木曽節の歴史と成り立ち
木曽節と呼ばれる長野県の民謡は、多くの日本人に親しまれています。今日の長野県から岐阜県へと流れる木曽川の上流に位置する木曽谷と呼ばれる地域から広まった木曽節は、いつしか盆踊唄の「なかのりさん節」を元唄として、木曽節とその踊りが広く知られるようになりました。そして1915年頃から木曽福島町の木曽踊が再び脚光を浴び始め、現在の木曽節や踊りが庶民の間で定着したのです。
今では、お座敷騒ぎに一役買う単なる民謡に思われがちですが、木曽節の歌詞には御嶽(おんたけ)という言葉が用いられ、木曽川周辺の霊峰に関わる名称であることから、木曽節そのものが人々の宗教心に結び付く大切な役割を果たしていたと考えられます。木曽の御嶽山は、古くから霊山として知られ、信仰者が集って修行を重ねる修験道の場でもありました。御嶽信仰の中では、山中を歩きながら修行する行者たちの姿が見られ、そこで祈祷を捧げる行者によって唄われたのが、この「木曽節」です。
木曽節の歌詞には、「なかのりさん」という、神と人の仲を取り持つ大切な役割を果たしていた祭司のような人物が登場します。囃子詞のように使われている「中乗り」は、一般的には船頭を指すと考えられています。また、神の言葉を信者に告げる「中座」(神の依代)を指すという説もあります。その行者が御嶽山への道中で唄った木曽節の囃子詞として伝わるのが、「ナンジャラホイ」です。
「ナンジャラホイ」の意味とは
何の意味もないような掛け声に聞こえる「ナンジャラホイ」も、ヘブライ語で読み解くと、そこに大切な意味が込められているように見えてきます。この囃子詞は「ナン」「ジャラ」「ホイ」と、三つの言葉に分けて解釈することができます。
まず、「ナン」はヘブライ語で「楽しむ」ことを意味するנהן(nahn、ナン) です。次に「チャラ」は、「喜ぶ」ことを表現するヘブライ語のצהלה(tzahlah、ツァラ) と考えられます。この二つの言葉を合わせると「ナンツァラ」となり、囃子詞の「ナンジャラ」とほぼ同等の発音になります。続く「ホイ」は、感嘆詞の「ホー」הו(ho、ホー) と推測されます。
このように読み解いていくと、「ナンチャラホイ」に込められた意味が浮かび上がります。この囃子詞には、木曽の御嶽山に登る行者らが修行の道中で、「ああ、喜び楽しもう!」と、神との出会いに期待と感謝の思いを込めて唱えた祈りの言葉だったのではないでしょうか。そこには「喜び、楽しむ!」という祝福の思いが込められ、人々の幸せと歓喜を言い表しているようにも受け取れます。
この印象的な言葉の響きは、いつしか庶民にも口ずさまれるようになり、木曽節では「ナンチャラホイ」「ナンジャラホイ」と唄われながら、脈々と受け継がれてきたのです。
木曽節
木曽のナー なかのりさん
木曽の御嶽さんは ナンジャラホイ
夏でも寒い ヨイヨイヨイ
袷ョナー なかのりさん
袷ョやりたや ナンジャラホイ
足袋ョを添えて ヨイヨイヨイ
袷ナー なかのりさん
袷ばかりは ナンジャラホイ
やられもせまい ヨイヨイヨイ
襦袢ナー なかのりさん
襦袢仕立てて ナンジャラホイ
足袋ョを添えて ヨイヨイヨイ
心ナー なかのりさん
心細いよ ナンジャラホイ
木曽路の旅は ヨイヨイヨイ
笠にナー なかのりさん
笠に木の葉が ナンジャラホイ
舞いかかる ヨイヨイヨイ

サンスクリット語で「盆踊り」の事を「ナムチャラホイ」と言います