きながら発音を確認することもできます。デジタル辞書を用いてヘブライ語の発音も聞けるように、下記にリンクを貼っています。ぜひ、聞いてみてください。誰もが正に、「はっけよいのこった!」に聞こえる、と納得されることでしょう。

視聴נכהאתה הכאה יהי
「はっけよいのこった」をヘブライ語で朗読

元貴乃花親方がテレビで語られた、相撲はヘブライ語とする「シュモー」説は、あながち間違いではないようです。意外にも、「はっけよいのこった」をあっさりとヘブライ語で理解するこができたのです。よって、相撲という言葉のルーツが、ヘブライ語を用いるイスラエルにあると想定しても、もはや何の不思議もありません。しかも相撲の儀式は神道の神事と深く結びついており、神道という日本古来の宗教もイスラエルにつながっている可能性が指摘されていることから、相撲の背景にはイスラエルの歴史が絡んでいると考えて良いのではないでしょうか。https://www.historyjp.com/に掲載されている「日本とユダヤのハーモニー」を通じて、歴史の謎を、さらにひも解いていきます。

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中島尚彦

中島 尚彦

1957年東京生まれ。南カリフォルニア大学、ペンシルベニア大学ウォートン校、フラー神学大学院卒。音楽系ネット通販会社サウンドハウスの創業者。古代史と日本古来の歌、日ユ同祖論の研究に取り組むとともに、全国の霊峰を登山し、古代遺跡や磐座の調査に本腰を入れている。