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2023/12/22

DNAから解明される日本人の起源 第3の遺伝子から浮かび上がる日本人の祖先とは?

人類の祖、ホモ・サピエンス

昨今の学説によると、人類の祖となるホモ・サピエンスが誕生したのは、今からおよそ20万年から30万年前と推測されています。初期のホモ・サピエンスはアフリカの北方、今日のエジプト、エチオピア周辺に居住していたようです。そして現生人類に進化し続けながら、6万年から7万年ほど前、アフリカ大陸を離れてユーラシア大陸を北方や東方へと広がり、世界各地へと離散していったと考えられています。

大陸を横断してきた縄文人の祖先

ユーラシア大陸を東方へ向かった人々は当初、西アジア周辺に居住しました。その後、長い年月をかけて、さらに東方へと移動する人の流れが生じ、ユーラシア大陸を横断し続けた結果、4~5万年前には、インドや東南アジアまで到達しました。

時を経て、東南アジアから太平洋岸に沿って大陸を北上する人の群れも現れ、やがて日本列島まで辿り着く民もいたと想定されます。2万年前、ユーラシア大陸と日本列島は、南方は対馬海峡、北方は津軽海峡周辺が陸続きになっていたことから、南北どちらからも日本列島には徒歩で渡ることができたようです。こうしていつしか日本列島には、縄文人の祖先が住み着くようになりました。

DNAが証する日本人の起源

これまで日本人のルーツとは、日本列島固有の縄文人と渡来系の弥生人が直接起源になるという前提で、双方の交わりも含め、さまざまな学説が提言されてきました。しかしながらDNAの研究が進むにつれ、縄文人のルーツはさらに時代を遡り、実際にはユーラシア大陸を東方へと横断してきた民の中でも、いち早く東南アジアから北上し、日本列島まで到達した人々であると指摘されるようになりました。つまり、ホモ・サピエンスから進化した現生人類がユーラシア大陸を東方へと移住し続け、最終的に縄文人の祖先となった可能性が高いと考えられるのです。

その後、日本列島は地球規模の大きな地殻変動を経て、海を隔てて大陸から切り離されていきます。その結果、列島に残された縄文人の祖先は、日本列島という固有の島々において、独自の形成と変化を成し遂げていくことになります。こうして縄文人は大陸の人々とは一線を引き、島々における特異な文化を日本列島内で育んでいったのです。

縄文人のDNAを持つ現代日本人

DNAの近縁性
DNAの近縁性
昨今のDNA研究においては、現代日本人とアジア大陸の人々のDNAを比較検証し、それらの近縁性について解析が進められています。その結果、現代日本人をアジア大陸で暮らす諸外国人と比較すると、中国、モンゴル、ベトナム、そして中国少数民族とも違うDNAを持っていることが解明されました。日本人のDNAだけが特殊な要因を持っているのです。

これらのゲノム情報の解析の結果、縄文人のDNAは、2万年前から4千年前の時期に東南アジアに居住していたホアビニアンと呼ばれる民族グループのDNAに大変近いことも確認できたのです。よって、縄文人は東南アジアを経由して、日本列島にまで渡来してきた可能性が極めて高いことがわかります。

また、縄文時代の遺跡から出土した人骨の全DNA配列ゲノム情報からは、初期の縄文人が日本列島にどのくらいの数で渡来したかを解析することも可能になりました。それらの検証の結果、日本列島に渡来した初期集団の群れは、およそ1,000人ほどであることもわかってきました。その集団をもって縄文人が成立したと推測できます。果たして、その縄文人の面影を今日の現代人に見ることができるのでしょうか。

日本人の起源は二重構造説で説明できるか?

日本人の起源は、これまで混血説や渡来説が主流であり、昨今では縄文人と弥生人が相まみれるという「二重構造説」に基づいた仮説が多くの学者から支持されています。弥生人特有の混血の割合は平均的に見て、およそ6割の縄文DNAと4割の渡来DNAから成り立っていることが解明されました。その結果、東南アジアにルーツを持つ縄文人が日本に渡来して縄文人の基となり、その後、北東アジア系の渡来人が混血することにより、現代日本人の先祖となる人が形成されたと推測することができます。つまり、縄文人が居住していた日本に、稲作や高度な鋳造技術をもっていた人々が大陸より渡来し、縄文人と交わりながら誕生した人々が弥生人であり、それが日本人の起源になったと考えられるのです。

実際に縄文人と現代日本人との近縁性を調査してみると、現代日本人の多くは縄文人のDNAを持っていることが解明されました。その割合は、地域によって異なります。統計によると、縄文人のDNAを持つ現代人は北海道のアイヌの人々が一番多く、およそ7割に達します。その割合は、沖縄では3割、そして本州の東京では1割にも満たなくなります。このように縄文人のDNAを持つ人の割合は、地域によって大きな差があります。その混血の度合いにより、アイヌ、本土人、琉球人という3つの主たる集団が台頭してきたと推測するのです。

謎に包まれた第3の遺伝的要因

ところが現代日本人のDNAを解析しているうちに、ひとつの大きな謎が浮かびあがってきたのです。「二重構造説」により、弥生人の誕生までは説明がつきました。ところが現代日本人のDNAを解析すると、縄文人と弥生人のDNAが占める割合は4分の1にも満たず、残りの4分の3、つまり大半のDNAは別の遺伝的な特徴と起源を有していたのです。つまりDNA解析によると、日本人の起源とは縄文人と弥生人との混血だけでは説明がつかない、もう一つの謎の遺伝的な要因が大きく関わっていることがわかってきたのです。

その謎を解く鍵が、弥生時代後半から古墳時代にかけて、アジア大陸から日本列島に向かった大量の渡来者の存在です。「二重構造説」を最初に発表したことで知られる埴原氏は、弥生時代から古墳時代にかけて、多くの渡来者が大陸より日本を訪れ、その数は最大で100万人以上にも上るという説を発表しています。この仮説は「渡来100万人説」とも呼ばれるようになり、その後、歴史人口学の観点からも支持され、昨今では「150万人説」まで飛び出すようになります。弥生時代後期から古墳時代にかけて150万人を超える渡来者を想定しないと、日本国内の全人口の急増を説明することができない、というのが仮説の根拠にあります。

この第3の遺伝的要因を持つ渡来者の正体は、古墳から人骨を発掘し、それらのDNAを解析することによっておよそ、そのルーツが見えてきます。その結果わかってきたことは、古墳人骨にみられる渡来人のルーツがアジア大陸の広い地域に分布しているということです。つまり弥生人と混血した渡来人は、アジア大陸各地から渡来した可能性が高いことを、遺伝学的に解明することができたのです。それは古代、アジア大陸の各地から大勢の民が日本列島に向けて流入した歴史を裏付けています。

第3の遺伝子を持つ古代の渡来者とは

DNAの解析により、弥生時代後期から古墳時代にかけて、多くの渡来人がアジア大陸より海を渡って日本へとやってきたことがわかってきました。それらの渡来人は時を経て、縄文人との混血を成していた弥生人と交わることにより、現代日本人の基となるDNAを形成することになったと想定されます。

その渡来者の正体とは果たして誰なのでしょうか。古代、さまざまな人種が理由もなく住み慣れたアジア大陸の生活圏を離れ、わざわざ海を渡ってまで日本に渡来してくるとは思えません。しかもその渡来者の数は、数世紀にわたり100万人を超え、膨大な数に膨れ上がっていたのです。もしかして、東方の島々に移り住みたいという何等かの重要な理由を持つ特定の民族が存在したとは考えられないでしょうか。つまり民族の存続に関わるような大事な理由を持つ民族がアジア大陸各地に離散しており、その民族を中心に日本列島に向かって民族移動が起きた可能性が見えてくるのです。

その民族こそ、北イスラエル王国と南ユダ王国を失い、アジア大陸の方々に離散したイスラエルの民と考えられます。迫りくる国家の破滅から逃避した民の数は100万人を優に超え、膨大な数に上っていたことがわかっています。その多くは居場所が不明となり、イスラエルの「失われた10部族」とも語り告がれてきました。実際は、イスラエルの12部族、全部族の多くが、その行く末が不明になったままです。彼らの多くはアジア大陸に向かったに違いありません。そこで長年にわたり現地の人々と同化しつつ、最終的には東の島々、日本列島を目指した民が多く存在したとするならば、昨今のDNA解析の結果と結びつくことになります。

[引用]

  1. Japan at the Last Glacial Maximum in the Late Pleistocene about 20,000 years ago by Davison A, Chiba S, Barton NH, Clarke B. is licensed under CC BY 4.0

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