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2021/12/01

日本の民謡と囃子詞の考察 歴史に刻まれてきた囃子詞の不思議な力とは

日本の民謡とは

日本の民謡が唄われてきた背景は様々です。ごく一般的には祭りの音頭が有名ですが、民謡の中には子守歌や童歌、騒ぎ唄、舟歌、甚句、追分、そして盆踊りの唄など、多くの種類があります。民謡は地域の活性化に不可欠な祭りの文化を盛り上げるだけでなく、大衆の生活に密着した日本特有の文化として、長年にわたり親しまれてきたのです。

民謡は時に仕事唄として、漁師や炭鉱で働く人々などの職業集団に関わる人達が、互いを励ますために口ずさんでいるうちに、唄の形となっていくこともありました。そして子供たちの間でも、多くの童歌は覚えられ、学校教育の現場でも歌われるようになりました。民謡とは、地域の人々の思いや情熱を反映しながら、いつしか音楽の形になって残された証の結晶ともいえます。

囃子詞が用いられた背景

日本独特の伝統的な民謡では、唄われる歌詞の合間に囃子詞が盛り込まれることが少なくありません。囃子詞は誰がいつ創作し、どのようにして民謡の歌詞に盛り込まれていくようになったかは定かではありません。今日の日本語では意味のなさない詞がほとんどだけに、その起源を辿ることはむずかしいようです。

そのような不透明な背景をもつ囃子詞ですが、不思議と日本の文化に土着し、多くの人々が口ずさんできたのです。そしてリズムにのって体を動かしながら、声高らかに唄い叫ぶ囃子詞は、いつしか祭りの雰囲気を盛り上げるために必要不可欠な要素にもなりました。囃子詞とは単なる掛け声の連続ではありません。そこには民謡全体の流れの中に心に響く強弱感を盛り込みながら、民衆がひとつ心となって歌全体を引き立たせるための不思議な働きがあります。そして囃子詞の語呂は上手に組み合わされながら、旋律的なインパクトを与え、民衆の心に残る言葉とメロディーとして、広く親しまれるように創作されているのです。

だからこそ、みんなが一体となって参加する地域の祭りでは、囃子詞が重宝されてきたのではないでしょうか。実際、民謡が歴史に名を残し、今日まで忘れ去られることなく唄われ続けてきた背景の一つには、日本の伝統的な祭りの中で唄われてきた囃子詞の存在があることを見逃せません。例年全国各地で開催される祭りに大勢の民が集い、共にみんなで祝うことが大切に考えられてきたからこそ、一緒になって掛け声のごとく囃子詞を高らかに唄うことにより、祭りを祝う人々の心は高揚してきたのです。こうして囃子詞とそのメロディーは人々の心に刻まれ、いつまでも忘れられることなく伝承されてきました。

人々の心を一つにする力が囃子詞にはあります。お祭りや盆踊りに限らず、さまざまな場面で囃子詞は大衆の心に元気を与えるために用いられてきました。炭鉱では仕事唄の中に囃子詞が盛り込まれ、漁師仲間においては舟歌にも囃子詞が多用されています。また、子供たちに教え聴かせる童歌においても囃子詞が挿入され、たとえ日本語では意味がわからなくても、日本の伝統文化の一面として誰もが唄ってきたのです。

ヘブライ語で解き明かされる囃子詞

古くから伝承され、今日まで唄われ続けてきた囃子詞の多くは、日本語では意味を理解することができませんが、ヘブライ語で読めるものが少なくないことがわかってきました。ごく普通に囃子詞の発音をヘブライ語に当てはめるだけで、今まで不可解だった言葉の意味を理解することができるのです。囃子詞の多くは、実は無意味な言葉の連鎖ではなく、何かしら大切な意味が込められていたのです。

無論、囃子詞の中には最初から日本語で綴られているものもあり、また、ヘブライ語のように聞こえても実は、日本語が訛ったものである事例もあります。しかし、明らかにヘブライ語ルーツと考えられる囃子詞も多数存在することに注視することが大事です。

古来よりヘブライ語ルーツをもつ多数の囃子詞は、日本の民謡に積極的に取り入れられてきました。しかし時が経つにつれ、いつしか囃子詞の意味が不透明になってしまいました。それでも民謡の中核となる大切な歌詞の一部として唄われ続けてきたのです。それは元来、何等かの貴重なメッセージが囃子詞に込められていたからではないでしょうか。それ故、囃子詞は先祖代々唄われ続け、忘れ去られることなく大切に伝承されてきたのです。こうして流暢な抑揚を持つ囃子詞は、たとえその意味がわからなくなっても、その掛け声の連鎖は人々の心に刻まれ続け、歴史に名を残す著名な民謡の大切な一部分として残されてきました。

日本の文化に息吹くユダヤの英知

囃子詞には、民謡の歌詞の主旨に沿った、民衆の精神を高揚させる大切なメッセージが、原語であるヘブライ語に込められているからこそ、その言葉が民衆の心の中に響きわたり、魂の叫びとして後世にまで伝えられていきたと考えられます。だからこそ、不思議と今日まで、日本人は長い年月の間、意味不明のまま民謡の囃子詞を唄い続けてきても、それがごく自然に感じとられたのでしょう。

囃子詞の不思議とは、たとえ日本語では意味がわからない囃子詞が不可解な掛け声の連鎖のように聞こえたとしても、唄の中で上手に活用することにより、これらの民謡が不思議と日本人の心に溶け込みやすいように仕立てあげられ、自然に受け入れられてきたということです。そのヘブライ語の言葉の響きと意味は、これまで公にされることはありませんでしたが、それでも日本人の心の中に知らぬ内に、復唱し続けながら継承していく力を与えてきたのです。これは日本人のうちにユダヤ文化が今でも息吹いている証とも言えます。

ヘブライ語ルーツを持つ囃子詞は、すでに日本人の心に根付いており、その言葉の響きに耳を傾けるだけで、誰しも魂の故郷を感じないではいられないような思いに浸ってしまう…それが囃子詞の不思議でもあります。

中島尚彦

中島 尚彦

南カリフォルニア大学、ペンシルベニア大学ウォートン校、フラー神学大学院卒。音楽系ネット通販会社サウンドハウスの創業者。古代史と日本古来の歌、日ユ同祖論の研究に取り組むとともに、全国の霊峰を登山し、古代遺跡や磐座の調査に本腰を入れている。

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