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2021/06/07

北海道民謡ソーラン節の歌詞と意味

ソーラン節の音頭と由来

ニシン漁の様子 (提供: 積丹町)
ニシン漁の様子 (提供: 積丹町)

北海道では古代から漁業が盛んでした。特に日本海側の沿岸地域においてはニシン漁が盛んであり、生活の糧を求めて各地から人が漁場に集まり、ニシンを追って網を引いたのです。

そして沖合で投げた網にかかった魚を全身の力を込めて汲み上げる時、拍子をとりながらみんなで唄ったのが、「ソーラン節」です。この唄は、「沖揚げ音頭」とも言われ、その中には「船漕ぎ音頭」や「綱起こし音頭」が含まれています。

そのメロディーの唄いやすさと掛け声の響きから、いつの間にか「ソーラン節」は、日本で最も有名な民謡として知られるまでになりました。

ソーラン節はヘブライ語の行進賛歌!

ソーラン節は日本人なら誰もが知っている北海道民謡です。ヤーレン・ソーランと始まり、繰り返し「ソーラン」と唄われるソーラン節は、脳裏にしっかりと残る優しい響きがあります。また唄の途中に「ドッコイショ」という掛け声も入ります。これは日常会話でもよく使われている言葉だけに、その軽快なメロディを口ずさんだことのある人は少なくありません。「チョイ ヤサエ エンヤンサー ノ・ドッコイショ…」、どこかで一度は聴いたことがある一節です。

しかしソーラン節の意味は不可解であり、今日では単なる掛け声の組み合わせにしか思われていないようです。実はソーラン節は元来、ヘブライ語の行進賛歌であり、そこには驚くほどわかりやすい意味が隠されていたのです。北海道民謡であるソーラン節は、ヘブライ語で歌詞の意味を理解することができます。「ヤーレン・ソーラン」と唄われる言葉には、「一人でも神に喜び歌う!」という意味が込められています。それは、一人で海を航海する漁師が、神に守られながら航海を続ける際に唄う、信仰の唄だったのです。また、その後に続く「チョイ・ヤサエ・エンヤン・サー」は、「まっすぐ目指す!」という意味のヘブライ語です。

古くから唄われてきた民謡の歌詞がヘブライ語で理解できるということは、少なくとも遠い昔、その地域に大陸からユダヤ民族が渡来して、日本文化の形成に一役を担った可能性が考えられます。また、ヘブライ語に精通している日本の学者が日本語とヘブライ語をブレンドした唄を書いたという可能性も否定できません。いずれにしても、古代から唄われてきた民謡の中には、ヘブライ語で書かれた歌詞が存在し、そのヘブライ文化の影響力は北海道だけに留まらず、日本全土に広がっていました。

「ヤーレン」の意味は「喜び歌う」

まず、繰り返し唄われる「ヤーレン」の歌詞に注目してみましょう。ヘブライ語には「歌う」「喜ぶ」を意味するרן (ran/ren, ラン/レン) という言葉があります。そこに神の「ヤ」を接頭語として付けると、יה רן(yahren、ヤーレン) となり、「神に喜び歌う」という意味になります。

また、ヘブライ語で「喜び歌う」を意味するרינן(rinen、リーネン) の未来形として、ירנן(yeranen、イェラネン) という言葉もあります。これは普通に発音すると「イェラネン」ですが、多少訛るだけで、「ヤーレン」とほぼ同等の発音に聴こえます。いずれにしても、「喜び歌う」ことを意味する「レン」が語源となっていることから、「神を喜び歌う」という意味に捉えることができます。

一人で唄う「ソーラン節」

次に「ソーラン」をヘブライ語で読んでみましょう。日本語の発音とまったく同じסולן(solan、ソラン) という言葉は、ソロシンガー、すなわち「一人の歌い手」を意味します。また、「ソーラン」はリーダー、船頭という意味でも使われる言葉です。ソーラン節で唄う「ソーラン」とは、船を漕ぐ船頭が一人、高らかに声をあげて唄う姿が歌詞の背景にあると考えられます。

すると「ヤーレン・ソーラン」はヘブライ語で「一人でも神に喜び歌う!」と解釈できます。だからこそ、ソーラン節の歌詞には「沖の鴎に潮時問えば、わたしゃ立つ鳥、波に聞け」というような孤独なイメージの節が含まれているのではないでしょうか。「ヤーレン・ソーラン」には、一人でも決して孤独ではなく、いつも神がそばにいる、だから喜び歌う、という強い思いが込められているようです。

「チョイ・ヤサエ・エンヤン・サー」の意味を解明

「ヤーレン・ソーラン」の後に続く「チョイ・ヤサエ・エンヤン・サー」も果たして、ヘブライ語で読むことができるでしょうか。「チョイ」の語源はヘブライ語で「ツォエド」、「ツォイ」と発音するצועד(tso‛ed、ツォエド) の可能性があります。この言葉は「行進する」、「前進する」の意味で使われます。

次に「ヤサエ・エンヤン・サー」はヘブライ語で読むと、「まっすぐ目指す!」「ストレートにそこに行くこと!」という意味になります。まずישר(yasar、ヤサー) は、「まっすぐ」を意味する言葉です。その後に続く「エンヤン」は「~について」「関心」「課題」を意味するענין(inyan、インヤン) です。また、「サー」は「行く」を意味するסע(sa、サー) が語源と考えられます。この3つの言葉を合わせるとסע ישר ענין(yasar inyan sa、ヤサー・インヤン・サー) となり、発音もほぼ「ヤサエ・エンヤン・サー」と同じです。それは、「まっすぐに行くこと」の課題を意味します。

すると、「チョイ・ヤサエ・エンヤン・サー」の言葉がつながり、意味が浮かびあがってきます。それはヘブライ語で「前進!まっすぐに行くだけ!」、つまり「前進!まっすぐに目指す!」の意味で古代、唄われていたのでしょう。

また、「サー」を「嵐」の意味で使われているסער(saar、サー) と解釈することも可能です。すると、「チョイ・ヤサエ・エンヤン・サー」の囃子詞が、「嵐が来ようとも、まっすぐに進め!」という行進の掛け声として理解できます。

ひたすら舟を漕いで進む唄が「ソーラン節」

「ソーラン節」で唄われる囃子詞の最後は、「ノ・ドッコイショ」という掛け声で締めくくられます。これもヘブライ語で理解することができます。נא(na、ナ) は、「お願いします!」という祈りの言葉であり、「ノ」にも聞こえます。また、「ドッコイショ」はヘブライ語で「押せ!神の救い!」という意味の言葉です。

これらの囃子詞言葉を全部合わせると、船乗りが一人、目的地に向かってひたすら船を漕ぐ姿が思い浮かべられます。遠くに見える目的地を目指して力いっぱい船を漕ぐ船乗りが、「ヤーレン・ソーラン」と唄うのです。それは、「ひとりでも神を喜び歌う!」という賛美の喜びに満ちた言葉だったのです。

そして「チョイ・ヤサエ・エンヤン・サー・ノ・ドッコイショ」という掛け声が続きます。その「ヤーレン節」で唄われる囃子詞は、船乗りが力を込めて、船を漕ぎ続けるにふさわしい掛け声が、抑揚をつけた唄になったと考えられます。その言葉には、「前進!まっすぐ目指して行け!」、「真っすぐに進め、たとえ嵐でも」、そして「神の助けにより、押し進め!」という自らを励ます祈りの思いが込められていたのです。

ヘブライ語で歌うソーラン節の真実

ソーラン節は、荒波を乗り越えて約束の地に向かう際に唄ったヘブライ賛歌と考えられます。神の導きを信じて船を漕ぎ続ける船乗りが、遠くに見える目的地に向かってひたすら船を漕いで進む時、たとえ一人であっても神の助けと守りを信じながら喜び歌い、前進し続けるための行進曲だったのです。

これは紀元前7世紀以降、イザヤの預言に従って大陸を横断し、「東の海の島々」を捜し求めたイスラエルの民が、アジア大陸から海を渡り、日本列島を目指すときに口ずさんだ賛歌であったとも考えられます。当時、前途に立ちはだかるさまざまな大自然の困難にもめげずに、神を信じて航海を続け、海を渡って約束の地へ到達することを夢見た人々がいました。ひたすら舟を漕ぎ、前進し続けながら喜び唄う掛け声こそ、まさにソーラン節の囃子詞ではないでしょうか。

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コメント
  1. 小山内 和子  より:

    道産子なので「ソーラン節」は自然に覚えておりましたが、ヘブライ語ではこんな崇高な詩なのですね。

中島尚彦

中島 尚彦

南カリフォルニア大学、ペンシルベニア大学ウォートン校、フラー神学大学院卒。音楽系ネット通販会社サウンドハウスの創業者。古代史と日本古来の歌、日ユ同祖論の研究に取り組むとともに、全国の霊峰を登山し、古代遺跡や磐座の調査に本腰を入れている。

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