1. ホーム
  2. 民謡の囃子詞をヘブライ語で解読
2022/01/10

「三国節」に潜む神のメッセージ   囃子詞「ヤシャ」に込められた意味を読み解く!

盆踊唄で親しまれている「三国節」

福井県の港町、三国港周辺では「三国節」と呼ばれる民謡が古くから唄われています。1761年、三国神社が建立された際、真言宗の上人が地固めをする時の唄を作り、それを門徒達が唄ったと伝承されてきました。また、「三国節」のルーツは、船を漕ぐ際に掛け声のように用いた船頭唄であるとも言われています。

三国港に発祥した「三国節」は今日、北陸地方一帯の盆踊唄として親しまれ、お座敷唄としても人気があります。

「三国」の語源とは?

「三国節」の唄のタイトルにある「三国」の語源は何でしょうか。その名前のとおり、三国地方に伝わる唄であることから「三国節」と呼ばれるようになったというのが一般的な考え方です。では、その「三国」「みくに」という名前のルーツはどこにあるのでしょうか。

「三国」とは、日本と中国、朝鮮を指すことがあり、また三世紀の中国史における三国志の魏・蜀・呉の歴史的背景を踏まえている場合もあります。また、「三国節」の発祥の地である福井県では、九頭竜川河口に三角州が広がり、そこには三里浜と呼ばれる海辺もあることから「三」という数字が並んでいます。しかしながら「三」の漢数字だけでは語源を解明するには至りません。

三国湾に注ぐ九頭竜川の支流となる日野川の上流を辿ると、その頂点には三国ヶ岳があります。その山頂は今日の福井県と岐阜県、滋賀県の3県にまたがる地点であり、古くは越前国、美濃国、近江国が共有する境界地点として知られていました。よってこれら三国共通の頂となる三国ヶ岳の存在が「三国」という地名の語源になったと考えられます。

「夜叉ヶ池」の伝説に結び付く「三国節」

「三国」の語源と想定される三国ヶ岳の周辺には、古くから龍神伝説が存在します。三国ヶ岳の畔には奥宮夜叉龍神社があり、龍神が祀られています。龍神とは海の中にある龍宮に住む龍を指し、海神の象徴として古代より各地で崇められてきました。龍宮はワタツミ(錦津見、海神、和多都美)とも言われ、対馬の和多都美神社では龍宮伝説が残されています。その話は神代まで遡り、海神として知られる豊玉彦尊の話は日本書紀や古事記などの日本神話に記述が残されています。

では、その龍神伝説とはいかなる物語でしょうか。様々なストーリーが語り継がれる中、村を救うために生贄として嫁ぐ女性の話が最も知られています。その物語は「安八郡の伝説」として語り継がれています。

日照り続きの干ばつの最中、「雨を降らせるのなら、私の大切な娘を与えよう」と郡司が蛇に語ったことから大雨が降り、その娘が「村人を救っていただいたからには、喜んでいきます」と身を投げうって生贄となった話です。そして娘を祀るために池のほとり祠を建てて龍神を祀り、娘の名前を「ヤシャ」と名付けたというのが物語の流れです。村人を救うために命を捧げた娘が「ヤシャ」と呼ばれたことに、「三国節」のルーツに絡む歴史を紐解く鍵がありそうです。

旧約聖書には、国家の一大事からイスラエル民族を救うために自らの死を覚悟して、自身を捧げる覚悟をもってのぞんだエステル妃の話が書かれています。その内容は「安八郡の伝説」に通じるものがあります。神の助けを得て人々を救済するために、自らの命を捧げるというテーマです。そこには神の国と平安を実現するために、命の限りを尽くすという共通の思いがあります。

もしかするとこのテーマが「三国節」の骨子であり、三国にまたがる場所として「三国ヶ岳」と命名された言葉の背景には、神の国を意味する「御国」(みくに)の意味も込められていたのかもしれません。それ故、当初から「さんごく」ではなく「みくに」と読まれたのではないでしょうか。「三国節」の作者が空海弘法大師の流れを引き継ぐ真言宗に属していることからしても、「三国」を「神の国」の意味と理解しても不思議はないようです。

「夜叉」から浮かびあがる「三国節」の真相

福井県の三国湾から遠い山奥の三国ヶ岳界隈にて古代より、どのような経緯で龍神伝説が発祥したかは、わかっていません。しかしながら龍神の名称、「ヤシャ」という言葉は「三国節」の中で囃子詞として繰り返し唄われていることから、「ヤシャ」の神が重要視されていたことは間違いないようです。それ故、「夜叉」「ヤシャ」のルーツを探ることにより、「三国節」の真相に迫ることができるかもしれません。

つまるところ「三国節」のルーツには三国ヶ岳と夜叉ヶ池が存在することから、その畔で祀られてきた「ヤシャ」の神を理解することが重要です。「夜叉」とはごく一般的に仏教では人々を守る護法神、守護神を指します。これらの神々には仏法を守る神、すべてが含まれており、八大龍王や鬼神なども含まれます。また、古代インド神話では、夜叉は悪鬼としても語り継がれてきました。この「夜叉」という言葉はヘブライ語を用いると、その「ヤシャ」という発音そのものから、言葉の意味を明確に解き明かすことができます。

「三国節」の囃子詞で唄う「ヤシャ」とは、ヘブライ語では人々を守ってくださる救いの神として理解することができます。へブライ語にはישע(yesha、イェシャ) という「救い」を意味する言葉があり、「ヤシャ」とも発音できます。この言葉をルート語としてユダヤ教やキリスト教では聖書に記載されているとおり、ヨシュア、イエス、イサ等の名前が派生しました。

「イェシャ」「ヤシャ」とは、ヘブライ語で「神の救い」や「救世主」を意味することから、「三国節」の囃子詞でも大胆に取り入れられ、唄われ続けてきたのではないでしょうか。その意味は仏教の教えと同様に、人々が神様から守られ、神の救いに預かることを指していたのです。よって「ヤシャ」「夜叉」と繰り返し声をあげて唄うことにより、人々は神の救いを祈り求めていたことになります。

「岩」は救いの神か!

囃子詞の「夜叉」のように、「三国節」の歌詞の中には不可解な言葉が含まれています。しかしながら神への信仰に関連する表現として紐づけることにより、その意味が明確になってきます。そこで「岩が屏風」(ビョウブ)に含まれている「岩」の意味を振り返ってみました。

「岩」の語源は旧約聖書の言語であるヘブライ語で、「神」に関係する言葉である可能性があります。イスラエル人にとって、「岩」は、神の救いの象徴です。聖書には「救いの岩」と言う表現が使われているとおり、特に後世のキリスト信仰者にとっても「岩」は、神の救いのシンボルです。日本でも古代から岩は神として崇められてきました。その結果、今日でも全国各地に磐座が存在し、神々が大切に祀られています。「岩なる神」をご神体、神そのものとして祀ってきた日本古来の宗教文化の背景には、イスラエルの信仰が根付いていたと想定されます。

まず、「岩」は神、というイスラエルの信仰心に基づき、日本語でも「岩」(イワ)という言葉がヘブライ語の「神」と結び付くように考慮されたと想定されます。ヘブライ語で「神」はיהוה(yhwh、ヤ―ウェー) と4文字のアルファベットで綴ります。但し、神の名は神聖であることから発音することが許されず、子音4文字だけで神の名が成り立っているのです。よって本来は発音することができないのですが、任意に母音を挿入することにより、「神」に紐づけた言葉として引用されることがあります。例えばyhwhにアとエの母音をつけて、当て字ながらも「ヤーウェー」と神の名を呼ぶことができます。しかし聖なる神の名前を当て字でさえ呼ぶことはふさわしくないとして、今日、イスラエル人は神のことを「ハシム」と呼んでいます。

神の名に母音を加えたもうひとつの例が「イワ」です。本来発音のできないיהוה(yhwh) に母音として「イ」と「ア」を付け加えることにより、yhwh をyhiwha、「イワ」と発音できるようになります。すなわち「イワ」という言葉には、ヘブライ語で「神」という意味が含まれていたことがわかります。これが「岩なる神」の真相と考えられます。つまり「イワ」とは、人間が発音できないヘブライ語の「神」、YHWHを語源とした神の呼び名だったのです。

また、ヘブライ系ユダヤ人のことをヘブライ語ではיהודי(yehudi、イフディ) 、アラム語では「イワラ」(iwaraa)、また、または「イワデ」と呼び、原語には「神の民」という意味が込められていることに注目です。これらの呼び名の共通点は「イフ」「イワ」という発音です。神は「岩」であり、その神を崇めるユダヤ人は「イフディ」「イワラ」と呼ばれていたのです。これは神の民が「岩なる神」と常に結び付いていることを意味しています。それ故、「三国節」の歌詞の中で、「岩が屏風」と唄われることは注目に値します。

「岩が屏風(ビョウブ)」の意味

三国節では「岩が屏風(ビョウブ)」と唄います。この言葉にもユダヤルーツを見出すことができるかもしれません。ヘブライ語には「一緒」を意味するביחד(beyakhad、ビャハ(ド)) という言葉があります。普通に発音すると「ビャハ」、「ビャハ(ド)」となり、ビョウ(ブ)に類似した言葉に聞こえます。屏風には二つを一双として組み合わせ「一緒にする」という意味があります。よって、もし「ビャハ」が屏風のルート語であったとするならば、ヘブライ語の意味にも通じていることになります。

また、ヘブライ語ではביווה(biyova、ビョウバ) という、「付き添う」、「同伴する」を意味する言葉もあります。「ビョウバ」は日本語の琵琶をヘブライ語で綴った言葉でもあります。この言葉も、「ビャハ(ド)」と同様に「一緒」にいることを意味しています。

「屏風」の意味をヘブライ語から辿ることにより、「岩が屏風」の意味が浮かび上がってきました。「岩」は神であり、屏風が「一緒」を意味しますから、「イワガビョウブ」とは、「神と共にいませり」となります。「三国節」のテーマは、「神が共におられる」という信仰告白だったのです。三国節では「神が一緒におられる」というメッセージを知らぬ間に唄っていたことになります。

「神の救い」を唄う囃子詞

「三国節」の最後では、日本語では全く意味の通じない囃子詞が繰り返して唄われます。

夜叉(やしゃ)で夜の叉(やのしゃ)で
夜の叉で夜叉で 夜叉で夜の叉で こちゃ知らぬ

この囃子詞はヘブライ語で読むことにより、一見不可解な言葉の繰り返しが、意味を成していることがわかります。「三国節」の囃子言葉は「我らと共にいます神の恵み」、そして「神の救い」を唄っていたのです。

囃子詞で唄われる趣旨を理解することにより、「三国節」のルーツにはイスラエルの宗教文化と、その言語であるヘブライが潜んでいることが明らかになります。

三国節

岩が屏風か 屏風が岩か
海女の口笛 東尋坊
やしゃで やのしゃで
やのしゃで やしゃで
やしゃで やのしゃで
こちゃ知らぬ
夜叉(やしゃ)で夜の叉で 夜の叉で夜叉で
夜叉で夜の叉で こちゃ知らぬ
こちゃ知らぬ ホイこちゃ知らぬ
夜叉で夜の叉で こちゃ知らぬ

中島尚彦

中島 尚彦

南カリフォルニア大学、ペンシルベニア大学ウォートン校、フラー神学大学院卒。音楽系ネット通販会社サウンドハウスの創業者。古代史と日本古来の歌、日ユ同祖論の研究に取り組むとともに、全国の霊峰を登山し、古代遺跡や磐座の調査に本腰を入れている。

コメントする