囃子詞とは
日本の民謡や歌謡などの音楽において、唄の出だしや途中に挿入され、唄全体を盛り上げて活気づけることばを、囃子詞といいます。囃子詞を取り入れることで、唄の調子が整い、抑揚がつくため、人々の気もちを高揚させる役割を果たします。それが「舞を助ける声」とも言われる所以です。囃子詞の「はやし」とは、栄えさせる、盛り立てるという意味の「はやす」に由来することから、「はやしことば」と呼ばれるようになったという説もあります。
「囃子詞」とは、「歌う本人が唱える(あるいは歌う)こともあるが,一般には第三者(複数の場合もある)が唱えることが多い」(世界大百科事典第2版)のが特徴です。そして囃子詞を多用する民謡においては、唄の中に挿入された囃子詞の抑揚やメロディーが特に印象に残りやすいことから、いつしか「ソーラン節」のように、囃子詞がそのまま曲名となったものもあります。
囃子詞を積極的に用いることにより、唄全体が引き立つことはよく知られています。これらの囃子詞は、唄を盛り上げて人々の心を高揚させる重要な役割を果たしてきました。そして、民謡のメロディーや節にうまく合致した囃子詞が挿入されることにより、唄全体が人々の心に残り、いつしか時代を超えて人々に歌い継がれるようになったのです。
囃子詞には意味がない?
「日本国語大辞典」によると、囃子詞とは「意味のないことば」とされています。つまり、日本語として明確な意味を持たない一種の掛け声のような言葉を唄の合間に挿入することにより、唄全体の雰囲気を盛り上げ、音頭をとる役割を果たしているということになります。
これまでの定説では、囃子詞には意味がなく、単なる無意味な言葉の連鎖や寄せ集めのように考えられてきました。しかし、全国各地で唄われる民謡やさまざまな音頭、唄の中で使われている囃子詞を検証すると、そのすべてに意味がないとは一概に言えないことがわかってきます。「新明解国語辞典」には「意味のわからないものが多い」と記載されており、囃子詞の中には、種子が明確にわかる言葉も含まれていることがうかがえます。
実際、囃子詞にはさまざまな種類があり、日本語として意味をなすものもあれば、外来語として、外国語で読むことで意味が通じると考えられるものも少なくありません。そのため、囃子詞を定義する際には、意味のない言葉と一蹴するのではなく、多角的な視点から検証したうえで、意味をもつ言葉であるかどうかを見極める必要があります。
囃子詞の種類
1. 日本語を流用した囃子詞
囃子詞を活用する目的は、唄そのものを高揚させ、大衆の心に響く言葉を誰もが口ずさめるようにすることです。したがって、意味のある日本語であってもメロディーの流れに合致し、抑揚に富み、心に残る面白さがあれば、囃子詞として用いることに何ら問題はありません。
「万歳節」の「バンザイ」という囃子詞は、まさに日本語そのものであり、「万歳」という言葉を囃子詞として効果的に活用した例と考えられます。また、「のんき節」で唄われる「はは、のんきだね」も、日本語をそのまま囃子詞に流用したものと考えられます。さらに、「ズンドコ節」と言われる海軍小唄では、命を懸けて戦地に赴いた兵士らの「どん底」の思いが囃子詞となり、「どん底」が多少訛って「ズンドコ」と唄われるようになったとも考えられます。
また、「はい」のような感動詞を囃子詞として用いることもあります。唄の中で「ハイハイ」と囃すことにより、詞に勢いをつけ、唄全体を盛り上げていくのです。このように、日常使われている言葉が囃子詞として取り入れられている例も少なくありません。
2. 諸説があり語源が不明な囃子詞
兵庫県の丹波地方を中心に唄われる「デカンショ節」の囃子詞は、その語源と由来に諸説があります。「デカルト」「カント」「ショーペンハワー」の三大哲学者の頭文字を取って並べたという説や、「ドッコイショ」が語源で、それが「デッコンショ」「デカンショ」に訛ったという説、また、今宵、飲み明かすことを意味することを「徹今宵(てっこんしょう)」が転じたという説、さらには「出稼ぎしよう」が「デカンショ」に訛ったという説など、さまざまです。しかし、いずれの説も定説に至っておらず、語源や由来がわからないまま現在に伝わっています。
また、「しょんがいな」という囃子詞についても、「そうかいな」「しょうがないな」などの語源説がありますが、これらも定説はありません。このように、多くの方が口ずさむ囃子詞であっても、その意味や語源が不透明なものは少なくありません。
3. そもそも意味のない囃子詞
囃子詞は唄を盛り上げるために、さまざまな言葉を取り入れ、人々の心に残る印象的な歌の世界を創り出します。例えば、岩手県の岩手山で唄われる「お山かけ三里」の「おやまかちゃんりん」という囃子詞は、お山かけしようとする人々が、山を登る際につけていた鈴の音の「ちゃんりん」が由来と伝えられています。「チャンリン」という鈴の音に合わせ、特別な意味を持たなくても、いつしか囃子詞に取り入れられ、その心地良い言葉の響きと抑揚とともに、人々の心に残るメロディーとなったのです。
明治時代に流行した演歌の囃子詞である「オッペケペー」も、意味のない言葉として知られています。心に響く面白さ、可笑しさ、楽しさがあり、さらに、その発音やイントネーションが独特であることから、囃子詞として活用されたものと考えられます。このように、明確な意味を持たない言葉であっても、音の響きやリズムそのものが魅力となり、囃子詞として用いられる例があります。
4. 外来語の囃子詞
囃子詞の多くは、その語源がヘブライ語を中心とする西アジアの言語にあるという説もあります。そのため、ヘブライ語として読むことにより、意味を理解することができるものが少なくないとする見方があります。ここでは、いくつかの事例を挙げてみましょう。
「アラヨ」とは、何かの拍子に発する詞であることから、囃子詞にも多用されています。西アジア圏において「アラ」は「神」を指し、「ヨ」も「神」を意味することから、「アラヨ」とは「アラの神」を意味すると解釈できます。「ヨイサ」「ヨイショ」という誰もが耳にする囃子詞についても、「ヨ」が「神」、「イサ」は「救い」または「キリスト」の意であることから、発音のまま「神の救い」、「神キリスト」という言葉として理解できます。
「コリャ」という囃子詞もよく耳にします。「コリャコリャ」と繰り返し唄うことにより、唄全体の雰囲気が一気に盛り上がります。この「コリャ」という言葉については、ヘブライ語で「声」を意味する「コル」と、「神」を意味する「ヤ」という二つの言葉が合わさったものであり、「神の声」という意味になると解釈できます。
また、「サッサ」「サンサ」というフレーズは、囃子詞だけでなく、民謡の題名にも用いられています。「ササ」とは「喜ぶ」ことを意味するヘブライ語であることから、「サッサ」の語源になったと想定されます。だからこそ、これらの民謡では「サッサ」と声を合わせながら喜びを表現しているのでしょう。
さらに、力を入れて何かをするときの掛け声として誰もが知る「ドッコイショ」という言葉もヘブライ語にルーツがあります。「ドケ」には「押しのける」という意味とともに「終わりが早くくる」、というニュアンスも秘められています。また「イシュ」は「神の救い」を意味することから、二つの言葉が合わさった「ドケイシュ」は、「神の救いを押しのけてまで得る」、すなわち、「神の救いよ、今すぐに!」という思いが込められた言葉だったと解釈できます。
特筆すべきは、「エンヤ―」という囃子詞です。「エンヤ」はヘブライ語で「私と神」「私の神」を意味することから、神を讃える祭りで唄うのに相応しい言葉だと考えられます。したがって、「エンヤ」という言葉の響きをベースにした囃子詞は数多く存在し、大勢の人々に親しまれているものが少なくありません。以下に、その事例とヘブライ語の意味をまとめてみました。
ヘブライ語で解読できる「エンヤ」を含む囃子詞
| 「エンヤ―サー」 | (ソーラン節、閖上大漁祝唄) | 「私と神は行く!」 |
|---|---|---|
| 「エンヤ―ドット」 | (大漁唄い込み) | 「私の神、愛されている!」 |
| 「エンヤーコラヤ」 | (北海盆唄) | 「私の神、神の声!」 |
| 「エンヤラヤ」 | (祇園祭り) | 「私は神を讃える!」 |
囃子詞の意味をヘブライ語で解読できる民謡
「エンヤ」の事例からもわかるとおり、囃子詞の意味をヘブライ語で解読できる民謡は、全国に多数あり、多くの祭りや盆踊りで唄われています。ここでは、囃子詞がヘブライ語で解読できる事例を挙げます。
| 北海道 | 「ソーラン節」「大漁唄い込み」「出船音頭」 |
|---|---|
| 東北地方 | 「ナギャドヤラ」「嘉瀬の奴踊り」「秋田音頭」「閖上大漁祝唄」「荘内おばこ節」「塩釜甚句」「石投甚句」「南部アイヤ節」「さんさ時雨」「姉こもさ」「最上川舟唄」「相馬二遍返し」「会津磐梯山」 |
| 中部地方 | 「麦屋節」「といちんさ」「岩室甚句」「こきりこ節」「三国節」「木曽節」「伊那節」「安曇節」「おばば唄」 |
長年にわたり囃子詞を研究された川守田英二氏によると、上記のほかにも、ヘブライ語で意味を理解することができる囃子詞を含む民謡が全国各地に存在するとの説明が、著書「日本の中のユダヤ」に記載されています。それらの民謡には、以下のものが含まれます。
| 東北地方 | 青森「ヨサレ節」「アイヤ節」「ヤラサ節」 秋田「秋田甚句」 岩手「南部馬方節」 仙台「おいとこ節」 |
|---|---|
| 北陸地方 | 富山「さんさい節」 |
| 関東地方 | 栃木「足利小唄」 茨城「磯節」 千葉「木更津甚句」 |
| 中部地方 | 静岡「ノーエ節」 新潟「佐渡おけさ」「越後盆踊り」「米山甚句」 石川「山中節」 |
| 近畿地方 | 三重「伊勢音頭」「尾鷲節」 和歌山「串本節」 |
| 山陽・山陰地方 | 岡山「コチェエー節」 島根「安来節」 |
| 四国地方 | 高知「よさこい節」 |
| 九州地方 | 福岡「博多節」「炭坑節」 大分「別府温泉節」「(宇佐八幡)マツカセ踊り」 熊本「キンキラキン」 鹿児島「小原節」 |
囃子詞の総括
民謡や盆踊りなどで唄われる囃子詞の中には、意味を持つものが少なくありません。地域に密着した文化の象徴ともいえる全国各地の祭りで唄われる囃子詞は、一見すると意味がない言葉の羅列のように思われがちですが、その中には、日本語として意味を持つものだけでなく、ヘブライ語などの外来語として意味を成すと考えられる言葉も含まれているのです。
それらのヘブライ語に由来するとされる言葉が、どのような経緯をもって民謡の囃子詞として取り入れられるようになったかは定かではありません。これらの囃子詞は、古代から言い伝えられてきたものでしょうか。地域に土着した祭り文化とともに、世代を超えて伝承されてきたのでしょうか。それとも、作詞作曲者はヘブライ語を習得し、既に普及している囃子詞を参考に、類似した言葉の響きを持つ囃子詞を創作してきたのでしょうか。いずれにしても、民謡の囃子詞には、ヘブライ語として意味を持つと解釈できる言葉が多く存在するという点は注目に値します。
囃子詞の意味を解読し、民謡で唄われる歌詞の趣旨や意味合いを確かめることにより、古くから祭事として人々が祝い、唄い、歓喜のうちに時を過ごしてきた日本人の宗教文化や信仰心を垣間見ることができます。神社の創建を基軸とする宗教文化の開花、神への信仰心を表現するさまざまな祭りの文化、そして、その歓喜の場にて唄われてきた囃子詞の背景には、日本建国の歴史に深く関与したと考えられるイスラエルからの渡来者の存在が見え隠れしています。そうした視点に立つならば、多くの囃子詞はヘブライ語によって理解することができるのではないでしょうか。囃子詞の由来に関わる真相を見極めることにより、日本史のパンドラが開かれることになることを願ってやみません。


埴輪、ユダヤ人説、どう思いますか?
「最上川舟唄」のコメントにも記載しましたとおり、埴輪の中にはユダヤ系と思われるデザインをもつものが少なくないはずです。例えば、千葉県の風土記の丘にある巨大な古墳群は、藤原家の流れを汲むものと考えられています。このサイトでも解説しているように、藤原不比等の「ふひと」という名前はヘブライ語で逆読みすると「あなたは神」「神よ!」という意味になります。http://www.historyjp.com/article/364/ それゆえ、藤原一族の出自はイスラエルである可能性が高く、一族が関わった古墳群に関して言うならば、そこに収められた埴輪などの遺物がユダヤ系である可能性があります。