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2024/07/25

7月17日が祇園祭にとって重要な理由 世界が注目する聖なる日に盛り上がる京都の祭り

祇園祭の山鉾巡行と神幸祭の開催日

祇園祭 山鉾巡行
祇園祭 山鉾巡行
例年7月になると、1か月という長い期間をとおして京都の祇園祭が開催されます。連日繰り広げられる祭のスケジュールの中で、大勢の観衆が集い、最も盛り上がりを見せる頂点の日が、前祭の山鉾巡行と神幸祭の神輿渡御が行われる7月17日です。7月には31日という日数がある中で、何故、17日が祭のピークになる日として選ばれたのでしょうか。

7月17日という日は、日本以外の諸外国においても重要な意味を持っている日です。世界の歴史を振り返りながら7月17日という日を見つめ直すと、特にイスラエル関連の歴史的イベントが、その日におきていることがわかります。それらのトピックに注視し、史実の詳細を検証することにより、7月17日という暦の重要性が見えてくるだけでなく、祇園祭との関係も浮かび上がってくるかもしれません。

7月17日はノアの箱舟による救いの日

ノアの箱舟がたどり着いたイメージ画像
ノアの箱舟がたどり着いたイメージ画像
旧約聖書の記述によると、7月17日は古代、大洪水に絡む重要な日となりました。創世記7章によると、洪水のきっかけとなった豪雨は当時の暦で2月17日より始まり、5ヶ月、すなわち150日間も続きました。突如として世界を襲った大洪水により人類は滅びかける寸前でしたが、その直前、ノアは自ら箱舟を造っていたことから、ノアの家族だけはその舟に乗って難を逃れることができたのです。

そして、とてつもない豪雨の最中、洪水にのまれることなく荒海の中をアララト山の頂上まで漂流し続け、舟が止まった日が17日です。その後、水が引いて地が乾き、一命をとりとめた家族全員は、再び陸地に降りることができ、九死に一生を得て救われたのです。それ故、7月17日はノア一族が救われたことを記念すべき日となりました。

7月17日は、人類の新しい歴史の始まりを示す重要な日でもあります。その人類の救いに関わる大切な記念日を、祇園祭でも重要な日として、同じ7月17日に盛大な祭りを開催しているのは、偶然の一致だったのでしょうか。

暦の違いと数字の並びの重要性

十戒の石板を破壊するモーセ
十戒の石板を破壊するモーセ
ノアが大洪水の難から逃れた救われた7月17日とは、今日使われているグレゴリオ暦の日とは異なります。何故なら古代、イスラエルでは宗教暦と旧暦と呼ばれる2つの主だった暦が存在し、いずれも年の始まりとなる新年が、今日の1月と異なるからです。宗教歴では1年の始まりが、グレゴリオ暦の3月下旬から4月上旬にあたります。また、旧暦では9月下旬から10月初旬を新年としています。

ノアの時代について記載されている創世記の暦については、時代があまりに古いことから、どちらの暦が用いられていたかは特定できないかもしれません。しかしながら旧約聖書出エジプト記には、モーセの時代以降は宗教暦が使われることがルール化されたことが記載されていることから、創世記の作者、もしくは編纂者がモーセとするならば、3月下旬から4月上旬を新年とする宗教暦が使われたと想定する方が無難と考えられます。その場合、大洪水から救われた7月17日とは、グレゴリオ暦の10月初旬にあたります。年の始まりが3月下旬から4月上旬となるからです。また、今日イスラエルで用いられているユダヤ暦、もしくは旧暦が用いられたとするならば、7月17日はおそらく4月上旬にあたることになります。

いずれにしても、ノアの箱舟について記載されている、山の頂上に舟がランディングした日、7月17日は、今日の日付とは異なります。ここで大切なことは、7と17という数字です。つまり、どの暦が使われたかを特定し、今日のグレゴリオ暦における日付を明確にすることよりも、それらの数字の並びに注視したうえで、さまざまな事象との関係性を見出し、何等かのメッセージをくみ取ることが重要と考えられるのです。例えば創世記においては17という数字が繰り返し登場します。それは、17という数字が何かしら大切なイベントの証であり、その数字がシンボルとしても用いられると想定するわけです。よって、その日がいつかという年月日を特定するよりも、その数字に結び付く歴史上の出来事と重要性を理解したうえで、後世に残されたメッセージの意味を察することが大事になると考えられます。

ノアの箱舟に結び付く祇園祭のテーマ

祇園祭 船鉾
祇園祭 船鉾
ノアの箱舟のストーリーと祇園祭の行事のテーマには、海と舟、そして人類の救いに関わる多くの接点が存在することからしても、意図的に月日の数字が並べられた可能性が見えてきます。結果として、7月17日という日が特別視されることになりました。それは年のはじめを1月とするグレゴリオ暦であっても、3月下旬から4月上旬とする宗教暦、もしくは秋口とするイスラエルの旧暦のいずれであっても、7月17日という月日が大事であり、その日の出来事が重要であることに変わりありません。

7月17日を大切な日とする事例は、ノアの箱舟と祇園祭に限らず、イスラエルの歴史においては出エジプトからイエスキリストの時代までいくつも存在します。それらは祇園祭と同様に、人々の救済というテーマにおいて、7月17日の暦をとおして繋がっていたのです。

7月17日に起きた古代の出来事の数々

7月17日を大切な日とする歴代の出来事をまとめてみました。その背景には、いずれも人々の救いがテーマとして存在します。よって、7月17日という日付が単なる偶然の一致ではないと考えられるのです。下記の中で記されている「ニサン」とは宗教暦における最初の月であり、グレゴリオ暦では3月下旬から4月を指します。

  1. 7月17日、ノアの箱舟がアララト山の頂上にランディングし、ノアと家族が洪水の難から救われた。
  2. イスラエルの民が長年にわたり奴隷となっていたエジプトから遂に脱出し、葦の海を渡ってエジプト軍の追手から救われた日も、ニサンの17日目であった。葦の海が割れて海を渡ることにより、7月17日は、エジプトにおける奴隷の日々から解放された日となる。
  3. エステル妃の時代、イスラエル民族をすべて処刑するという王の勅令が出された際、エステル妃はニサンの14日から16日までの3日間、断食をして祈りを捧げ、ニサンの17日、エステル妃が王に懇願した結果、イスラエル民族が処刑される勅令が取り消され、エステル妃の同族が全て救われる。
  4. ニサンの10日、復活祭直前の日曜日にイエスキリストは捕えられ、過ぎ越しの日となる14日に十字架に掛けられて処刑されます。そして3日後のニサン17日、イエスは死から蘇ったと伝えられ、人類の救いの象徴となりました。その後、人類の歴史は大きく変わることとなります。
  5. 出エジプト記12章には、ニサンの10日に穢れのない子羊が選ばれ、14日目に、過ぎ越しの祭りの犠牲として捧げられることが記されています。同様に、罪のために犠牲を捧げるという祭の儀式に並んで、同じニサンの日にイエス・キリストは死なれ、その3日後の17日に生き返ったことから、17日は救いに関わる大切な日となったのです。

ニサンの17日は、まさに人類の救いの日と言えます。その日、ノアの家族が救われて人類の新しい歴史がはじまり、イエスキリストが死から蘇っただけでなく、イスラエルの出エジプトや、エステル妃の懇願によるイスラエルの救いまでもが実現したのです。

7月17日をピークとする祇園祭の意味

祇園祭
祇園祭
7月に執り行われる祇園祭の関連祭事においては、10日目に神輿洗式(みこしあらいしき)と神事用水清祓式が行われます。10日という日取りが、清めの儀式に特化されていることがわかります。それから前祭、鉾建て、山建ての行事が続き、14日には、宵山と、屏風祭が開催され、祭が盛り上がります。そして16日には日和神楽、石見神楽が催され、3日後の17日には山鉾巡行、神幸祭、神輿渡御という祇園祭のハイライトを迎えます。

これら祇園祭における一連のイベントは、10日に子羊が選ばれ、14日に犠牲として捧げられというイスラエルの儀式に類似しています。そしてニサンの17日、政治暦における7月17日が、イエスキリストが死から蘇り、人類の歴史が大きく変わるというハイライトとなる日であるという点においても、祇園祭のピーク日と同じ日です。また、7月16日に催される祇園祭の神楽が「石見」と呼ばれるのは、イエスキリストの死後、女性たちがキリストの墓を見に行き、その石が動かされていたことを目撃したことを念頭に命名された言葉かもしれません。

祇園祭の一連の流れと古代イスラエルの宗教行事は、暦のうえで多くの類似点があります。祇園祭のルーツに古代イスラエルの歴史が絡んでいる可能性を、7月17日という日付から見出すことができます。

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