初めて訪ねるインカ帝国の首都、クスコの街。今や海外でもスマホを使ってGOOGLEマップを見ながら旅することができることから、道に迷うことはないはずです。そこで思い切ってスクーターを町中で借りて、飛行機の中に忘れた眼鏡を取りに、空港まで自分で運転して行くことにしました。クスコの街をスクーターで旅することなど想定外の話ですが、スクーターを運転すれば、クスコの街並みを自分の目でしっかりと見聞することができることから、ワクワク感がつのります。ホテルにチェックインした時は午後4時半をまわっていましたが、それでも日暮れまで1時間少々あります。よって片道4-5㎞の距離ならば、明るいうちにホテルまで戻ってくることができると思い、ホテルを後にしました。忘れ物を取りに行くついでに始まったうってつけの観光旅行です。
まず、スクーターをレンタルしなければなりません。町中ではスクーターは殆ど走っていないことから、本当に借りることができるのか、ちょっと不安がよぎります。それでもホテルから10分ほど歩いた所にある小さな旅行代理店が、バイクのレンタルをしているということを聞きつけ、早速見つけて中に入ってみました。すると室内にはスクーターとオートバイが1台ずつ片隅においてあり、店のおばさんが笑顔で応対してくれました。しかし、よくよく見ると、スクーターはかなり年季の入った旧式のモデルであり、鍵の部分もかなりへたって錆びています。そして手渡されたヘルメットは、これまで一度もかぶったことのない、頭をすっぽりと覆うオートバイ用のものだったのです。初めてオートバイ用のヘルメットを装着したのですが、視界が狭く、目先しか見えないヘルメットは苦手です。しかし、とやかく考えていると日が暮れてしまうため、早速エンジンがかかることを確認。ところがガソリンタンクを開けてみると、どう見ても空っぽです。絶対にまずいと思ってガソリンは?と聞くと、「1時間走る程度なら間に合う」というのです。どう見てもそうは思えません!既に時刻は5時を回り、とにかく時間がないので、1時間前後で戻って来る約束をして出発しました。
石畳の道に囲まれたクスコの街クスコの交通事情については、空港からホテルへ向かう途中の渋滞を見て、ある程度は理解できていました。とにかく運転が相当荒いことに違いありません。幹線道路はいたる所で渋滞しているだけでなく、道路には結構デコボコがあり、車線はあってないようなものです。そしてクラクションを鳴らしながら、ぶつかりそうになるぎりぎりまで左右に寄せて割り込み運転をするのがクスコ流です。しかも人が歩いていても車両優先と言わんばかりに車はスピードを落としませんし、さらに街中に入ると狭く曲がりくねった石畳の一方通行ばかりで、方向感覚には自信がある筆者も慎重にならざるを得ません。危なっかしい道路事情だからでしょうか、オートバイやスクーターの姿はほとんど見かけませんでした。
そんな石畳の道を、初めてクスコを訪ねる日本人がスクーターで走ることになったのです。そして店から出発した後、いったんスマホで地図を確かめようと、スクーターを道路脇に停めて降りることにしました。ところがヘルメットを脱ごうとしても、首紐のスナッパーが錆びていたせいか、はずれないのです。まさか、と焦っていろいろと試してみるのですが、どうしても外れません。頭をまるごとかぶせるヘルメットはそもそも嫌だったのですが、それを被ったまま取れなくなるという事態に、頭を覆われるという閉所の恐怖が一気に押しよせ、何とかヘルメットを脱ごうと、首紐を付けたまま無理やり引っ張りました。すると今度は、その首紐が鼻の孔をふさぐように強く押し付けた形になり、息が苦しくなります。そうでなくても酸素が薄い高地なのに我慢の限界です。鼻がブチ切れても、とにかくこのヘルメットを取らないと気が狂うと思い、痛いのを我慢しながら無理やり頭からひっぱり、かろうじて外すことができました。これが恐怖体験の第1弾目です。
ヘルメットから垂れている首紐の錆びついたスナッパーを慎重にチェックし、付け方、外し方を再確認して、きちんと外れることを何度もチェックした後、再出発です。ところが一難去ってまた一難。何と、エンジンがかからないのです。うんともすんとも言わないということは、バッテリーがあがってしまったのでしょうか!しかも、既に店からは1㎞以上運転してきただけでなく、たまたま停車していた場所が一方通行の登り坂だったのです!こればかりは仕方がないと、スクーターを押しながら、坂道を歩いて上ることにしました。坂道のスクーターは想像以上に重たく、息が切れます。それもそのはず、標高3400mのクスコの街は、空気がとても薄く、酸欠になりがちなのです。それは、スクーターを押し始めてすぐにわかりました。しかも坂道を歩いている人など一人もいません。息苦しくて、頭がボーッとしてくるだけでなく、体に力が入りません。それでもスクーターを押さなければと、ぼやきながら何とか坂の上まで辿り着くことができました。恐怖体験の第2弾目です。
スクーターを押したことによりバッテリーが充電されたのでしょうか、その後、ゆるい下り坂となり、少し押した直後にエンジンをかけると、見事にかかったのです。もう、エンジンを切るまいと決め、まず、ガソリンスタンドで給油をすることにしました。スタンドはフルサービスのようですが、いかんせん言葉がわかりません。そこで、スタンドのおじさんに身振り手振りでお願いし、お金だけ渡してガソリンを入れてもらい、やっと一安心です。時間もなくなってきたことから、急いで街道をまっすぐ空港方面に向かいました。それにしても道はでこぼこで、バイクの運転は怖く、スピードを出せません。そして、後方からくる車はクラクションを鳴らし続けるので苛立ってしまいます。人を何だと思っているのかと嫌な気持ちになっていた矢先、なんと今度は雨が降ってくるではないですか。雨のデコボコ道をボロボロのスクーターで走りながらも、その真横をフルスピードでクラクションを鳴らしながら車が走っていく光景はまさに想定外の状況でした。これが恐怖体験第3弾目です。
マチュピチュの22度に迷わされてしまう!クスコは雨期というのはわかっていましたが、空港到着時は天気が良かったため何ら心配はしませんでした。ところが小雨と同時に気温も急速に下がってきたのです。夏のクスコということでマチュピチュが連日20度以上を記録していたことから、クスコが寒くなるとは想定せず、スクーターには薄着で乗っていました。正に準備不足!後から確認したことですが、富士山の頂上にも近い標高3400mの高地ということもあり、天候は瞬時に変わることが往々にしてあるのがクスコの現実です。しかもクスコの標高は、マチュピチュよりも何と、1000mも高いのです。マチュピチュは山奥のイメージがあり、そこが20度ならばクスコはもっと温かいはず、という妄想に安堵していたのか、現実は全く違うことに気づくのが遅すぎました。クスコの日中は暖かくとも、日が沈む頃にはとても肌寒くなり、夏でも気温が10度を切ってくるのがクスコの1月です。その寒さで薄着1枚のスクーターは、さすがに身にこたえ、体が冷え切ってしまいました。クスコでの洗礼、恐怖の体験第4弾目は、小雨と悪寒に包まれ、手足が寒さで凍えるという悪夢体験でした。
クスコの空港で散々待たされてしまう!飛行機の中に眼鏡を忘れてしまった為、ただ単にそれを取りに行くついでに観光をしようと目論んだあげく、スクーターに乗り、「寒い!」「雨が冷たい!」と震えながら雨が降る怖い道路を走らなければならなかった自分に、正直呆れ返ってしまいました。そして脱力感に悩まされながらも何とか空港に辿りついた時は、さすがにほっと一息。あとはAvianca航空のカウンターに行き、忘れ物の眼鏡がなかったかを聞くだけです。ところが、ここでも冷たい洗礼を受けることになりました。自分の前にはもうひとりの客が立っていて、カウンターのスタッフが対応しているようなのですが、その女性スタッフはこちらに見向きもせず、ひたすら画面を見ているだけなのです。何分たっても見向きもしないため、そっと「Excuse me…」と声をかけるも、目もくれずに「WAIT!」と冷たい一言。ちょうど、飼い主が犬に言うように、怖い顔をして客の私に「待て!」と言うのです。これがクスコにて犬のようにあしらわれた恐怖体験の第5弾目です。もう20分以上待ち続けたでしょうか。これでは本当に日が暮れてしまいます。通りすがる同僚の女子職員も目もくれずに素通りです。これはどうしたことでしょう。ただ眼鏡を取りに来ただけなのに、空港におけるこの待遇は一体何でしょう?この国はどうなっているのかと、腹立たしく思えてくる気持ちを抑えきれません。そして遂に通りすがりの男性スタッフをつかまえ、「忘れ物をとりにきた。。。」と声をかけると、彼だけは振り向いてうなずいてくれ、すぐに事務所に入って「これでしょ!」と、眼鏡を持ってきてくれました。ゆっくり待つのがペルーの国民性なのでしょうか。表は夕暮れとなり、すでに6時を回っていたので、急いで帰途に就くことにしました。
もう待ったなしです。6時までにスクーターを返却するはずが、その時刻を過ぎてもまだ空港にいるのです。帰りは行きの道をそのまま戻り、突っ走ることにしました。ところがその先に新たなる艱難が待っているとは思いもしませんでした。行きと同じ道を戻ればよい、というのがそもそも誤算だったのです。方向感覚には絶対の自信をもっている筆者ですが、標高3400mの高地ということもあり、酸欠で判断が鈍っていた影響もあったのでしょう。ここから最後の恐怖体験が幕を開けることになります。
スマホの地図上に既に登録してある店の場所に向かって進むのが基本なのですが、途中、渋滞にぶつかり、左折がしづらい(ペルーは右側通行)大通りであったため、幹線道路から一本はずれた別の道に入ったのです。すると途中から坂道や曲がりくねった道となり、いつの間にか迷路のようなクスコの迷宮にはまってしまい、自分がどこにいるかわからなくなってしまったのです。しかも何度も途中でスクーターを道路わきに停めてスマホを見るも、自分の居場所が確認できません。電波が悪いのか、それとも半分、高山病のような状態になり、意識が朦朧としてきたからでしょうか。時刻は既に7時を回っていました。
どう考えても、スクーターを返却するお店までは残り2kmもないはずです。ところが迷路のような狭い道に阻まれて、どうしても店のある広場の横に辿り着かないのです。そして迷いながら同じ道を行ったり来たりしているうちに、坂道を上る急斜面で何とまた、スクーターが止まってしまいました。うんともすんとも言いません。バッテリーがあがったせいなのか、接触が悪いせいなのか。仕方なく、上り坂を思い切り押して歩くことにしたのですが、自分の限界を感じるほどスクーターは重たく感じ、空気の薄さから息が苦しく、頭がくらくらとして、呼吸困難に陥りそうになりました。クスコの恐怖体験、第6弾目です。このまま吐き気をもよおすと体の動きが止まり、倒れてしまうかも、と悪夢が脳裏をかすめます。大渋滞の坂道を雨の中、一人の日本人がとぼとぼとスクーターを押している姿は、なかなかクスコでは見られないでしょう。きっとペルーの方々も不思議な思いで車の中から私の姿を見ていたのではないでしょうか。そしてしばらく押し続けていると、突然、ランプがついてエンジンがかかりました。「頼む、もう、止まらないでくれ!」と祈りつつ、再び走り始めました。
もう道には迷わない、と再度、スマホの地図を眺めながら行先を確認するも、もはや自信はありません。というのも、地図上ではだいたい合っているはずなのに、何故かしら出発した時点で見た光景とは街並みが少し違うように見えるだけでなく、目的地の真横にあったはずの大きな広場らしき場所がないのです。しかもUターンを繰り返して行き来しているうちに、いつの間にかグラフィティーの落書きだらけの建物が並ぶ雰囲気の悪いエリアに迷いこんでしまったのです。そこでは路上で若い人達がたむろしていて、まるでギャングのように遊んでいるようでした。もしそこでスクーターが止まったら万事休す。その抜け道がないような住宅街をぐるぐる周ること10分。。。このままでは不審者として銃で撃たれるかも!と恐怖におののき、冷や汗をかきながらやっとの思いで表通りを見つけ、怖そうなエリアから脱出することができました。これが恐怖体験の第7弾目です。
そしてメインストリートに戻るも、もはやどちらに行ってよいかわからず、クスコの大渋滞の街道を再び行ったり来たりしました。当日は花火大会があったのか、近くで花火が打ち上げられています。その関係で途中から車が全く動かない大渋滞となり、遂にバイクに乗りながらも見動きがとれなくなりました。小雨が降る中、気温はどんどん下がり、手がかじかみ、寒くてどうしようもありません!花火大会の渋滞にはまり、雨の中をスクーターで身動きができなくなる、というのがクスコの恐怖体験、第8弾目です。自分の居場所もわからず、雨にさらされながら、ぼろぼろのスクーターに乗って、一体自分はクスコで何をしているのか?こんな路上で野垂れ死にはできんぞ!と寒さを我慢しながら、渋滞の雨の中をひとり、スクーターに座っている姿がこっけいに思えてきます。
そこでふと、閃きました。そもそもスマホの地図が間違っているのでは?電波障害の可能性も考えられることから、いったん電源を切ってリセットしました。それでもう一度最初からじっくりと地図を見直してみると、何と、それまで目的地として指定してきた店の場所は、本来の場所とは異なり、単に地図上では同じような場所に見える所だったのです。それまで何十回となくスマホ地図を見るために止まりながら、スクーターを運転してきましたが、ただ唖然とするばかりです。既に夜の8時を回り、あたりは真っ暗です。遅くとも7時までにスクーターを返却しなければならなかったのですが、もう約束の時刻から1時間以上も過ぎています。それでもまだ、店の場所が特定できず、地図を見ていたのです。
あ、もうすぐ夜になってしまう!そこから再出発するも、何故かしら同じ道をぐるぐると周りながら、町のシンボルでもある塔にまた戻ること、3回。これこそ、まさにクスコの洗礼ではないかと、心が折れそうになります。目的地は大きなお城のそばにある店なので、そのお城が見えてくれば、すぐにわかります。そして巡り周ってやっとのことで、そのお城が目に入ってきました。ほっとしたのも束の間、よくよく見ると、城の形と道路付けは似ているのですが、本物とはちょっと違うのです!バイクを停めて通りを歩いてみても、明らかに通りの雰囲気は違い、当然ながらあるはずの場所に、店がないのです。これがクスコの恐怖、第9弾目です。すべてが幻のように消えてなくなるような悪夢の世界に包まれてしまったのです。もう体力の限界です。
最後の手段として、宿泊先のホテルは有名と思われたので、まず、そこに戻ることにしました。ところが、一方通行だらけで、夜道も暗く、そのホテルさえ見みつからないのです。また、町中はいたるところに警察官が見張っていて、交通違反を取り締まっています。行ったり来たりしながら一方通行を逆行しそうになり、途中、警官に2度も止められてしまいました。そして最後に女性警察官に、「メリアットホテルの場所は」と聞くと、すぐそこですよと言われ、今度こそは、と思って再びスクーターを走らせると、通りすぎてしまったのでしょうか、また迷ってしまう始末です。時刻はついに夜の9時を回ってしまいました。警察官に聞いても、宿泊するホテルさえ探すことができず、手足も凍えながらぼろぼろのスクーターをいまだに走らせているという地獄の試練。これがクスコの恐怖体験、第10弾目です。
夜の公園はどこも同じに見えてしまう?!寒い小雨の降るクスコの街をかれこれ4時間もスクーターで走ったあげく、店の方を待たせてしまって申し訳ないと思うと同時に、もう店は閉まっているのではないかと不安がよぎります。そしてやっとのことで、今度こそ探し求めていた城がありそうな広場を見つけることができました。週末日曜の夜ということもあり、夜でも人通りが多く、街中にはちょっとした活気があります。そしていたる所、歩行者天国になっていて、スクーターが入れないのです。エンジンをとめても、スクーターは進入禁止ということで、歩きながら押しても警備員から止められる始末です。そのため、幾度となく行ったり来たりの繰り返しが再び続き、やっと本来の目的地であるお城のような教会が目に入ってきました。その通り沿いに店があるのですが、なんとその通りが通行止めになっているのです。そこで力尽き、回り道を探すのはやめてスクーターを路上に停め、徒歩で店まで行くことにしました。時刻は9時20分。約束の時間よりも2時間以上、遅れています。
笑顔いっぱいのレンタル店オーナーそして店まで走っていったのですが、間違いなくこの通りにあるはずの店がないのです。「あれ、ない!」と、うろうろしていると、後方から子供が走り寄ってきて、店の前を通り過ぎてしまったことを教えてくれました。子供は自分が通り過ぎる姿を見ていたのです!「やっと着いた!!」店では、おばさんが相変わらずの笑顔で待っていてくれました。そして一言、「道に迷ったと思っていたよ。。」と話すのです。クスコではみんな迷うらしいのです。「まじっすか!最初から言ってくださいよ!」と心の中でつい叫んでしまいました。そして息子さんでしょうか、自分がバイクを乗り捨ててきた場所を教えると、一人で取りに行ってくれました。
4時間半にも及ぶクスコのスクーターの旅は、想像を絶するものでした。標高3400mという高地であることから夜の気温は低く、空気の薄さから高山病になっても不思議ではない中、頭はボーッとし、のどは乾くし、トイレに行くのすらずっと我慢しっぱなしです。しかも渋滞に巻き込まれ、エンストを起こし、息をきらしながらスクーターを坂道で押し、そして道に迷い続け、雨にうたれ、怖いエリアにも迷いこんでしまい、もうやばすぎ!と恐怖体験を繰り返したのが初日のクスコ洗礼の旅でした。これも所詮、眼鏡を飛行機の機内に忘れてきたことからはじまった自分の失態が原因です。
しかしながら、結果としてその忘れた眼鏡が手元に戻ってきたこと、そして生きて無事にホテルまで戻れたことに感謝が溢れてきます。そして何よりも、クスコの道路事情から町並みの在り方など、どんなはじめての旅行者よりも詳しく、たった4時間で見聞できたことは、大きな収穫でした。クスコの洗礼はとてもきつく、体もぼろぼろになり、その翌日から体調管理は困難を極めましたが、これらの体験を通して自分とクスコの距離が縮まり、クスコの理解を深めたことに、ひときわ満足感を覚えていた自分がいました。