霊峰 立山
北アルプスのランドマークとなる立山
北アルプスの飛騨山脈に聳え立つ標高3015mを誇る立山は、北陸4県の最高峰です。3000m級の高山としては、日本列島において最北端にあります。雄山、大汝山、富士ノ折立の3峰を合わせた総称であり、この3山をもって立山と呼ばれています。平坦で広大な山容を遠方からも仰ぎ見ることができるため、比類なき美しいランドマークとして、誰の目にも強く印象に残ります。複合火山からなる立山の麓に広がる室堂平周辺には、国内最高所の硫黄泉として知られる地獄谷が湧き出ています。その温泉と共存するがごとく、現存する氷河が初めて日本で発見されたのも立山でした。
立山信仰を育んだ霊山
立山は古代より霊山として崇められ、立山信仰を育んできました。その頂上からは日本海を一望することができます。それは海上から逆に、立山の頂上までも望めることを意味します。神が降臨する高山を探し求めながら日本海を船で旅した古代の渡来者も、立山の存在を容易に認知できたのです。また、空気の澄み切った日には、富士山をも望めます。山の頂上から富士山との繋がりを視認できることから、立山はいつしか霊山としても認知されるようになったのでしょう。こうして8世紀の初頭、慈興上人が正式に立山を開山することとなります。
修験道の背景が潜む立山雄山神社

立山山頂の越中国一之宮雄山神社 峰本社立山には山そのものを御神体として祀る雄山神社が建立され、古くは立山権現と呼ばれていました。その祭神は伊耶那岐神と天手力雄神(あめのたぢからおのかみ)であり、創建の時代はわかっていません。祭神が国生みの創始者である伊耶那岐神であることから、国生みの時代に伊耶那岐神ご自身が日本海から立山を見出し、そこで神を祀った可能性も否定できません。立山信仰の基本は修験道であり、山麓には信仰登山の拠点となる寺が建てられています。そして立山に登り、巡拝することにより、いつしか死後の世界を疑似体験するという修行を積むことができると信じられてきたのです。
立山のレイライン
立山が古代の霊山であるならば、海上からその頂上を遠くに眺めることができるだけでなく、記紀に記されている山や、歴史的にみても由緒ある神社がレイライン上に並ぶはずです。立山のレイラインを検証すると、その想定にふさわしい古代聖地が並んでいることがわかります。
まず、国生みの祖である伊耶那岐神が葬られたとされる淡路島の伊弉諾神宮と、淡路島から見える徳島の最高峰、剣山を結ぶ線上に立山が存在することに注目です。剣山は伊耶那岐神が国生みの際に最初に見出した、淡路島から望むことができる標高の一番高い山です。伊弉諾神宮と剣山に結び付く山であることから、それが霊山と認知されるようになった所以と考えられます。
八雲山、剣山、伊吹山に紐付けられた立山

諏訪大社下社秋宮神代の舞台となった出雲大社の御神体とも言われる八雲山と、山幸彦、海幸彦の伝説に絡む対馬の海神神社を結ぶ線上に立山があることも重要です。それは、国生みに繋がる山として、地の力を共有するべく、立山そのものが霊山として認知され、出雲大社や海神神社の聖地を特定する際にも、地の指標として用いられた可能性を意味します。
また、出雲から諏訪へと続く武甕槌神(たけみかづち)に纏わる伝説と関わる諏訪大社下社が、立山と富士山頂を結ぶレイライン上にあるだけでなく、伊吹山と室戸岬を結ぶ線も立山に繋がっています。立山が、富士山、八雲山(出雲大社)、剣山、そして伊吹山という古代の霊山に結び付いている事実は、今日でも地図上で確かめることができます。これだけの著名な山々に繋がる立山だけに、その霊性は、ゆるぎなきものとなったのです。


