1. ホーム
  2. 日本人の起源と民族移動の軌跡
  3. 歴史人口学が示唆する日本人のルーツ
2024/01/07

渡来人150万人説を再検証 人口急増の原因は大陸からの渡来者か!

縄文人のルーツを明かす最新のDNA研究

最新のゲノム情報の解析から、日本人のDNAにはアジア大陸で暮らす民族とは異なる特殊な要因が含まれることがわかってきました。日本人のルーツに絡む縄文人のDNAが、遠い昔、東南アジアに居住していたホアビニアン民族のものに酷似していることが確認されたのです。その結果、後に縄文人と呼ばれる人々は、主に東南アジアを経由して日本に渡来してきた可能性が高いことがわかってきました。では、縄文人の正体とは、何なのでしょうか。

遠い昔、現生人類はユーラシア大陸を東方へと移動してきたことが知られています。その中には大陸の太平洋岸まで横断し、最終的に日本列島まで渡来した集団が存在しました。それらの現生人類が縄文人のルーツとなり、長い年月をかけて日本列島に古代集落を形成し、原始的な文化圏を作り上げていきます。それが縄文文化の始まりと考えられます。

縄文社会に合流する弥生人の存在

その後、弥生時代に入ると、大陸から日本に渡る人々が増加し、長い年月をかけて新しい文化が芽生え始め、古代社会が徐々に発展することになります。大陸から日本列島まで渡来してくる人々の中には、稲作のノウハウなど、それまでになかった新しい文化や技術などを携えて来る人が少なくありませんでした。それらの新しい世代の渡来者は、後に弥生人と呼ばれるようになります。こうして縄文人は弥生人と交流を深めていくこととなり、共に、日本人のルーツを形成することになります。

しかしながら、現代日本人は、居住する地域によって異なるものの、およそ1割から3割前後の人々しか、縄文人のDNAを持っていないと想定されています。また、弥生人に関連するDNAを検証して縄文人のDNAと合わせてみても、日本人のDNAのおよそ半分前後しか解明できないようなのです。これらのデータから、日本人のルーツには縄文人と弥生人のほかに、第3の渡来者の波があったことが推測されるようになりました。しかもその第3の波とは、とてつもなく大規模な民族移動に結び付いているようであり、その想定なくしては、古代社会における人口の急増を説明することができないことがわかってきました。果たして、膨大な数にのぼる大陸からの渡来者は存在したのでしょうか。それとも人口の急増の理由は、他に原因があるのでしょうか。

人口増の原因となる古代の要素

『後漢書』南宋の紹興年間の版本
『後漢書』南宋の紹興年間の版本
古代の渡来人は、日本列島に稲作や農耕などの大陸文化を携えてきただけでなく、その食生活とライフスタイルにより、日本人の平均寿命も比較的長くなったようです。中国の三国志後漢書などの東夷伝の記述によると、倭の国は「長命の者が多く、百余歳にまで至る者も大変多い」と記載されています。縄文人は短命であったとも言われていますが、渡来人は寿命が長い分、出産適齢期も延びて、それ自体も人口増加の要因になったと考えられます。

さらに東夷伝には、「大人はみな4~5人の妻をもち、その他の者でも2~3人はもっている」と記載されています。人類学研究に基づくシミュレーション検証の結果からもわかるとおり、古代社会においては一夫多妻制のような複婚制度の方が、確実に人口が増加することがわかっています。縄文時代でも複婚制をとる家族が珍しくなかったことが、考古学的検証からも判明しています。そして渡来人による一夫多妻制の普遍化は、出生力の更なる向上に繋がり、これも人口増加の要因となったに違いありません。

ところが弥生時代後期から古墳時代にかけての人口の急増は、とてつもない規模に膨らんでいて、古代農耕社会における出生率や生涯出生数、平均寿命などから割り出された増加率では到底説明できないのです。

人口の増加率から垣間見る渡来人の規模

国立民族学博物館の小山名誉教授によると、日本列島における縄文晩期の推定人口は76,000人です。それから奈良初期にかけて、列島の人口は約60倍の450万人となり、実際は600万人まで急増していたのではないかという説もあります。大陸からの渡来者の数がどの位の規模であったかを推測するために、人口の年平均増加率を検証する必要があります。

縄文時代、0.1%程度であった人口の年平均増加率は、古代社会における生活環境の変化により、少なからず上昇し続けたと考えられます。しかし問題はその割合です。さまざまな好条件を想定したとしても、縄文時代に限らず、平安時代の人口平均増加率も、およそ0.1%台に留まっていたことがわかっています。

歴史人口学の研究によれば、これまで考えられてきた生活様式の変化や家族構成などの要因を前提に、弥生時代の年平均増加率を推定すると、最大でも縄文時代の2倍にあたる0.2%が上限となります。その0.2%という人口平均増加率をもっても、弥生時代後期から古墳時代、そして奈良時代初期に急増した人口と、辻褄が合いません。いずれにしても、弥生時代後期から古墳時代にかけて、日本列島内の人口が突如として3~4倍にも急伸するということは考えづらいのです。

この急激な人口増加は、古代農耕社会における出生率や生涯出生数、平均寿命などから割り出された増加率では到底説明できません。その数字のギャップを埋めるエポックメーキングな出来事が、大陸から日本に移住してきた渡来人による大規模な民族移動です。

日本列島へ渡来人が150万人流入!

日本列島における急激な人口増加を説明するためには、膨大な数に上る大陸からの渡来者を想定する以外に術がないようです。しかも150万にも推定される膨大な数の渡来人が大陸より海を渡って日本列島を訪れたという想定でもしない限り、日本列島の人口数が不足してしまうのです。もはや渡来人の存在なしには、「日本人」の起源にも関わる古代の人々の存在そのものを説明することができなくなりました。

弥生時代後期から古墳時代の古代社会において、大勢の渡来人が日本列島に移住してきたことが想定されます。その数は100万人を超え、現実的には150万人ほどではなかったかと考えられます。その結果、在来の縄文人と弥生人の割合は徐々に減少することとなります。そして日本列島を訪れた大陸からの新しい渡来人と共に、同じ島々で土地を分かち合い、ときには相互の混血も各地で進み、新しい日本人の姿が造られていったことでしょう。

100万人規模の大がかりな民族移動は、決して不思議な出来事ではありません。1990年、アフリカのルワンダ共和国にて勃発した紛争により、1995年までに総人口約680万人のうち、およそ3割に当たる200万人が難民となり、国外に脱出しました。人類の歴史において、100万人単位の難民が国境を越えて移動する事態は、決して珍しいことではありません。古代の日本社会でも、大陸からの移民を大勢受け入れる時代があったのです。

渡来人による古代日本の文明開化

縄文人や弥生人と共に、現日本人のルーツとなる大陸からの150万人とも言われる渡来者とは、どのような人々だったのでしょうか。大陸を離れて海を渡ってまで、見知らぬ日本列島まで移住してきた理由はなんだったのでしょうか?何故、その数が膨大な数に膨らんでいったのでしょうか。その真相は簡単には説明がつきません。

紀元前7世紀頃、北イスラエル王国と南ユダ王国から成る。また、渡来者の人種もさまざまであり、何かひとつの人種や民族に特定できる訳でもありません。しかしながら、大陸から日本列島に流入してきたと想定される人数があまりにも多いことから、主流となった民族が存在したと想定することは難しくありません。そしてその謎を解く鍵がひとつだけ残されているようです。それが、国家を失ったイスラエルの民の存在です。

イスラエル12部族の国家は、アッシリアからの攻撃を受けて崩壊しました。そして北イスラエル王国が最初に壊滅して10部族が離散し、それから1世紀少々を経て南ユダ王国も滅亡し、残りの部族も国家を失ったのです。その結果、アジア大陸に離散した北イスラエル王国と南ユダ王国の民の数は、合わせて数百万人の規模になったとも言われています。つまり、日本の弥生時代の後期にかけて、ユーラシア大陸では東方に向かって民族移動をするイスラエルの民の存在があったのです。そして離散したイスラエルの民の殆どは、行方が分からなくなってしまったのです。

国家を失ったイスラエル12部族の行く末
国家を失ったイスラエル12部族の行く末
離散したイスラエルの民が、長い年月をかけて大陸を東方へと移動し、中には日本列島にまで到達した人々が多数存在したと想定することにより、弥生時代後期から古墳時代にかけて急増した日本の人口数の謎が紐解けてきます。また、イスラエルからの渡来人の中でもユダ族を主軸とするイスラエル民族の存在は重要でした。なぜなら、ユダ族は王系の一族であり、国家の君主となる王が輩出される部族だったからです。神の選民であるイスラエル人の渡来があり、王族の血を継ぐ民もそこに含まれていたからこそ、日本列島という大陸から離れた島々において、弥生時代に突如として天皇家の歴史が始まったと想定することもできます。

こうして弥生時代以降、膨大な数に上る渡来者により日本の古代社会は大きな変化を遂げ、大陸文化の流入とともに文明が急速に開花したと考えるならば、歴史の辻褄が合うのです。それ故、前7世紀ごろからイスラエルの「難民」が日本に渡来し始め、前1世紀頃から渡来人の流れが以降、秦氏を中心とする渡来人の流れが一気に加速し、都合150万人が海を渡ってきたという想定も決して不自然ではありません。

[引用]

  1. イスラエル王国とユダ王国 by Ilya Yakubovich is licensed under CC BY 4.0

コメントする