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2021/12/09

甲信越地方の山々に響く「伊那節」   祈りと祝福を唄う「あばよ」の囃子詞

伊那節の囃子詞「アバヨ」は「さようなら」の意味?

江戸時代、長野県の伊那地方で耕作されたお米を木曾に輸送する際、その道中で唄われたのが「御嶽山節」と呼ばれた民謡です。そして時が経つにつれて「御嶽山節」は伊那流の盆踊り唄として変化を遂げ、1908年頃には伊那節と呼ばれるようになりました。

伊那節では、「アバヨ」という囃子詞が唄われます。この掛け声のような囃子は、木曾の道中にて行き来する馬子らの挨拶に言葉のルーツがあるといわれています。

今日では「あばよ!」という言葉は「さようなら」を意味します。この言い回しは決して綺麗ではありません。むしろ、乱暴な言葉遣いとして受け止められることが多く、しかも「さようなら」を意味することから、一種の捨て台詞のような使い方になってしまいがちです。

そのような一見、下品な表現ともとられがちな「アバヨ」という言葉が、甲信越地方を代表する伊那節という民謡の囃子詞で用いられ、大勢の民が「アバヨ」と連呼するのです。よって「アバヨ」が「さようなら」を意味するようではいささか不自然であり、何か違う思いが込められていた可能性があります。はたして、何らかの言葉のからくりがあり、遠い昔から「アバヨ」は、別の意味で唄われていたのでしょうか。

「父なる神」を意味する伊那節の「アバヨ」

「アバヨ」の「アバ」は、ユダヤ教に言葉の起源があると考えられます。旧約聖書はヘブライ語と、その兄弟語であるアラム語で書かれています。そのアラム語で「父」を意味する言葉が、אבא(abba、アバ) であり、ヘブライ語でもほぼ同等の綴りであるאב(ab、アバ) と書きます。この「アバ」という言葉は祈りの言葉として知られ、神に祈り求める時、そして「父なる神!」と祈る時に使われる言葉です。

よってイエスキリストもオリブ山で地にひれ伏し祈った際、「アバ、父よ」と声をあげたのです(マルコ14章36節)また、使徒パウロもローマ人への手紙において、祈る時に「アバ、父よ」と神を呼ぶことの重要性について説明されています(ローマ書8章15節)。

日本に一番近いお隣の国、韓国では、「お父さん」のことをハングルで「アッパ」と言います。もしかすると、この「アッパ」も語源も聖書に書かれている「アバ」にあるのかもしれません。イスラエルからの渡来者の多くは、朝鮮半島を経由して日本に渡来してきたことから、朝鮮半島も古代、イスラエル文化の影響を強く受けたと想定されます。よって「アッパ」の語源がヘブライ語やアラム語であったとしても、何ら不思議はありません。

その「父よ」を意味する「アバ」に、「神」を指す「ヤ」、または「ヨ」という言葉を語尾に付け足すと、「アバヤ」、「アバヨ」になります。すると「父」と「神」が合わさり、「父なる神」を意味するようになります。その「アバヨ」というヘブライ語が引用され、伊那節の囃子詞になったと推測されます。よって伊那節の「アバヨ」とは、民謡の唄の中でひたすら「父なる神よ!」と祈り求める思いが込められた囃子詞と考えられるのです。

「アバヨ」が「さよなら」を意味するようになった経緯

では、元来「父なる神」を意味する「アバヨ」が何故、日本語では「さようなら」を意味する挨拶の言葉として用いられるようになったのでしょうか。その理由は、ユダヤ人の挨拶言葉から理解することができるかもしれません。

ユダヤ人の挨拶には、神に纏わる表現が用いられています。たとえば「こんにちは」は、ヘブライ語でשלום(shalom、シャローム) と言います。この言葉には従来、「平安」「調和」「繁栄」などの意味が込められています。それ故、「シャローム」と挨拶を交わすことにより、相手に対して「(神様からの)平安がありますように」という祈りの願いが含まれることになります。

また別れの際にも同様に「シャローム」という言葉を用いて、שלום(シャローム) またはהיה שלום(haya shalom、ハヤシャローム) と言います。「こんにちは」の「シャローム」と同様に、「神の平安がありますように」という意味で言葉を掛け合うことにより、人々の幸福を願うのです。ユダヤ人が挨拶する際に交わす言葉の背景には、常に神の存在があります。

その神とは「父なる神」のことです。だからこそユダヤ人が祈る時には「父なる神よ!」という呼び求めからはじまることが多く、イエスキリストも同様に、「父なる神よ」と祈ったのです。よって、「シャローム」「平安を!」という言葉には常に神の存在があり、「父なる神よ、平安を与えたまえ!」という意味が込められていたのです。

「シャローム」、「平安」とは「父なる神」への祈りでもあることから、その言葉の背景には常に「アバヤ」、すなわち「父なる神よ!」という祈り求める呼び名が込められていたのです。よって、「シャローム」とは、「アバヤ・シャローム」、「父なる神よ、平安を!」という祈りの言葉と理解することができます。

こうして別れる際に用いられてきた「シャローム」という言葉には、「アバヨ・シャローム」という祈りの意味が込められていたことから、「アバヨ」も挨拶の意味として使用されるようになったと考えられます。そしていつしか、「さようなら」を意味する言葉としても使われるようになったと推測されます。「父なる神よ!」「アバヨ」とは、いつも神に祈り求める思いを込めた言葉として、「シャローム」という挨拶の言葉に連なり、語られるようになったと思われます。その名残が、今日の現代語で使われている「アバヨ」、「さようなら」の意味につながっているのではないでしょうか。

伊那節

わしが心と 御岳山の
胸の氷は 胸の氷は いつとける
ア ソリャコイ アバヨ

胸の氷は 朝日でとける
娘島田は 娘島田は ねてとける
ア ソリャコイ アバヨ

伊那節の元唄となる「御嶽山節」より

伊那節

ハァー天竜下れば しぶきに濡れる
(ハオイヤ)
持たせやりたや 持たせやりたや 桧笠
(ハ ソリャコイ アバヨ)

正調伊那節より
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中島尚彦

中島 尚彦

南カリフォルニア大学、ペンシルベニア大学ウォートン校、フラー神学大学院卒。音楽系ネット通販会社サウンドハウスの創業者。古代史と日本古来の歌、日ユ同祖論の研究に取り組むとともに、全国の霊峰を登山し、古代遺跡や磐座の調査に本腰を入れている。

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