「さくら」の語源とは
四国の道 竹ヶ島の桜春になると桜の季節が訪れます。桜は日本の象徴でもあり、例年3月下旬から4月上旬にかけて、全国各地でお花見の会が催されます。桜の花弁が舞う光景を、誰もが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。また、桜は多くの歌にも登場します。それほどまでに庶民から親しまれている桜ですが、その「さくら」という名称の語源については、あまり知られていないようです。
言語学者の間では、「咲く」に「ら」という接尾語が足されて「さくら」となり、「咲いたような見事な花」の意味になったという説を支持する方が多いとされています。労働する意味の「作労」が転じたものとする説や、また、サクヤ姫、サキハヤ(咲光映)、サクル(裂)など、さまざまな文献に見られる、「さくら」に似た言葉が転化したとも言われています。そして、春になると訪れる稲の神である「さ」の神が憑依する座(くら)であることから、「さくら」になったという説もあります。
8世紀に編纂された日本書紀では、「さくら」は「桜」の漢字を用いて書かれており、帝の饗宴に関連する言葉としても使われていました。今日、「さくら」という言葉は一般的に、バラ科の落葉高木である桜の木を指して用いられています。
また、「さくら」という言葉は、露店などで仲間であることを隠して客のふりをしながら安価な商品を高値で買い、周囲の人々を誘導して高く買わせるという意味でも使われます。時には、演劇などで客のふりをして、拍手して応援するようなしぐさをする人を指すこともあります。しかし、なぜ、人を欺くことを表すために「さくら」という言葉が使われるようになったのでしょうか。その背景や言葉の由来は、これまで明確には解明されていません。
桜の花弁と「八重桜」
八重桜「桜」は、美しい花が咲く木の代表格です。花弁が多く、華やかに花を咲かせる桜は、季節が訪れると花弁が幾重にも重なり合って見えることから、「八重」という言葉でも表されるようになったと言われています。つまり、8枚の花弁が重なっていると思えるほど、無数の花が桜の木全体を覆うのです。そして、花弁が幾重にも重なる美しい花を咲かせる木であることから、いつしか「八重」に「桜」を合わせて「八重桜」という言葉が生まれたというのが、一般的な説明です。
桜の花弁は、基本的には5枚です。ところが、花弁の数が増え、中には何十枚もの花弁を持つ桜も存在し、それらは「八重桜」と呼ばれています。さらに、100枚以上の花弁を持つものもあり、これらも「八重桜」に含まれます。つまり、「八重桜」とは、単に花弁の枚数を表す言葉ではなく、多くの花弁が重なり合って咲く姿を指しています。
「八重桜」と呼ばれた歴史的背景
辞典などでは、「八重桜」は「万葉集」などで詠まれている日本の代表的な桜「ヤマザクラ」が変化したものと書かれています。「八重咲く」という表現もごく一般的に使われているように、「八重咲く桜」が省略されて「八重桜」となったという説もあります。いつ頃から八重咲くという言葉が使われたか定かではありません。しかし、12世紀後半に藤原定家が「新古今和歌集」にて「八重さく」及び「八重桜」を用いており、「いろは歌」の折句を文献として捉えるならば、これが「八重桜」の使用例として最古のものである可能性があります。
また、「八重桜」という言葉には、美しい花弁が幾重にも重なることによって何も見えなくなり、背景さえ全く見えず、すべてが隠されてしまう、というニュアンスも含まれているかもしれません。桜の花は、1年に一度季節が訪れると開花するものの、数週間も経たぬうちに風に吹かれて宙に舞いながら散り、姿を消してしまうからです。それゆえ、花弁によって隠され、やがて消えてしまうようなイメージが込められていたとも推察されます。
なぜ七重、九重でなく「八重」?
通常の桜は5弁の花を開きますが、なぜ花弁の数にかかわらず「八重桜」と呼ばれるようになったのでしょうか。何枚の花弁であっても、桜の花弁が景色一帯を埋めつくすという意味から、「八重」という一つの言葉で花弁の重なりを表現するようになったと考えても不思議ではありません。しかし、そうであれば、「七重桜」や「九重桜」でも良いはずです。また、「八重咲き」と言うことはあっても、「七重咲き」「九重咲き」とは言いません。桜の花弁が何枚重なっても、それらをすべて「八重」と言うようになった背景には何があるのでしょうか。
一説によると、中国の史書である「後漢書」には、「八方の果て」という言葉が使われています。「八方の果て」、つまり、先の先まで花弁が埋め尽くされることを表現するために、「八」を使うようになったと推察されます。しかし、それでは「ヤエ」と発音されるようになった理由を説明することができません。その一つとして注目されるのが、「八重」「ヤエ」の由来を、旧約聖書に登場するイスラエルの神、「ヤーウェー」と結び付けて捉える説です。
古語で読む「八重」は「ヤーヘ」
「いにしへの奈良の都の八重桜」
伊勢大輔「八重」の由来が「ヤーウェー」という神を意味するヘブライ語につながると考えられる理由は、「八重」「ヤエ」の発音そのものにあります。「八重」という言葉は元来、日本の古語では「ヤーヘ」と発音されていた点に注目する必要があります。源氏物語では、重なって生い茂るつる草のような葎(むぐら)を、「やへーむぐら」「八重葎」と記されていることから、当時の「八重」の読みは、「ヤエ」ではなく、「ヤーヘ」もしくは「ヤヘー」であったことがうかがえます。
古語における「八重」の読み、「ヤーヘ」とは正に、ヘブライの神「ヤーウェー」とよく似た音の響きを持っています。それは、ヘブライ語で「神」の名を表す子音から成るיהוה(yhwh)に、任意の母音を足した発音に限りなく近い言葉です。沖縄本島の近くに浮かぶ伊平屋島の北西部には「ヤヘー岩」という磐座が存在します。その岩が「ヤヘー」と呼ばれるようになったのも、神聖な岩を意味していたからかもしれません。
「八重桜」の「サクラ」もヘブライ語か?
八重桜の「八重」の語源が、ヘブライ語で神を意味する「ヤーウェー」であるとするならば、続く「さくら」という言葉も同様に、ヘブライ語で理解することができるのではないでしょうか。 「さくら」をヘブライ語で綴ると、שקר(sheker、シェケラ) となります。この言葉には、「隠す」「偽る」といった意味があり、日本語の「さくら」も、同様に「偽る」ことに関わる意味で用いられることがあります。例えば、商人が客を呼び寄せる際、仲間でありながら客を装って商品を買う者を「さくら」と呼びます。その言葉の背景には、正体を隠して偽るという意味のヘブライ語が存在していたのかもしれません。
「やえ」はヘブライ語で神と関わる言葉であり、「さくら」もヘブライ語で読み解けることから、「八重桜」には、神に関わる大切なメッセージが込められているとも考えられます。そして、桜の花弁が幾重にも重なるというモチーフは、神、または神聖なものが隠れて消え去ることを比喩的に表現するための手法であったと推測されます。「八重桜」の語源をヘブライ語の「ヤーヘ・シェケラ」と想定することにより、日本語の「さくら」という言葉に秘められていた本来の意味が浮かび上がってきます。
「八重桜」と「神隠し」から生まれた「さくらさくら」
日本語では、「八重」と「桜」を合わせた「八重桜」という言葉は、単に桜の花弁が幾重にも重なり合い、あたり一帯を埋め尽くして何も見えなくなる光景を指しています。しかし、「八重桜」の語源をヘブライ語の「ヤーヘ・シェケラ」と想定すると、「神隠し」、すなわち神が隠されて消えてしまうという意味も込められていたことになります。そして、その「さくら」という言葉を巧みに使って書き上げられた古代の歌が「さくらさくら」です。
日本人に広く知られている「さくらさくら」という古い歌は、元来、ヘブライ語で読み解けると考えられます。しかも、最初から最後まで一貫してヘブライ語で解釈できるだけでなく、歌詞のテーマが「神隠し」に結び付いていたのです。「八重桜」の語源がヘブライ語であると理解することにより、「さくらさくら」の歌詞だけでなく、その歌に込められた作者の思いについても読み解く手掛かりが見えてきます。
