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2026/07/07

「いろは歌」の作者は空海か? 五七五七七調の折句から浮かび上がる作者の真相

いろは歌の醍醐味

七字区切りに改行したいろは歌。
七字区切りに改行したいろは歌
古代日本のロマンに、私たちを不可思議な力で導いてくれるのが「いろは歌」です。日本人であれば、多くの人が幼い頃に一度は「いろは歌」を耳にしたことでしょう。また、一千年以上の時を経た今日でも、物事を整理する際には数字順と同様に「いろは順」が使われ、人々に親しまれている字母歌です。それにもかかわらず、不思議と最後まで正確に「いろは歌」を唱えられる人は少なくなっているのではないでしょうか。

「「いろは歌」は、日本古代史の真相を解明し、日本文化のルーツを再認識するための重要な鍵を持つ文献のひとつと言えます。この47文字から成り立つ字母歌は、日本語の表音文字をそれぞれ1度ずつ用いているだけでなく、見事に一貫した文脈を形成して、その中から幾つものメッセージを私たちに投げかけているのです。そして、その本質は暗号文にあり、そこに含まれている折句を解読することにより、作者の真意を新たな視点から読み解くことができます。「いろは歌」こそ、古代日本の謎を解く鍵となる驚異的な暗号文書と言えるでしょう。

「いろは歌」空海説の伝承

空海
空海
「いろは歌」は、日本が世界に誇る偉大な宗教家、空海空海(弘法大師) が平安時代に書いたものであると言い伝えられてきました。「いろは歌」に見られる二重、三重の意味を持つ言葉の構成や、仮名文字を1回のみ使って全体をまとめ上げた巧妙な文字配列は、まさに神業とも言えるものです。そのため、このような作品を生み出せるのは超人的な知性の持ち主である空海しかいないと考えられ、空海を作者と見立てることに何ら違和感はありません。

しかし近年では、その伝統的見解を否定し、空海著作説は間違いであるとする学説が多く見受けられるようになりました。そこで「いろは歌」を研究するにあたり、まずその著者について検証してみることにしました。

弘法大師こと空海(774~835)が 「いろは歌」の作者であると一般的に考えられてきた根拠としては、鎌倉時代末期の作品である「釈日本紀」、「源氏物語河海抄」(巻12)、「高谷日記」、「江談抄」(ゴウダンショウ)などの文献に、弘法大師が「いろは歌」を書いたことを示唆する記述が見られることが挙げられます。

また、空海を中心としながらも、共著した人物が複数存在するという説もあります。その根拠の一例として、護名という詩人が冒頭二句を書いたことが記されている「古今序註四」が挙げられます。また空海の師である勧操も著作に関わっていると唱える学者もいます。いずれにせよ、超人的な知識と知恵を必要とする「いろは歌」ですから、空海を中心として、周囲の学僧や詩人が推敲や編集に携わったと考えても何ら不思議はないでしょう。

空海説が否定される理由

柿本人麻呂(歌川国芳画)
柿本人麻呂(歌川国芳画)
しかし近年では、空海説を否定する見解が主流となっています。そして「いろは歌」に隠されている暗号文の解読を根拠に、そのメッセージを分析して作者を見出そうとする動きがあります。7×7の升目に「いろは歌」を配置すると現れる「咎無くて死す」という、怨念とも受け取れる折句を、作者自身の悲痛な思いを言い表しているという前提に立ち、その記述に該当する人物像から、「いろは歌」の作者を割り出そうとするわけです。

例えば、「いろは歌」と「万葉集」には多くの共通点があることから、「咎無くて死す」の言葉を、罪なくして死んだ「万葉集」に精通する詩人と結び付け、その編集者や作者を検討した結果、柿本人麻呂が候補として浮上しました。そのため、今日では柿本人麻呂説を支持する研究者も少なくありません。

その他にも、空海説を否定する根拠として、空海説を支持する文献は空海の死後250年以上を経て書かれたものであり、史料として信憑性に欠けているとか、空海の時代には区別されていたア行とヤ行の「エ」が「いろは歌」では区別されていないこと、また歌の句調が空海の時代のものにそぐわないなど、さまざまな理由が挙げられてきました。その結果、「いろは歌」を空海の作とする説は次第に影を潜め、現在では作者は空海ではなく、別の詩人が平安時代に書いたものであるという説が一般的になっています。しかしながら、これらの説も決定的な根拠に乏しく、推測の域を出ていないのというのが現状です。

「いろは歌」の句調は空海説を否定?

七五調四句を使った「いろは歌」
七五調四句を使った「いろは歌」
空海説が否定される主な理由のひとつが、「いろは歌」の句調です。空海の時代には五七調四句、または五七五七七調の短歌が一般的であったのに対し、「いろは歌」は和讃式七五調四句で校正されています。そのため、両者のリズムは大きく異なり、この時代的な違いを理由として、「いろは歌」の作者は空海ではないという結論に導く研究者が少なくありません。

「いろは歌」は、七五調四句による大変リズミカルな歌であり、その内容はごく一般的に「涅槃経」の教えを説いていると言われています。「色は匂へど散りぬるを」は諸行無常、「我が世誰ぞ常ならむ」は是正滅法、「有為の奥山今日越えて」は生滅滅己、そして「浅き夢見じ酔ひもせず」は寂滅為楽を表しているとされています。

確かに表面上は七五調の詩であり、インド文法を継承しつつ、涅槃の真理についてすべての表音文字を用いて説いた天才的な作品とも言えます。一見すると空海の時代の作品とは考えにくいようにも思われます。しかしながら、「いろは歌」の真相を捉え、その詩に込められている折句のメッセージを読み取ると、意外にもそこには七五調とは全く異なる句調の言葉が秘められていることがわかってきます。

「いろは歌」の折句は五七五七七調

「いろは歌」には折句とも呼ばれる暗号文が含まれています。そして一見すると七五調に読み取れる詩の背後には、別の句調による複数のメッセージが隠されていることから、それらの言葉にも目を留めなければ、作者の意を正しく理解することはできません。そしてその句調に着眼するならば、見解は一変します。表面上は七五調四句に見える「いろは歌」も、実はその暗号文においては、空海の時代において主流となっていた五七互七七調の短歌としてまとめられていたのです。

「いろは歌」のメッセージの真髄は、むしろ折句の方に含まれていると考えられることから、空海の時代の作品であると考えた方が自然です。つまり、空海の時代に普及していた歌謡と、「いろは歌」の句調は著しく異なることから、「いろは歌」は空海の作ではないという見解は、そこに含まれている折句を見落としたがための結論であった可能性があります。「いろは歌」の折句は五七五七七調の短歌となっていることからしても、空海の時代に書かれた歌と考えられます。したがって、「いろは歌」の作者が空海であるという古くからの伝承が裏付けられることにもなり得るのです。

信仰メッセージから想定される人物像

いろは唄に隠されたメッセージの謎とは
「いろは歌」に隠されたメッセージの謎とは
「いろは歌」の作者が空海であると考えられるもうひとつの大事な理由が、その折句に含まれているメッセージの内容です。この折句に含まれる宗教観には明らかに大陸文化とキリスト教の影響が色濃く反映されているように思われます。そうした背景を踏まえると、当時遣唐使として中国に渡り、ネストリウス派のキリスト教を学び、帰国後に密教を布教した空海以外、「いろは歌」の作者として該当する人物は見当たらないと考えられます。

「いろは歌」を七五調にしたがって7×7の升目整然と配置すると、四隅のうち三つの角と一番下段の列から、二つの中心的メッセージが含まれていることに気が付きます。それは「イエス」と「トガナクテシス」という、キリスト教の影響を受けたとも思える折句です。

そのほかにも、「いろは歌」には、「いちよらやあゑ」「みこいれり」「いはほとなて」など、複数の折句が含まれています。そこには旧約・新約聖書に記されるヤーウェーの神、そしてキリストへの信仰告白と理解できる文脈が息づいているのです。しかもそれらの折句は続けて読むと、一首の五七五七七調の短歌として美しくまとめられているのです。

「いちよらや、やゑさけヰつわ、とかなくて、しすみこいれり、いはほとなて」

これは、神隠しのごとく、神の御子イエスが咎なくして入滅し、巌となったことを詠んでいると考えられます。このような内容から、「いろは歌」の著者とは、平安初期当時、まだ日本国には伝わっていなかったとされるキリスト教や、聖書の教えを何らかの形で知り得た人物であったと推測できます。これらの諸条件から浮かび上がってくる作者の人物像は明確です。弘法大師こと空海こそ、「いろは歌」の作者と想定されます。

「いろは歌」が考案された目的とは

7~8世紀頃の中国でのネストリウス派の祭礼
7~8世紀頃の中国でのネストリウス派の祭礼
信仰の奥義を学ぶため中国に旅立った空海は、そこで当時キリスト教の一派であるネストリウス派の教義に触れる機会に恵まれ、聖書を学んできたことは周知の事実です。そこで悟った教えを折句として字母歌にまとめたのが「いろは歌」と考えられます。

この「いろは歌」を唱えることにより、人々が知らず知らずのうちに信仰告白を口にすることになります。こうして庶民は空海の意図した信仰の奥義に触れ、神の恵みを授かることを、「いろは歌」を通して自然に願い求めるようになったのではないでしょうか。

信仰に関わる大切な真理を、わずか47文字から成る字母歌の折句に織り込むことは、並外れた知恵と構想力がなければ成し得ません。。それを実現したのが空海の英知であり、「いろは歌」はその結晶であると言えます。数多くの伝承が証してきたとおり、この「いろは歌」こそ、偉大な詩人であり宗教家でもあった空海の作品であると考えられるのです。

コメント
  1. 井上千寿代 より:

    感動しています。

  2. 夏希 より:

    かくしメッセージがあると知っていますか

  3. 夏希 より:

    とかなくて死すとゆうメッセージを知っていますか

  4. 悪夢 より:

    咎無くて死すと言う隠しメッセージをsukurittiで死りました。あ…。し、知りました。

  5. ゆう より:

    いろは歌は元々万葉仮名で書かれていたものですから、それ込みの考察も聞きたいところです。当時の口語文語も含めてどうだったのかなども。。。

  6. オオツボ サトシ より:

    凄く感動していますし、ここまで解明されたことに感謝しています。この歌をカナ使いの歴史から見ていくと迷路に落ち込むだけなので、切り離す必要があると考えます。こじつけだと言われるかもしれませんが、作者が空海だと判断できるかもしれないこんな推理はどうでしょうか? 上段左から2行目ーア と1行目6段ーへを繋いだ斜め直線上は、アマウソヲへになります。空海の幼名は真魚maoマヲです。アマウソヲヘを意味が通るように組み合わせると、ソへアウマヲ(添え合う真魚)になります。意味は、この歌に添え書きをする、あるいは咎なくしてみまかられた神の子イエスへの同情と崇敬に心を添える、わたくしの名は真魚です。
     しかも真魚に含まれる魚はキリスト教の重要なシンボルだそうですから不思議です。ですがまだその先があって、表中ヲを一つ飛んで最下段カに行きつき、そのまま左へ一つ飛びに二つ行くと、クスとなり、3文字でカクス(隠す)となり 全体では 「添え合う眞魚隠す」。さらに、言うなら、「真魚の名(を)隠す」だったらもっといいでしょうが、変則飛びですが繋げられないことはないです。以上ですが、ただの戯れ事で、いろは歌が空海の作であることの証明にはならないでしょうが、何かの参考にして頂ければ幸いです。

  7. やまと より:

    上段ーいっちょらやはえ
    下段ーとかなくてしす
    意味
    上段―最高の神ヤハエのみ教え
    下段―説法せずこの世を去る

  8. 原直子 より:

    80才で初めていろは歌の偉大さと謎めいた、ロマンを感じる事が出来た❕

    知的な好奇心を揺すぶる。

    昔の日本人の叡智に脱帽です。😂

    死ぬまでに知る事が出来てシアワセ❗

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