閖上(ゆりあげ)大漁祝唄の掛け声
函館の「出船音頭」と同様に、宮城県にも大漁を願い、祝う唄が複数存在します。これらの祝唄には、「エンヤー」という囃子詞が頻繁に用いられています。日本語では意味をなさないこの囃子詞も、ヘブライ語で読むと「神の泉」「私の神」の意味として理解できます。果たして、この囃子詞は外来語だったのでしょうか。もしそうだとするならば、大漁祝唄で唄われる「エンヤー」以外の囃子詞も、ヘブライ語で理解することができるかもしれません。
宮城県仙台市より南へ10kmほどの場所に位置する名取市を発祥とする閖上(ゆりあげ)大漁祝唄では、唄の冒頭から「チョイチョイ」「アリャエー」「エノソーリャ」、そして「エンヤサー」と、リズミカルな囃子詞が次々と登場します。大漁を祝い、人々の食卓を潤すことに感謝を捧げるのが大漁祝唄の主旨であり、遠い昔から多くの人々が声を合わせ、これらの囃子詞を唄ってきたのです。それゆえ、大漁祝唄の囃子詞が単なる意味のない掛け声として叫ばれてきたとは考えられません。これらの囃子詞には、何かしら大事な意味が込められていたに違いないのです。
閖上大漁祝唄で用いられている掛け声は、日本語で読むと意味が不明で、解釈のしようがありません。しかし、「エンヤー」と同様にヘブライ語を用いて読むと、それぞれの言葉に込められた意味が見えてきます。
「チョイチョイ」の意味は「進め!」
ヘブライ語には、「歩む」「前に進む」を意味するצועד(tsoed、チョェ)という言葉があります。「チョェ」の発音は、「チョイ」とほぼ同じように聞こえます。その「チョェ」を繰り返して「チョェチョェ」と発音すると、「チョイチョイ」に近い響きになります。すると、「チョイチョイ」という囃子詞が実は、「歩め、歩め」、すなわち、「前進せよ!」という意味の言葉であった可能性が浮かび上がってきます。
しかし、船乗りは海を船で行き来することから、「歩め!」という掛け声がそのまま使われるとは考えにくいでしょう。よって「チョイチョイ」とは、歩くことそのものではなく、ひたすら前に向かって進むことを意味する囃子詞であったと推測できます。海を航行しながら大漁を祈念して、力強く前進するための掛け声が、「チョイチョイ」だったと考えられます。
「アリャエー」をヘブライ語で読む
閖上大漁祝唄で唄われる「アリャエー」という囃子詞も、ヘブライ語で理解することができます。「アリャエー」に類似した発音をもつヘブライ語にעלייה(‘aliyah、アリヤ)という言葉があります。その意味は、元来「登る」「上がる」「進む」でしたが、いつしか「イスラエルに移住する」という主旨でも使われるようになりました。すなわち、「神が約束された地に進む」、という意味に用いられることもあったのです。
その「アリヤ」の語尾に「神」を意味するאל(el、エル)を加えると、「アリヤエー」となります。この言葉は「神と歩む」「神と登る」と理解することができます。すると、「チョイ、アリャエー」とは、「進め、神と共に登れ!」、「進め、約束の地に向けて歩め!」という意味に解釈できるのです。
もし、「アリヤ」という言葉に「約束の地に移住する」という主旨が含まれているとするならば、その「約束の地」とは中近東のイスラエルではなく、「東の海の島々」、すなわち日本であったと考えられます。国を失った神の選民であるイスラエルの民が、神の言葉に従って新天地を捜し求めて東方へと旅を続け、アジア大陸を渡り、海を超えて探しあてた約束の地が日本の島々だったとするならば、「チョイ、アリャエー」の意味が蘇ってくるようです。それは、長い航海の旅路において、「進め!」「約束の地へと上りつめよう!」という、強い祈りを込めて唄い続けた言葉だったのではないでしょうか。
「エノソーリャ」の意味は?
「エノソーリャ」という囃子詞も、もしかするとヘブライ語がその語源となっている可能性があります。ヘブライ語で「私たち」は、אנו(anu、アヌ、アノ) です。その後に続く「ソーリャ」という言葉は、ヘブライ語で「闘う」「取り組む」を意味するשרה(sarah、サラ) が語源になっている可能性があります。この「サラ」という言葉は「ソレソレ」という囃子詞の語源になったとも言われ、時には「唄う」という意味でも用いられることがあります。
これら二つの言葉を合わせると「アノサーラ」となり、それが多少訛って「エノソーラ」「エノソーリャ」へと変化したと推測されます。「エノソーリャ」という言葉には、ヘブライ語で「私たちは唄う!」という意味が込められていたのです。
「エンヤサー」をヘブライ語で読む
「エンヤサー」という囃子詞は、「エンヤ」と「サー」という二つのヘブライ語に分けて理解することができます。まず、「エンヤ」は「私と神」を意味するאני יה(aniyah、アニヤ) が多少訛って「エンヤ」になったと考えられます。その言葉の語尾に「行け!」「前進せよ!」を意味するסע(sa、サ) を加えると、「エンヤサ」になります。すなわち、「エンヤサ」とは、「神と私は行く!」、「神と共に前に進む!」を意味する言葉だったと推測できるのです。
閖上大漁祝唄は新天地へ向かう掛け声?
閖上で唄われる数々の囃子詞には、一つの共通点があります。囃子詞の多くには、ヘブライ語で「何かに向かって進む」「行く」「行け!」という前進を促す掛け声のようなイメージが込められていたのです。もしかすると、大漁祝唄で唄われる囃子詞のルーツには、新天地に向かって海を渡るイスラエルの民が、神に祈りながら唄った詞があったのかもしれません。神と共に荒波を乗り越えて進み続ける大勢の人々の思いが、大漁祝唄の囃子詞に込められているように思えてなりません。
古代、イザヤに与えられた預言により、「東の海の島々」に新天地があることを信じた民は、「約束の地に向かって前進せよ!」「ひたすら進め!」「神と共に行く!」、そして「私たちは唄う!」と、掛け声をかけながら航海し続けたのではないでしょうか。その後、たどり着いた日本とは、水産資源に大変恵まれた島々でした。そこはまさに、ヘブライ語で「神の泉」を意味する「エンヤー」、すなわち「約束の地」と呼ばれるに相応しい新天地だったのです。
