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2021/05/21

岐阜音頭 「おばば唄」の囃子詞 「ヒュールリー」に秘められた愛の思いとは

「越冬つばめ」で歌われる“ヒュールリー”

歌手の森昌子さんが唄う名曲「越冬つばめ」には、“ヒュールリー”という有名なさびの折り返しがあり、その流れるようなメロディーの歌は、人々の心に深い感銘をもたらします。真冬の冷たい風が吹き抜ける“ヒュー”という風の音に、吹雪に打たれながらも寒さに必死に堪えて生きていく冬のツバメの姿が想いおこされ、それが女心のせつなさ、空しさというテーマにうまくブレンドしています。

作詞者が何故、つばめに絡む風の音を“ヒュールリー”と表現したかは定かではありません。“ヒュー”という風の音を口ずさんでいるうちに、メロディーと合い重なって“ヒュールリー”と語呂が変化したのでしょうか。その“ヒュールリー”という言葉に似た、はやし言葉を唄う民謡が、「おばば唄」または「おばば」とよばれている岐阜音頭です。

お祝いやお祭りで唄われる「おばば」民謡

岐阜の山岳地域と言えば、日本でも名高い霊山がある場所として有名です。その地域にある農村にて、“嫁のざいしょへ、孫抱きに”と唄い継がれてきた岐阜音頭の「おばば」は、古くから祝宴の唄、そして酒席をしめくくる打ち上げの唄として知られ、全国各地へと広まっていきました。

「おばば」の唄は、今日でも結婚式や子供の出産などのお祝いごと、家屋の竣工時、そしてお祭りの場など、人が集まる様々な場所で唄われています。

民謡「おばば」の発祥地は不明?

民謡「おばば」の発祥の地は、一般的に岐阜県の揖斐川町と伝えられています。今日の揖斐駅から2㎞ほど離れた場所にある「すものの木橋」そばには、「おばば唄」を記念する石碑が建てられています。そこには「民謡おばば発祥の地」と記されています。

「おばば」唄の歴史は、少なくとも戦国時代の1541年まで遡ります。当時、揖斐(いび)城主の姉がお寺へ嫁いだ時に初孫が誕生し、「おばばさまとなられた坊守が揖斐城へお祝いに訪れた際、笛や太鼓のお囃子で唄われた祝い唄」が、「おばば」と言い伝えられています。(上善明寺ゆかりの「おばば唄」) しかし、「おばば」に類似した歌詞の民謡が滋賀県や長野県、その他、全国各地に散在していることは、この唄がかなり古くから唄われていたことを示唆しています。よって本来の発祥地は不明とも言われています。いずれにしても、老婆の唄ではない、というのが定説になりつつあります。

たとえ発祥地は不明であっても、いつしか「おばば」は岐阜界隈の地域に限らず、愛知や紀伊半島、そして山陰や九州地方でも唄われるようになりました。それは岐阜の揖斐川や近隣の長良川などの治水工事に携わった職人らが、「おばば」の唄を故郷に持ち帰り、唄い続けたことにより広まったからと言われています。遠方各地で唄われる歌詞や囃子詞は、岐阜で唄われているものとは歌い方が大きく異なる場合も少なくありません。しかしながら言葉の流れは基本的に類似しているだけでなく、「孫を思う愛の歌」という共通のテーマにおいて、いずれの地域でも一致した理解を共有していることは、注目に値します。

「おばば」の歌詞と囃子詞

岐阜民謡「おばば」の歌詞はいくつかのバリエーションがありますが、元唄はおよそ以下のとおりです。

お婆々どこへ行きゃるナーアナー
お婆々どこへ行きゃるナー
三升樽(さんじょだる)さげて ソウラバエー
ヒュルヒュルヒュー ドンドンドン

嫁のざいしょへナーアナー
嫁のざいしょへナー
ささ孫抱きに ソウラバエー
ヒュルヒュルヒュー ドンドンドン

特筆すべきは、“ソウラバエー”、“ヒュルヒュー”という独特な囃子詞の響きです。

“ヒュルヒュー”の囃子詞には意味がある?

「おばば」唄の囃子詞は、どの地域でも基本的には変わらず、「ヒュルヒュルヒュー」であり、この詞は繰り返し唄われます。もしかして「越冬つばめ」の歌詞にある“ヒュールリー”は、この“ヒュルヒュル・・・”と唄う「おばば」民謡の囃子詞がベースにあるのではないかと、ふと考えてみました。

真相は定かではないものの、いずれにしてもこの詞は日本語では意味をなさないために、“ソーラバエー”と共に、この唄の主旨を不透明にすることに一役買っています。「おばば」で唄われる“ヒュル”の意味が解明できれば、“ヒュルヒュルヒュー”という囃子詞が使われはじめた理由が見えてくるだけでなく、それが「越冬つばめ」の“ヒュルリー”に結びついているかどうかもわかるかもしれません。

ごく一般的な見解としては、“ヒュル”“ヒュー”は風の音、もしくは木枯らしの音ではないかと言われています。しかし単なる風の音ならば、その語尾に“ルリー”を付けることは、いささか不自然です。燕のなき声という説もありますが、燕の声ならば“チュピチュピ”というような“チュ”が主たる音声になるはずなので、“チュールピー”と唄うならまだしも、“ヒュールリー”とはかけ離れているようです。また「長良川の清流に鳴く河鹿の声を模したもの」という見解もありますが、定かではありません。(服部克己 p.46)

選択肢が限られていることもあり、結果として笛や風の音に考えられがちな“ヒュル”という言葉ではありますが、もうひとつのオプションが残されていました。「おばば」の唄は孫への愛がテーマになっていますが、その考えを裏付けるかのごとく、“ヒュル”の囃子ことばには「愛」の意味が込められていたのです。そして“ヒュル”に続く他の囃子ことばを調べていくうちに、この「おばば」の唄は、その囃子ことばのいたる所に「愛」に通じる深い想いが秘められていたことがわかってきたのです。

「おばば」の意味はヘブライ語で「愛」

「おばば」が「愛の歌」である理由は、その歌の題名と囃子ことばを、ヘブライ語で読むことにより理解できます。まず題名の「おばば」ですが、これは老婆の読みではなく、「愛」を意味するאהבה(ahavah、アハバ) というヘブライ語が語源になっていると考えられます。発音も「おばば」「あはば」とほぼ同じであり、今日まで伝承されている「愛」のテーマとも一致しています。

“ソーラバエー”の意味もヘブライ語で解明

次に“ソーラバエー”をヘブライ語で読んでみましょう。“一人でいる”、“独奏者”を意味する言葉はסולן(solan、ソーラン) といいます。この“ソラン”が多少訛って“ソーラ”となったとしましょう。次に“バエー”は、「家」を指すבית(bayit、バイー) が語源と考えられることから、“バイー”が“バエー”と発音されるようになったと想定できます。すると、“ソーラバイー”“ソーラバエー”とは、「独奏者の家」、「一人奏でる家」を意味することになります。

”ヒュルヒュル”とは「愛する」?

最後に“ヒュルヒュル”もヘブライ語で解釈してみましょう。“ヒュルヒュル”に類似した発音を持つヘブライ語がהתאהב(hitahev、ヒータヘーブ) です。この言葉はヘブライ語で「愛する」「愛に陥る」、つまりFalling in Love を意味します。

“ヒュル”“ヒュルヒュル”は、この“深く愛する”という強い愛の思いを意味する“ヒータへーブ”が語源になっていると考えられます。この“ヒータへーブ”を早く口ずさむと、徐々に発音が訛り、時には“ヒータへーブ”“ヒータヒータ”が、“ヒュルヒュル”と聞こえてくるようです。

すると、唄の中で叫ばれる囃子ことばの“ソーラバエー”が、一人家で奏でる思いを言い表していることから、“一人、家で奏でながら愛する”“愛に陥りひとり家で奏する”、という意味になります。

つまり“ソーラバエー、ヒュルヒュル”とは、「ひとり家で奏でながら、愛しているよ、本当に愛しているよ!」と繰り返し囃子ことばをとおして唄っていたのです。

「おばば」は美しいラブソング

「おばば」は、愛する人をひたすら思うラブソングだったのです。唄のタイトル、「おばば」そのものがヘブライ語で愛を意味する言葉であるだけでなく、その囃子ことばには、一人家で唄いながら思いを寄せるという、深い愛の想いが込められていたのです。

もし「越冬つばめ」で歌われる“ヒュールリー”のルーツが「おばば」の“ヒュルヒュル”“ヒュルヒュー”に結び付いているならば、一見冷たい冬風の音を擬したこの言葉が、実は恋する人への熱烈な愛を歌う言葉であったことになります。永遠の名曲である「越冬つばめ」の風の音には、奥深い愛の想いが込められていたからこそ、その歌詞とメロディーは、いつまでも人々の心をゆさぶり、感動を与えているのではないでしょうか。

[文献目録]

  1. 上善明寺. 上善明寺ゆかりの民謡「おばば唄」
  2. 「民謡「おばば」の発祥と伝播」(服部克巳著 『聖徳学園女子短期大学紀要』第30集(1998年))
  3. 民謡「おばば」発祥の地. 2010年5月

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