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2024/04/26

日本八霊山 レイラインから紐解く古代霊山の真相

霊峰 伊吹山

伊吹山の全貌を遠くから望む
伊吹山の全貌を遠くから望む

世界一雪が積もった伊吹山

伊吹山地の主峰として、琵琶湖の東方に聳え立つ伊吹山は、「日本百名山」に数えられ、滋賀県最高峰の標高1377mを誇ります。伊吹山の標高は日本アルプスの半分ほどに過ぎませんが、アジア大陸からの強風と豪雪を真っ向から受ける位置にあり、ギネスブックには「世界一雪が積もった場所」としても知られています。1927年2月には11.82mの積雪を記録し、観測史上世界第1位となりました。さらに、1日あたりの降雪量としても2.3mという世界記録を残しています。このように、標高はそれほど高くはない伊吹山ですが、例年「風の通り道」とも言われる強風と豪雪にみまわれて続けてきたのです。

その頂上からは、琵琶湖はもとより日本海や比叡山、東方には日本アルプスまでも見渡すことができる伊吹山は、古代より山岳信仰の対象とされてきました。無論、日本海上からもくっきりとその姿を見ることができます。古代、西アジアより到来した渡来人は、高度な航海技術を有する海洋豪族であったと言われます。彼らは日本列島に到来した後、早くから琵琶湖周辺において水路を見出し、瀬戸内から日本海、さらには太平洋側の伊勢湾に至るまで、琵琶湖を経由して往来していたと想定されます。よって、その琵琶湖近くに聳え立つ伊吹山は遠くから見極めることのできる重要な目印であり、地の指標として役割を果たしていたのです。

日本武尊と伊吹山の歴史

伊吹山頂に祀られる日本武尊の像
伊吹山頂に祀られる日本武尊の像
古代より伊吹山で祀られてきたのは伊吹大明神であり、時には「巨大な白猪」や「白い大蛇」に変貌する神が宿る山として畏れられてきました。日本書紀や古事記には、日本武尊が東征からの帰途、伊吹山で伊吹大明神の返り討ちにあい、病に冒されて命を失ったという話が記録されています。また、伊吹山は役小角により開山されたと伝えられ、石鎚山と同様、山岳信仰の霊場として発展しました。平安時代には、比叡山、比良山、愛宕山、神峰山(かぶせん)、金峰山、葛城山と並び、近畿地方の七高山のひとつとして知られるようになりました。その後、9世紀半ばには伊吹四大寺が創建され、現在では頂上に伊吹山寺山頂本堂が建てられています。

伊吹山レイライン

伊吹山のレイラインは、スサノオが活躍した出雲の八雲山とほぼ同緯度の線を基軸としています。その延長線上には、琵琶湖に浮かぶ聖なる島、竹生島も存在しています。出雲神話においては、スサノオと草薙剣の話が有名ですが、その背景に聳え立つ八雲山と結びつけられた伊吹山でも、後世には同じ草薙剣を携えた日本武尊が、歴史の舞台に登場しました。さらに、伊吹山を通る同緯度線は富士山へと繋がり、東征に向かった日本武尊の働きを象徴しているようにも窺えます。

伊吹山のレイライン
伊吹山のレイライン

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