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2022/09/20

邪馬台国の比定地とは 魏志倭人伝が証する地勢から渡航ルートを探る

邪馬台国の比定地についての諸説

邪馬台国の比定地については多くの説が存在し、その数は少なくとも数百に上るのではないかと言われています。中でも畿内説九州説に準ずる説を支持する学者は多く、九州説の中には、そこから邪馬台国が東方へ移動したという東遷説も含まれます。たった1つしかない史実に対して、これほどまでに見解が分かれ、長年にわたり議論が続けられているということは、それだけ注目を浴び続けている重要なトピックであるということに他なりません。

下記に、これら諸説が提唱する道程の概略を、一応の目安として地図にプロットしてみました。こうして一度にまとめてそれらの道のりを閲覧して見ると、九州や四国、近畿地方はもちろん、果ては日本海側や山陰、山陽地方を含む、ほぼ西日本全域を網羅していることから、いかに定説が存在しない状態であるかを窺い知ることができます。

比定地を検証する切り口

多種多様の提言がある背景には、邪馬台国の歴史が単に遠い昔の出来事ということだけでなく、魏志倭人伝など、限られた史書の記述しか頼れる文献がなく、それらの検証方法や解釈が定まらないことにあります。また、史書の内容を文面のままに解釈することは難しく、記載されている方位を始め、距離や里数なども実数ではない、と提唱する学者が少なくありません。

しかしながら前述したように、当時の学者らが習得していた古代の地理学や天文学は、現代人が想像するよりも優れたレベルに到達していた可能性が高く、そう簡単に「虚妄の数字」とか「無駄な議論」と一蹴できないでしょう。ましてやこれまでの議論は、想定される海や陸の渡航経路を実際に行き来した上での経験則に基づくものではなく、むしろ、紙面上での理論を展開しているだけにすぎない場合が多いように窺えます。

実際に各地を旅しながら、その風土を肌で感じるだけでなく、ときには小舟で海を渡り、潮や季節風の感覚を掴むことにより、これまでとは違った角度からさまざまなデータを検証し、新たなる閃きが生まれるかもしれません。そのため、今一度、膠着した議論をリセットして、新しい切り口から邪馬台国の場所を検証する必要があります。

「魏志倭人伝」に記載された地勢が手掛かり!

果たして、邪馬台国の地勢に関する「魏志倭人伝」の記述内容を、日本の海や山などの自然に照らし合わせながら、邪馬台国に辿り着くことができるのでしょうか。もし、史書の根底には古代中国の識者の英知が込められ、優れた文化に裏付けされた地理感と天文学知識による的確な記述がなされているとするならば、例え地図が添付されていなくとも、それらの情報を頼りに実際の地勢を見聞しながら、謎めいた古代の聖地に迫ることができるはずです。魏志倭人伝の情報を頼りに、一つずつ、邪馬台国への道のりを追っていきましょう。

邪馬台国への渡航ルート諸説
邪馬台国への渡航ルート諸説
中島尚彦

中島 尚彦

南カリフォルニア大学、ペンシルベニア大学ウォートン校、フラー神学大学院卒。音楽系ネット通販会社サウンドハウスの創業者。古代史と日本古来の歌、日ユ同祖論の研究に取り組むとともに、全国の霊峰を登山し、古代遺跡や磐座の調査に本腰を入れている。

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